表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/138

第121話 夢咲星環府襄陽府長 華蓮


まだ空が群青色に沈んでいる頃、私はふと目を覚ました。

外は静まり返り、冬の冷気が窓の隙間からそっと忍び込んでくる。

吐く息が白くなりそうなほどの寒さに、思わず肩をすくめた。


「……もう起きてるの?」


隣の布団から、紗良が小さな声で囁いた。

彼女もすでに目を覚ましていたらしく、薄明かりの中で静かに身を起こしている。


「うん。なんだか落ち着かなくて」


「智遊祭、だもんね」


紗良は微笑み、そっと布団を畳んだ。

その仕草が妙に落ち着いていて、私の胸の緊張が少しだけ和らぐ。


部屋の隅では、琴葉が丸まったまま眠っていた。

その隣で燈澄(デンチェン)も同じ姿勢で寝息を立てている。

二人の寝相がそっくりで、思わず笑みがこぼれた。


「起こすの、ちょっと可哀想だね」

「でも、そろそろ時間だよ」


紗良がそっと琴葉の肩を揺らす。


「……んぁ……さむ……」

「ねえちゃん、まだ夜だよ……」


二人は同時に目をこすり、同じタイミングであくびをした。

その姿があまりにも可愛くて、紗良と私は顔を見合わせて笑った。


そこへ、襖が静かに開いた。


「皆さん、起きていますか?」


燈灯(デンデン)が顔を覗かせ、凛とした声で告げる。


「そろそろ集合の時間です。華蓮様もお待ちですよ」


その言葉に、部屋の空気が一気に引き締まった。


私たちは急いで身支度を整え、まだ夜の名残が残る外へと足を踏み出した。

冷たい空気が頬を刺すように触れ、遠くで太鼓の音が低く響いている。


――智遊祭の朝が、始まろうとしていた。


襄陽府の中には、星馳のような便利な乗り物はない。

夢咲襄陽府智遊(ちゆう)祭会場の東の桟橋までは、船で移動することになる。


私たちは華蓮の後に続いて神殿をあとにした。

外に出ると吐く息が白く、中庭の砂利を踏む音が、夜明け前の冷えた空気を震わせた。


「うわあ、寒いね」

琴葉が私に擦り寄ってくる。

それを見た燈澄(デンチェン)も同じように寄ってきた。

子どもの温かい体温が伝わり、思わず頬が緩む。


「二人とも寒がりなんだから」

そう言うと、琴葉がにこりと笑って呟いた。

「そうだ、蜘蛛娘になって星愛の胸の中に入ればいいんだ」


その言葉を聞いた紗良と曹英、亜亥が、慌てて琴葉を押さえた。


「こうやって三人に囲まれて歩けば温かいでしょ」

曹英が顔を引きつらせながら微笑む。


「あなた達、朝から何をしているの」

呆れたように碧衣が声をかけ、

扶美、恬香(しずか)斯音(しおん)は苦笑いを浮かべていた。


「華蓮様、ここからどうやって東の桟橋まで移動するのですか」

私が尋ねると、華蓮は運河に視線を向けて答えた。


「昨日も話さなかったわね。運河を航行する乗り合い船で行くのよ」


恬香が少し驚いた顔で尋ねた。

「襄陽府長であり、夢咲星環府の初代五華である華蓮様が、乗り合い船に乗るのですか」


華蓮は恬香に視線を送り、ゆっくりと口を開いた。

「あら、いけないことかしら……?

