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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第115話 灯花庵から見る景色 だるまと澪


朝の陽が生門池の水面に反射し、細かな鱗のような光を散らしていた。

その揺らめく光の狭間に、私たち一行の影が淡く映り込む。


「ねえ、星愛おねえちゃん。この池、どうして生門池っていうの?」

「そうね。昔、このあたりで“生門”の陣が敷かれていたからよ」


言葉にした瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

あの戦の情景が、淡い影のように蘇る。


私は燈澄(デンチェン)をそっと後ろから抱きしめ、髪に顔を埋めた。


(もう、あんなことは二度とごめんよ……戦なんて無くなればいいのに)


守りたいという気持ちが込み上げ、抱きしめる腕に自然と力が入る。


「おねえちゃん、くすぐったいよ」

「ごめんね……でも、綺麗な池でしょう?」

「うん。お魚がね、ときどき跳ねるんだよ」

「そう。今度、お魚釣りでもしてみようか」


そう言うと、燈澄はぶんぶんと首を振った。


「だめだよ。この池の生き物は殺生しちゃいけないって、徐庶のおじさんが言ってたよ」

「ふーん、そうなのね」


生門の陣幕が近づくと、池のほとりに竹製の縁台と卓が置かれ、

その上で碁を打つ二人と、腕を組んで眺めている男の姿が見えた。


碁を打っているのは荀彧と徐庶。

見物しているのは魯粛だ。


魯粛がこちらに気づき、穏やかに手を上げる。


「また叔父さんたち、碁を打ってるのー!」


燈澄の大きな声が生門池の水面を滑り、三人の耳に届いた。

荀彧と徐庶も碁盤から顔を上げ、手を振り返してくる。


「おやおや、お揃いで。何か用ですか」


魯粛の柔らかな声が届き、荀彧と徐庶も碁を打つ手を止めてこちらを見た。


燈澄(デンチェン)がロクから飛び降り、魯粛の隣にちょこんと座る。

「今日も碁を打っているの?」

魯粛はその頭を撫で、苦笑を浮かべた。

「これは手厳しいのう……」


徐庶が華蓮と秦の四女神へ視線を向ける。

「華蓮様までお越しとは、ただ事ではなさそうですね」

魯粛と荀彧も、ロックモービルに横座りする華蓮へ目を向けた。


「ふふふ、楽しいお話ができたのですよ。……星愛、説明してもらえるかしら」


(ここで私に振るんですか……華蓮様が話せばいいのに)

――あら、私に話せなんて。あなた偉くなったわね

(もう、いつもそうなんだから)


私が華蓮を一瞥して口を開こうとしたところで、魯粛が手を上げた。


「こんな外で話してよい内容なのですか」

「大丈夫です。祭礼の相談なので、聞かれて困るものではありません」


荀彧が興味深げに身を乗り出す。

「祭礼とは、どのような内容なのですか」


私は小さく息を整え、頷いて説明を始めた。


「夢咲星環府は、これまで特別な祭礼を行ってこなかったと思います」


魯粛が腕を組み、目を細めて言葉を継ぐ。

「なるほど……しかし祭礼とは、民の心を一つに束ねる役目もあります」


「はい。今、夢咲星環府は形を成しつつあります。

だからこそ、民心を結ぶ象徴となる儀が必要だと思うのです」


その横では、琴葉と燈澄(デンチェン)が白い碁石を手に、

燈柚(デンヨウ)が黒い碁石を握り、荀彧と徐庶の碁の続きを楽しげに打ち始めていた。


徐庶がはっと顔を上げ、荀彧はにたりと笑って話に加わる。


「ほう、祭礼とな。

ならば、夢咲の子らが胸を張れるような、温かいものが良いですな。

星愛様、何かお考えがあるのでしょう?」


「先祖の冬支度をする慣わしは知っていますか」


私が三人に尋ねると、魯粛が穏やかに頷いた。

「それならば呉では、長江に灯篭を流し、

先祖へ『今年も備えが整いました』と知らせるのです」


荀彧が燈柚(デンヨウ)から黒い碁石を受け取り、碁盤に置く。


ピシッ――。


張りつめた音とともに、徐庶の顔が曇った。


荀彧は碁盤から目を逸らし、私に余裕の微笑みを向ける。

「黄河では灯籠を流し、祖霊に『冬支度が整いました』と告げるのが古来の作法です」


そう言うと、再び碁盤へ視線を戻した。


「ここでしょう!」

琴葉が勢いよく白い碁石を置こうとした瞬間――

徐庶が素早く手を伸ばし、白石を奪って碁盤に置く。


パチン――。


荀彧の表情が険しくなる。

徐庶はにたりと笑い、私へ向き直った。


「荊州では冬物の衣類を出し、香の煙で清めて祖霊に冬越しを願うのです」


私は華蓮と秦の四女神と視線を合わせ、静かに頷き合った。


その時、華蓮が琴葉の手から黒石を奪い、碁盤に置いた。


ピシッ――。


今までで一番、緊張した音が響いた。


「はい、これで終わりましてよ。うふふ」


荀彧の表情がふっと緩み、

徐庶は自分の拳を見つめて俯いている。

魯粛は苦笑しながら私に視線を向けた。


私はにこやかに頷いた。


「私たちが考えていたことと同じね……

やりましょう、『秋灯帰魂の夜』の祭礼を」


私は斯音に目を向けると、腕を組んだまま碁盤をじっと見つめていた。


(あら、余程の手だったのかしら……私には分からないわ)


