第122話 智遊祭始まる
東の空が橙に染まり、西の闇がゆっくりと押し流されていく。
東の埠頭には人々が集まり、朝の光とともに歓声が上がった。
黄河の向こうから第七機動艦隊が姿を現す。
先頭の流星二隻に続き、彗星改機動艦が入港した瞬間、黄色い声援が巻き起こった。
最初に姿を見せたのは、陽だまりのように明るい麗麗姉妹。
「キャー!」「愛麗さまー!」「虹麗さまー!」
彗星改の甲板には、春風のように弾む雰囲気をまとった
愛麗(アフロディテ)と虹麗(イリス)が立ち、
跳ねるように笑顔で両手を大きく振っていた。
軽やかで元気いっぱいの舞姫たちの登場に、埠頭は一気に華やぐ。
「ホント、顔が小さくて可愛いわね」
私が曹英に声をかけると、曹英はライバル心を燃やしたのか、
「私たちの秦の四女神だって負けていないわよ」
と言いながら四女神を見つめ、当の四女神は伏し目になって頬を染めた。
続いて、彗星改の後方から澪星型司令艦がゆるやかに入港する。
甲板に立つ“蓮蓮姉妹”は、静謐で気品に満ちた佇まい。
淡い光をまとったような優雅さは、まるで舞台に降り立った
二輪のパステルの女神のようだった。
蓮蓮姉妹を見て、紗良がぽつりと言う。
「鬼女の真黒に血塗られた衣装とは正反対ね」
碧衣が頷き、微笑んだ。
「きっと府民の思いがあの衣装になったのね」
琴葉は事情を知っているのか、訳アリ顔で自慢げに話す。
「黒と赤の衣装は泣く子が続出して……で、あの衣装に収まったんだよ」
「ふーん、舞台の演出を中心に考える女神様だから、
華蓮様らしいと言えば華蓮様らしい衣装なのかな」
私は腕を組み、妙に納得した。
そして最後に、二隻の流星を従えて彗星改機動艦が姿を現した。
甲板でにこやかに手を振るのは、五華彩音。
朝の光を受けても揺るがぬ重厚さを放つ五人は、
まさに荘厳な旋律そのものの存在感を纏っていた。
黒金・白銀・深紺・群青・紫――
それぞれの色が調和し、まるで神殿の影の聖歌隊が降臨したかのような迫力があった。
「お母さんたちを見て、確信したわ……
皆、私たちと同じ十七歳に若返っているわね」
私が小首を傾げながら呟くと、扶美は頬を緩めた。
「私たちが星愛と同じ年齢の姿でいるでしょ」
「そう言えば、そうね」
「女神は好きな年齢に姿を変えることができるのよ」
「ということは、歌姫として人気がある年齢が十七歳前後ということなのかしら」
私の問いに、扶美は穏やかに頷いた。
「十七歳前後の女性は、可愛さと大人っぽさの両方が一番輝く時期だから。
誰にでも受け入れやすいのよ」
扶美の言葉を聞き、琴葉が自分を指さして尋ねた。
「えへへ、私、輝いているかしら」
照れ笑いを浮かべる琴葉を、燈澄が細い目で見て言う。
「琴葉姉ちゃんは、どう見ても私と同じよ」
「ちょっと、燈澄、それどういう意味なの?」
「うーん、仕草が子どもっぽいから。でも、とっても可愛いと思う」
琴葉は少し難しい顔で腕を組んだ。
「それって褒められているのか、ちょっと微妙な気がするけど……」
私は琴葉の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「でも、劉備や曹操、孫権の茶飲み友達になれたのは、
今の琴葉だからだと思うわ」
「そっかあ」
琴葉はぱっと満面の笑みを浮かべた。
やがて各艦船が定位置に停泊し、空は澄み渡る青一色となった。
ドーン!――
各艦船から一斉に空砲が放たれる。
埠頭に集まった者たちが静まり返り、第七艦隊へ視線を向けた。
砲身の先端から白い煙が風に乗って流れていく。
それに合わせるように女神たちがふわりと浮かび、
船団の先頭に停泊している流星へと降り立った。
いよいよ、智遊祭が幕を開ける。
流星の女神たちの列から絵蓮が前に出てきて、中央に立ち声を張り上げた。
「みんな、おはよー!」
絵蓮はそっと片耳に手を当て、皆の挨拶を待つ。
「おはようございます!」「おはよー!」
様々なおはようの声が飛び交い、会場が一気に明るくなる。
「おー、みんな元気そうだね。
これから智遊祭を始めるぞー!