せっかく便利な物があるのですから、使わない方がどうかしていると思いますわよ」


今度は李斯が心配そうに華蓮を見つめて言った。

「しかし華蓮様、乗り合い船にはどんな輩がいるか分かりませぬ。

もし華蓮様に何かあったら、取り返しのつかぬことになります」


華蓮は袖で口元を隠し、不敵な笑みをこぼした。

「あら嫌ですわ。そんなに私が心配ですの?」


私たち五華以外の者は、一斉に首を縦に振った。


「うふふ……心配には及びませんのよ。

そもそも、人の子ごときが、私に触れるとでもお思いかしら」


その言葉に、皆の顔が一斉に強張った。


慌てて斯音が訂正する。

「そ、そうですね。華蓮様に害をもたらす人など、いませんね」


平静を装ってはいるが、心中は穏やかでない様子が手に取るように分かった。


華蓮はあまり気にせずに神殿の門をくぐり、運河の船着き場に出た。


しばらく待つと、船着き場に灯花の灯をともした乗り合い船が現れた。

――コツン

船が木製の船着き場に当たる音と、その振動が足元に伝わってくる。


「あっ、これは華蓮様。何人乗船しますか」

「玄さん、おはようございます。

私たちは十三人ですけど……乗れそうもありませんね」

「へえ、この後の船もこんな感じでさあ」

「分乗していくしかないわね。玄さんの船には何人乗れるのかしら」

「九人までです」


華蓮が私たちを見るのと同時に、私は紗良、曹英、亜亥、燈柚(でんよう)に囲まれた。

華蓮は薄笑いを浮かべ、私を囲む四人に言った。


「あなたたち四人は次の船を待ちなさい……うふふ」


「ちょっ」「か、華蓮様」「嫌よ」「冗談はやめてください」


四人の抗議が小さく重なった。


「あなたたちは、どうせまた星愛を巡って争うでしょ」

「そのようなことはありません!」紗良が必死に訴える。

「こんな小さい船で暴れたり大声を出したら迷惑ですのよ。

普段の自分たちの行動を反省なさい」


華蓮はそう言い残し、一番に乗船した。

続いて私たちも乗り込み、私は華蓮の横に座った。


船は先導の声とともに、ゆっくりと運河を下り始めた。


「あっ、華蓮様ではないですか」

「あら、張さんですわね。抱いている子は確か玲玲でしたわね」

「ありがとうごぜぇますだ……まさか娘の名前まで覚えてくれるとは……」

「あら、嫌ですわ、泣くところではありませんのよ。

ところで、智遊祭には観戦で向かうのかしら」

「えへへへ、どうやら運が向いてきたようでさあ」

「ということは、参加券に当選したのかしら」

「へえ、やっと智遊祭に参加できますだ」

「良かったじゃない。智遊祭に参加したい人は全土にいますもの。

その参加券を持っていること自体、その強運を誇れますわよ」

「智遊祭には家族と親類の大人で参加させていただきます」

「頑張りなさい……うふふ」


船の先端では、琴葉と燈澄(デンチェン)が楽しそうにおしゃべりをしていた。


「琴葉姉ちゃん、すごいよ。川の上も大通りも人でいっぱいだよ」

「ほんとだね。みんな東の埠頭に行くみたいね」

「そんなに智遊祭って有名なの?」


私たちは二人の会話を聞きながら、船に揺られていた。

燈澄の言葉が耳に入ったのか、華蓮がニヤリと笑い会話に入った。


「今までは規模が小さい智遊祭を月に一度やってきたのですわよ。

噂は人を呼ぶものですわね。襄陽府以外にも大勢の人が参加するようになりましたの」


「智遊祭って、そんなに楽しいことなのですか?」

私が華蓮に尋ねると、華蓮はしたり顔で答えた。


「そうですわね、楽しいから人が集まるのです……。

それに今年から冬の市に合わせて、

年に一度に変わり、規模も大きくなりましたから、

参加したいと思う者は大勢いますわよ」


(そんなに楽しいことなのかしら。あの地獄絵図のどこが……)


――あら、参加すればわかりますわよ


華蓮が私の顔を見てニヤリと笑った。


(ところで華蓮様は船頭の張さんや、そちらの玄さん、

その子の玲玲まで知っていましたが、お知り合いなのですか)


――嫌ですわ。領民の名前をすべて覚えるのは、領主としての務めでしてよ


(えっ、全員覚えているのですか)


華蓮は組んだ足の上に肘をつき、頬杖をついて私を見つめた。


――星愛、私の言ったことを信じていなさそうですの


私は華蓮をジト目で見つめ、こくりと頷く。


(きっと、神能で魂の開示か何かして、名前を見ているのかと思っています)


華蓮は眼力を込めて私を睨み、私も負けじと睨み返した。


たまりかねたのか、碧衣が手を叩きながら二人の心話に割って入ってきた。


「お二方とも、仲が良いのは良いことと思いますが……

そろそろ東の埠頭に到着します」


私と華蓮は睨み合いをやめ、埠頭の方へ目を向けた。

埠頭の上では、たくさんの灯花がまだ夜の明けぬ空気をぼんやりと照らし出していた。


船がゆっくり接岸する。


――ゴト


音と共に船がぐらりと揺れた。


先に玄家族に降りてもらい、その後私たちが降り立った。


埠頭は人でごった返し、その規模の大きさに目を見張った

「華蓮様、一体何人の人が参加するのですか」

私が華蓮に尋ねると、華蓮はにこやかに微笑んで答えた。


「おおよそ千人は下らないわね」


「それは智遊祭に参加する人数で……それ以外に何人来るのでしょうか」


「うーん、ミレイアの計算結果だと十万人みたいよ」


「う、うそ……そんなに来るのですか」


「ええ、全土から参加者が来るわね。

夢咲は中立であり、智遊祭の中では上下関係もなくなるのよ」


「国や立場のしがらみがなくなり、子どものように利害関係なく遊べる……

それが華蓮様の狙いだったんですか?」


「ええ、そうよ」埠頭を見廻すと、大きな広場が広がり、船着き場には屋台が並んでいた。

美味しい香りが風に乗ってここまで届いた。


「ねえ、これから何があるか分からないけど、

少しお腹に何か入れた方が良いと思うの。


碧衣は私を見てにっこり笑う。


「ちょうど、私も同じこと考えていた」


「じゃあ、決まりだね。みんな揃ったら食べに行こうね」


「うわーい、屋台楽しみー」


燈澄(デンチェン)が目を輝かし、微笑んでいた。

私たちは埠頭で、後から来る四人を待った。


「あっ、来たよ……燈柚(でんよう)姉ちゃーん!」


船の灯花が徐々に近づいてくる。

そして、人の顔が認識できる距離まで来たとき、私は思わず息をのんだ。


「えっ、嘘でしょ」


私が呟くと、華蓮がニヤリと微笑み、腕を組んだ。


そう、船に乗っていたのは呉の程普と諸葛謹。

それに屈強な男たちが十名ほど乗船していた。


紗良と曹英は苦笑いを浮かべ、

亜亥と燈柚(デンヨウ)は二人の将を知らないのか、にこやかに手を振っていた。


私は一抹の不安を覚え、華蓮に視線を送る。

すると華蓮は目を逸らした。


「華蓮様、なぜ目を逸らして、おかしそうに笑っているのですか」


「いえ、孫権に招待状を渡したのですが……まさかこの二人をよこすなんて」


「ひょっとして、同じように曹操と劉備にも招待状を送っているのですか」


「ええ、送りましてよ。

なかなか面白い智遊祭になりそうですわね」


私は華蓮の言葉にさらに不安を覚えながら、

紗良たちの船が接岸するのを待った。


東の空が赤く染まり始め、胸のざわつきとは裏腹に、

智遊祭の始まりだけが静かに近づいていた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

■ 気に入っていただけたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをお願いします!

■ ご意見・ご感想はコメントへお気軽にどうぞ。


更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