そう思いながら声をかけた。


「斯音様、『秋灯帰魂の夜』の祭礼について皆様に説明してもらえますか」


ピクッと肩を震わせ、斯音は私を見て頷き、説明を始めた。


(やっぱり斯音様、国事に関わることは得意なのね)

――まあ、秦の時代では律令の整備と郡県制の導入に携わっていたわよね

(なんか、目が輝いているみたい)

――でも、碁も打ちたそうにしていたわよ


碁盤に目を移すと、琴葉と燈柚(デンヨウ)燈澄(デンチェン)

碁石を器用に積み上げて高さを競っていた。


(もう、この子たちは……)


パシャん――。


碁石が崩れる音が響き、華蓮がにたりと笑う。


しかし、その音が耳に入らないほどに、

秦の四女神と荀彧、徐庶、魯粛は斯音の話に夢中になっていた。


(華蓮様、今銀糸飛ばして碁石崩したでしょ)

――あら嫌ですわ、私がそのようなことをするとお思いですの

(はい、思っています……崩れた瞬間笑っていました)

――あらー、あなた話に加わらなくていいのですか

(話を逸らさないでください)


私と華蓮が心の中で言い合っているうちに、説明は終わったようだ。

斯音がこちらを向き、静かに頷いた。


私は微笑み、頷き返す。


「では、この『秋灯帰魂の夜』の祭礼については、

魯粛さんと星蓮さんに任せる形で良いかしら」


私が尋ねると、皆が私の顔を見て頷いた。


こうして、満月の夜に『秋灯帰魂の夜』の祭礼が行われることが決まった。


「さて、まずは灯篭流し用の灯火を集めないといけないんだけど」


私は呟きながら辺りを見回し、視界に入ったドローンへ向かって声を張った。

「ミレイア! タラッサ! どっちでもいいから、ここに来て」


声が届いたのか、ドローンがゆっくりと近づき、青いホログラムがふわりと投影される。


(子どもミレイアの姿ね……)


「あっ、タラッサちゃん!」

駆け寄る燈澄(デンチェン)に、タラッサは柔らかく微笑んだ。

「おはよう、燈澄(デンチェン)

それから皆の方へ向き直り、「皆さん、おはようございます」と丁寧に挨拶する。


私は腰を下ろし、タラッサに『秋灯帰魂の夜』の概要を説明してから尋ねた。


「ねえ、いったい何人くらい来ると思う?」


タラッサは小首を傾げ、しばらく考えてから答えた。

「五千人から一万人は来るかしら」


「そうよね。多分、皆灯篭を流すのが目的だけど……一家族に一つにしたいの」


「うーん、ちょっと待ってね。ミレイアに聞いてみるから」


沈黙が落ちる。

青い空を白い雲がゆっくり流れていき、風が頬を撫でた頃――返事が届いた。


「ミレイアが人の流れのデータを分析するのに少し時間がかかったけど……

一万人来るとしても、三千五百あれば足りるって」


私は頷き、さらに尋ねる。


「今回の灯篭流しで使う灯花は特別製よね。どのくらいで作れるかしら」


タラッサの表情が曇った。


「ごめんなさい。私たちが設計図を書けるのは、澪が残したものだけなの。

新しく物を創造する力はないのよ。

でも、設計図さえあれば、すぐに作り出して祭礼には間に合うわ」


その時、華蓮がにやりと笑い、私の顔を覗き込んだ。


「簡単なことですわ。あなたが設計図を書けばよろしいでしょう?

それに、ロクに取り付ける従車座も欲しいと言っていたじゃない。

まとめて書いて、作ってもらえばいいのよ」


「わあ、すっごーい! これでお姉ちゃんと好きなところに行けるね!」

手を合わせて喜んだのは燈柚(デンヨウ)


「やったねー!」

燈澄(デンチェン)と琴葉まで一緒に跳ねている。


(なんで琴葉まで喜んでるのよ……私、設計図なんて書いたことないのに)


「星愛、素敵ですわ」

目を輝かせて両手を合わせているのは亜亥だった。


他の三女神もにっこり笑い、私を見つめていた。

ただ一人、意地悪な笑みを浮かべている断絶神がいる。


(華蓮様が余計なことを言うから……私、設計図なんて書いたことありません)

――大丈夫よ、紙と筆と墨を用意するだけですわ

(それなら華蓮様がやればいいじゃないです)