みんな、私たち女神についてこれるかー!」
「うぉー!」「もちろーん!」「絵蓮さまー、一生ついていきまーす!」
「なんか、一生ついてくるとか嬉しい声も混じってるみたいね。
じゃあ、まずは第一の試練――『是非判定』だ!」
「うぉー!」「待ってましたー!」「私の時代だー!」
「試練の内容は簡単。
これから試練を行う会場に、私たちが乗った流星が移動していくからね。
到着したらすぐに問題を読むから、ちゃんとついてきてね!」
「えー、むりー!」「どこまでもついていくよー!」「やったー、得意な試練だ!」
会場には悲喜こもごもの声が上がる。
「後は問題に答えて正解すれば次へ、間違えれば脱落!」
「了解でーす!」「この日のために勉強してきましたー!」
「そして、是非判定で三百人以上脱落者が出たらおしまい。
つまり、次の試練に進めるのは七百人以下だー!」
「ウォー!」「絶対に残ってやるー!」「余裕でーす!」
「じゃあ、出航!」
ブォー――。
警笛とともに、女神たちを乗せた流星がゆっくりと動き出す。
私は慌ててみんなの顔を見ると、全員が頷いた。
(何だかよく分からないけど……行くしかないわね)
私たちも慌てて流星の後を追いかけた。
流星が到着したのは広い牧草地で、『是』と書かれた大きな立て札と、
『非』と書かれた立て札が向かい合うように立てられていた。
息を整える間もなく、愛麗の声が響く。
「では、まずは私、愛麗からの愛を込めた問題よ。
『可愛いは正義である。是か非か』
さあ、私の考えを当ててみてくださいな」
「ええ!?」「うそでしょー!」「推しの私にはわかる~♡」
人々から色々な声が漏れた。
「ねえ、どうするのよ……どっちなのよ」
私がみんなを見ると、全員が困った顔をしていた。
琴葉がぽつりと「みんなが行く方に行けばいいんだよ」と言い、
曹英は腕を組んで「いえ、ここで多くを落とす策なら少ない方が……」と呟く。
「ねえ、誰か愛麗のこと詳しい人いないかしら……
私、子どもの頃にお母さんから神様の話はいろいろ聞いたけど、
アフロディテってオリュンポスの十二神の一柱くらいしか覚えていないの」
私が困った顔で言うと、碧衣がぱっと明るい表情になった。
「そうそう、愛と美の女神だったはずです」
燈灯がそっと手を上げ、自信に満ちた顔で口を開いた。
「あのう、ミレイア様の講義には神話の授業もあって……
アフロディテ様は愛、美、魅力、調和を司る存在だそうです。
なので、彼女にとって『可愛い』は単なる外見ではなく、
人を惹きつけ、心を動かし、世界を明るくする力だと思っているはずです」
斯音が腕を組み、深く頷いた。
「答えは出ましたね。答えは……」
斯音の問いかけに、私たちは声を揃えた。
『是!』
全員がニヤリと笑い、私たちは慌てて“是”の立て札の下へ走った。
その様子を、別の班がじっと見守っていた。
そう、朝の船で一緒だった玄さん一族の班だ。
「えっ、玄さん。ひょっとして私たちの行動、見ていたの?」
玄さんは肩をすくめ、にやりと笑った。
「へへへ。他の班を見て答えを出すのは、特に問題ないんですよ」
琴葉が不満げに口を尖らせる。
「なんか、玄さんずるいと思うな」
玄さんは首を左右に振り、さらに笑みを深めた。
「良いんですよ。星愛様たちも同じことをすれば……
というより、多い方に行くとか、少ない方に行くとか、
それって、私がやっていることと同じことでさぁ」
「うっ……」
私は玄さんの正論に、二の句を継げなかった。
時間を見計らっていた絵蓮が、嬉しそうに笛を吹き鳴らした。
ピィッー!
「はい、そこの班! 目を瞑っている間に早く札の下に行きなさーい!
ウー、スゥー、サン、アール、イー、リュウ!」
ピッ、ピッ、ピィー!
「はーい、そこまででーす!
結果は是が948人、非が52名だねー。五十二人はひねくれ者か、正義か……
愛麗さん、答えをどうぞ!」
満面の笑みを湛え、絵蓮が愛麗に視線を向ける。
「はい、正解は……是ですのよ。
可愛いは外見だけではなく、性格や仕草、その人の心から滲み出るもの。
可愛いは人の心を柔らかくする平和の力なの。皆さん、覚えていてね」
愛麗は小首を傾げ、片目を瞑って微笑んだ。
その表情は周囲を魅了する、桃色の空気に包まれた。
「あぁ、愛麗様……いっ、一生ついていきます」、「きゃあ、私に微笑んでくれた」……
人々はあっという間に魅了の波に攫われていった。
そんな攫われた人々を横目に、絵蓮は智遊祭を進行していった。
「うーん、まだまだ948人残っていますねー。
では、続いて虹麗さんから、皆を落とすくらいの超難問をお願いします!」
虹麗が一歩前に出て、いたずらっぽく微笑む。
「では、次は私からの問題よ。
『虹は七色である。是か非か』
ふふっ、簡単そうに見えて……どうかしら?」
「おー、簡単な問題!」「虹は五色よね?」「赤、黄色、青……」
参加者の間で、さまざまな意見が飛び交っていた。
玄さん一族は額を寄せ合い、真剣に話し込んでいる。
(玄さんたち、今度は自分たちで考えているみたいね……
で、私たちはというと、何だかもめているみたい)
恬香が腕を組みながら口を開いた。
「古代中華では虹は五色と呼ばれていました。なので五色も正解となり得ます。
もし脱落者を増やすつもりなら、五色の答えもあり得ます」
「でも、子どもの時に数えたことあります」
そう言ったのは碧衣で、続けて色を挙げた。
「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫だったわよ」
「うん、確かにそうよね」
曹英、紗良、亜亥の三人が頷く。
皆の意見が『是』に傾きかけたその時――
「あの、星愛……」
燈柚が私の耳元に唇を寄せ、囁こうとした。
「燈柚、待ちなさい!
