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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第113話 灯花庵から見る景色 祭礼


「……星愛様。私から提案したいことがあります」


斯音(しおん)の声は、夜気を震わせるほど静かで、どこか決意を帯びていた。

長巴道を走る星馳の灯りが、銀河の帯を切り裂くように城固へ向かっていく。


私と華蓮は顔を見合わせ、同時にニンマリと笑った。


(華蓮様、斯音から提案って、初めてですよ)

――あら、そうでしたの

(華蓮様だって嬉しいんじゃないですか……顔が綻んでますよ)

――そんなことはありませんわ


華蓮は腕を組み、私を睨みつけた。

私はそんな華蓮を視界に入れていないかのように、皆へ声をかけた。


「お風呂に長居したから、東屋で話そうよ」

そう言いながら、私は露天風呂の脇にある東屋へ視線を送る。


皆もつられて東屋に目を向け、扶美が頷いた。

「いいわね、少し風に当たるのもいいでしょ」

扶美が他の三人を見ると、皆も頷いて微笑んだ。


湯から上がり、ほのかに桃色がかった肌をそっと押さえながら、綿入りの半臂に腕を通す。

ひんやりした夜気に肩をすくめ、薄絹の羅をふわりと羽織った。


東屋の中心には大きな囲炉裏が据えられていて、赤々と脈打つ炭が柔らかい熱を放ち、

湯上がりの肌に心地よい温もりを与えてくれる。


華蓮もふわりと浮かんだまま続いてきて、私の横に腰を下ろし、

足を組んで期待するように斯音を見つめ、ニヤリと笑った。


斯音は囲炉裏の赤い火を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「夢咲星環府には……“節目”がありませんの」