――私は襄陽の政務もあるし、忙しいのよ


「フフフ」

鼻で笑いながら顔を近づけ、私の瞳を覗き込む。


「あなたの瞳、怪しく輝いているわよ……やりたいんでしょ」


「わーい」「さすが星愛」「星愛と楽しい旅行ができますわ」……


「ほら、みんなの期待を裏切るわけにはいかないでしょ」


私は両手を握りしめ、俯いたまま身体を震わせ、大声で叫んだ。


「分かりました、やります! でも、できなくても文句は言わないこと!」


「はーい」「ふふふ」「やっぱり星愛だねえ」……


期待の声が頭の中でぐるぐる回る。


こうして、灯篭流しならぬ灯花流し用の特製灯花の設計をすることになった。


その後、皆で玄冥原の台地を回り、当日の催しについて話し合った。


「市を開きましょう」「大鍋の炊き出し!」

「この広いところに夢咲舞踊団を呼んだら?」


色々な意見が飛び交ったが、設計図のことで頭がいっぱいで、

右耳から入った言葉はそのまま左耳へ抜けていった。


亜亥が心配そうに私の顔を覗き込む。

「星愛、先に設計図を仕上げないと、他のことは身が入らないかしら」


そう言われ、私は黙って頷いた。


その様子を見ていた恬香が皆に向けて言う。


「今日見た感じ、玄冥原の準備はまだ時間の猶予がありそうですし、

今日は灯花庵に帰ってゆっくりしましょう」


「うん、そうね」「私も襄陽に顔を出したかったところ」「さんせい」……


皆が声を上げ、灯花庵に帰ることになった。


灯花庵では皆が母屋へ昼食を摂りに向かっていったが、

私だけは離れ家に入った。


墨を出して擦る。

立ちのぼる香りが、部屋に静かなやる気を満たしていく。


(うん、なんだか行けそうね……まずは流し灯花ね)


筆が紙の上を滑り、心地よい感覚が指先に伝わる。


(えっ、何よこれ。だるまのお化けみたい)


紙を丸めて後ろへ放り投げる。

気づけば、丸めた紙が十個以上も転がっていた。


スーッ――。


離れ家の戸が開く音がして振り向くと、

亜亥が饅頭とお茶、甘いお菓子を盆に載せて入ってきた。


そっと私の横に盆を置き、寄り添うように座ると、

丸めた紙を一つ拾い上げて開いた。


「筆の運び、お上手ですね」


私は苦笑いを浮かべ、なかなかうまく書けないことを伝える。


「あら、でもいい感じに線が引けていますよ」


その言葉に小さく頷き、

私はお茶に手を伸ばし、香りを楽しんでから静かに口に含んだ。


その瞬間、視界が紅色に染まった。


亜亥が私の瞳を見て、静かに頷く。

「どこぞの神が、お入りのようですね」


私は頷き、お茶を置き、これから起こることを静かに待った。


視界が変わる――見たことのない石畳の道。

正面の家は木の扉と窓、灰色の石を積み上げた壁。

柔らかな朝の陽を含んだ潮の香りの風が、頬を撫でていく。


――あら、誰に呼ばれたかと思えば、星愛じゃない。


聞き覚えのある声が頭の中に響いた。


(えっ、澪さんなの)


石畳の道の向こうから、異国の言葉がかすかに聞こえてくる。


――そう、澪よ。まったく、あなたは何に困っているの。


私は『秋灯帰魂の夜』の説明をし、流し灯花と従車座の話を伝えた。


――まったく仕方ないわね。あなた、お人好しすぎよ。

(みんなから羨望の眼で見られ、断り切れませんでした)

――赤い瞳のよしみで書いてあげるわよ。


そう言うと、紙の上に澪が手をかざす気配がして、

私の手もそれに合わせて動き始めた。


隣にいた亜亥が、肩越しに卓の上を覗き込む。


「えっ……」


澪の動きに合わせるように紙をめくり、再び手をかざす。


「す、すごいですわ、星愛……」


声は聞こえるのに、身体は澪に乗り移られたようで自由が利かない。


――ふう、これで終わりよ。

(あ、ありがとうございます)

――ところで、あなた覚醒したの。

(い、いえ……華蓮様の話だと十八の誕生日までには覚醒するみたいです)

――あら、そう。覚醒前の暴走ってところかしらね。

(絵蓮にも同じこと言われました)

――絵蓮? 誰それ。

(エレシュキガル様です)

――ああ、あの子ね……へえ、絵蓮って名乗っているんだ。

(はい。ところで澪さん、異国にいるみたいですけど、どこに……)

――内緒よ。覚醒したら、またこうして話ができるようになるわ。

  その日を楽しみにしているわね。


澪がそう言った瞬間、紅の視界がふっと消えた。


卓の上には、詳細まで記された設計図と組み立て図が残っている。


目を輝かせて覗き込んでくる亜亥と視線が合った。


「なんか……また暴走して、今度は創造神の澪様が身体に憑依したみたい」


そう呟き、卓の上の図面を改めて見直す。


(これなら、うまくいきそうだ)


そう思い、『秋灯帰魂の夜』の情景を思い浮かべながら、私はそっと微笑んだ。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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