そんな星愛の耳元で囁かないで、皆に聞こえるように話しなさい」
曹英が鋭い目で睨みつける。
燈柚は頬をぷくりと膨らませ、「曹英様の意地悪」と小さく呟いた。
その時、絵蓮が笛を弄び始めたのに気づき、私は慌てて言った。
「もう時間がなさそう。話してくれるかしら」
燈柚は微笑み、落ち着いた声で話し始めた。
「あの、私もエミリア様から教わったのですが……
虹は七色ではなく、天光の帯――色が連なり続ける光の流れで、
遠目で見ると強調された色が同じに見えて、七色や五色に見えるそうです」
私は腕を組み、考え込む。
「まだ決定的ではないけど……誰か、イリスの性格が分かる人いないかしら」
すると、再び燈灯が手を上げた。
「あのう……ミレイア様の講義で聞いたんですけど、
虹麗様って“色彩と光の流れ”を司る女神なんです。
だから、決まった形とか決まった数とか、
そういう固定されたものをあまり好まないらしくて……
むしろ、色が移り変わったり混ざったり、
境目が曖昧だったりする“自由な状態”を美しいと思う方なんです。
なので……『虹は七色』みたいに決めつけるのは、
虹麗様の考え方とは違うんじゃないかと……思います」
この時、背中に視線を感じて振り向くと、ニヤリと笑う玄さんと目が合った。
「あっ、玄さん」
「えっへへ、いいこと聞かせてもらいやした」
その瞬間、絵蓮の笛が鋭く響いた。
「残り三十秒だよ!
イー、アール、サン、スー……!」
私たちは顔を見合わせる。
「もう玄さんのことは放っておきましょう。
玄さんのやり方は、いつかどこかの試練で躓くと思います……
それに、私たちは玄さんと勝負しているわけではありません。
あまり気にして本質を見失う方が怖いと思います」
扶美の言葉に、皆が静かに頷いた。
私は声を張る。
「答えは非よ、急ぐわよ!」
私たちは一斉に駆け出した。
その様子を見て、玄さんたちも後を追う。
「へへへ、おっさきー!」
玄さん一族班が笑いながら私たちを追い抜いていく。
ピッ、ピッ、ピ―――!!
絵蓮の笛が高らかに鳴り響いた。
「はーい、そこまで!
是が598人で、非が350人です。
今回も数が多い方が正解なのでしょうか、
それとも少ない方が正解なのでしょうか……
虹麗さん、答えをどうぞ」
虹麗は意地悪く口角を上げ、答えを告げた。
「あら皆様、答えは非ですよ。
虹は七色ではありませんわ。
天光の帯は、色が溶け合い続ける無限の流れ。
境目を決めつけるのは、人の都合ですもの。
ふふっ……常識に頼ると落ちますわよ?」
非の立て札の下に集まった人々から歓喜の声が上がった。
「よっしゃ、第一の試練突破!」「麗麗姉妹の推しで良かったわね!」……
私たちも顔を見合わせ、喜びを噛みしめた。
「今回は灯花庵の長女と次女のおかげね」
私が言うと、皆が嬉しそうにたたえ合った。
その時、曹英が頬を赤らめ、伏し目がちに燈柚へ手を差し出した。
「さっきは、ごめんなさい。
玄さんたちのことを気にして、星愛の耳元で囁こうとしたのですね」
燈柚は差し出された手を両手で包み、そっと微笑んだ。
「はい、分かっていただけて嬉しいです」
こうして二人は、一旦仲直りを果たした。
このあと私たち、第一の試練突破組三百五十人は、
是と答えた五百九十八人の敗者復活戦を観戦した。
突破した三百五十人の中には、見覚えのある顔も多い。
「えっ、曹英……あそこにいるの、許褚さんと郭淮さんじゃない?」
曹英は私の視線を追い、目を見開いた。
「本当だわ。でも周りにいる人たちは、よく分からない人が多いわね」
紗良が「やっぱり、程普と諸葛謹も残っているわね」と呟く。
気になるのは、劉備陣営の将が見当たらないことだ……。
(確かに、華蓮は招待状を渡したと言っていたけど、
将を出すことができなかったのかしら)
敗者復活戦が終わり、
合計六百五十一人が第二の試練へと駒を進めた。
昼にはまだ早い時間。今日予定されているのは、残り二つの試練。
第一の試練の手ごたえから、きっと私たちなら
二日目まで駒を進められる――そう信じていた。
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