皆が顔を上げる。

真剣なまなざしのまま、斯音は続けた。


「そろそろ冬支度、祖先を祀る行事、豊作を祝う祭り――

本来なら準備が始まっているはずなのに、どこにもその気配がなくて。

不思議に思って、あちこち聞いて回りましたの」


私たちは息を呑み、斯音の次の言葉を待った。


斯音は一度視線を落とし、意を決したように顔を上げた。


「民は、節目がなければ心が散ります。

季節の移ろいを感じる場がなければ、

国に属しているという実感も薄れてしまうのです」


頬を朱に染め、長いまつ毛を震わせながら、

斯音は指先で囲炉裏の縁をそっとなぞった。

やがて、視線を私たちへ戻し、静かに言葉を紡ぐ。


「本来、祭礼とは――

民心をひとつにまとめ、治者の徳を示し、

祖先と天に国の安寧を報告するための“政治の器”。

これが無ければ、国は形だけのものとなります」


私は囲炉裏に頬杖をついていた手を下ろし、姿勢を正した。


「そうなのよね。洞庭湖は皆、古くからの顔見知りばかりで、

街にも活気があったのだけど……

巴東やここみたいに、新しい星環府や市はよそよそしいというか、

何か……活気に欠けるのは感じていたの」


「あらあら、襄陽府はそんなことありませんわよ。

毎月、私のために女神祭を開いてくれてますもの。うふふ」


「そう、そこなのよね。

府民が一緒に何かをする機会が、仕事以外にないのよね」


「そうよね。上に立つ者も忙しくて、なかなか気が回らないのかしら……

まあ、襄陽府は別ですけどね」


「秦代では十月と言えば、冬至祭が行われていたわよね」

始皇帝の長男だった扶美は、弟だった亜亥に昔を思い出すように声をかけた。


亜亥はにっこり笑い、頬を緩めた。

「冬至祭は、祖先を迎える灯りが綺麗で楽しかったよね」


華蓮が腕を組んだまま、興味深そうに眉を上げる。

「夢咲星環府は、良くも悪くも星愛様の力で守られていますの。

ですが……民は“守られている実感”を得ておりません。

治者が姿を見せ、言葉を届ける場が必要だと思いましてよ」


斯音は星愛をまっすぐ見つめた。

「星愛様。

月に一度で構いません。

季節の節目に合わせて、“祭礼”を行っていただきたいのです」


私は息をのんだ。

そんな私を見て、斯音は静かに頷き、言葉を続けた。


「祭礼は、民にとって“国の呼吸”です。

呼吸がなければ、国は生きられません。

どうか……夢咲星環府に祭礼を」


囲炉裏の火がぱちりと弾け、斯音の決意を照らし出した。


斯音が静かに扇を開いた。

「星愛様、十月の祭礼についてですが……」


華蓮の目尻がぴくりと動き、話に割って入ってきた。

「十月の祭礼に入る前に、夢咲星環府全体で行うのかしら……

その話、襄陽も加えて頂けますわよね」


私は慌てて二人を制した。

「待ちなさいよ。毎月祭礼していたら、逆に疲れないかしら」


亜亥がにっこり笑って言う。

「そうですよね。準備に時間がかかるものもあるし、少し大変だと思います」


恬香(しずか)も相槌を打った。

「そうよ。まだ潤っている襄陽府や洞庭湖はいいけど、

巴東やここなんかは、毎月やっていたらそれ自体が足かせになるわよ」


斯音の眉がぴくりと動き、腕を組んで考え込む。


私はじっと、炭の奥で赤々と脈打つ火種を見つめ、

時々上がる炎を眺めながら、ふと気づいた。


「みて、囲炉裏の中……ほら、今そこで炎が舞い踊って、今度はここ」


私が指さすと、炎がふっと舞い上がる。


「ねっ、同じところばかりで上がることってないの。

炎がちゃんと鼓動するには、炭さんたちが順番に頑張ってるのよ。

ひとつの場所だけが働きすぎると、炭さんがへとへとになっちゃうから」


斯音がにっこり笑い、皆も顔を見合わせて笑い合った。

「なんだあ」「そういうことよね」

明るい声が、夜の東屋の下に広がる。


華蓮が微笑むのをこらえているのか、頬杖をついてぽつりと言った。

「そうね、たまには星愛もいいこと言うわね」


「へへー、そうですかー」

琴葉みたいな返事をしてしまった自分が恥ずかしくて、頭を掻いた。


「そうなのよ。各府で祭礼を分担するのよ」

私は手を一回叩き、皆の顔を見回した。


「うん、いいわね」

華蓮が囲炉裏の炎を見つめながら呟く。

「うん」「そうだよね」「いいよね」と皆も相槌を打った。


私は前のめりになり、皆の顔を見回した。

囲炉裏の炭がじんわりと温かく、頬を包み込む。

皆もつられて前のめりになる。


「で、どうするの……いま十月だから、十月からやるの?」

「うーん、どうしましょう」

私の横の亜亥が、左の扶美を見た。


「そうよね。十月は収穫にしては遅いし、どちらかと言うと九月よね」

扶美は左隣の斯音を見る。


「そうね。農民は冬支度に入る時期でもあるわよね」

斯音が左の恬香を見る。


「そうですね。先祖に冬着と感謝を届けるのが習わしでしてよ」

緊張したのか語尾が変になった恬香が、華蓮を見た。


「ちょうどいいじゃない。ここはペルセポネとヘカテ、それに絵蓮を祀ってるじゃない……

本人、呼びましょうか?」


「それいいわね。祭礼の日、神殿から零時に現れる」


ふふふふ――怪しげな笑い声が重なり合う。


「でも、ちょっと待ってください」

突然上体を起こし、胸の前で手を合わせる亜亥。

皆も不思議そうに上体を起こす。


炭火で温まって赤くなった皆の顔を見ながら、亜亥が口を開いた。


「ペルセポネ様って冥界の女王様ではないですか。

気軽にお呼びしていいのですか?」


「芽衣なら大丈夫ですわ。どうせ浮島夢咲の妃良(ヘラ)のところに居ますもの。

ふふ、私が声をかけて差し上げますわ」


「そうですよね。華蓮様と芽衣様はお友達でしたよね……

で、いつやりましょうか?」


「月餅の日はどうでしょうか」

亜亥が胸の前で手を合わせて提案した。


「月餅の日ではないでしょ。それに中秋節は九月の末が多いわ」

コツリと扶美が亜亥の頭を小突き、亜亥は舌を出した。


「まあ、ヘカテもいるし、彼女は満月の日に魔力が最大になるのよね……

それに満月は芽衣の“帰還の光”との相性もいいわよ」

華蓮が言うと、斯音が頷いて口を開いた。


「古来より満月は、光・再会・団円の意味をなしています」


「ところで絵蓮は満月と相性が良いのかしら」

私が尋ねると、華蓮はニヤリと笑った。


「絵蓮は新月の闇とも相性が良いけど、何と戦うわけではないし……

あの能天気女神は気にしないわよ」


「ふーん、そうなんだ……まあ、そういうことでいいか」

私が呟くと、斯音が口を開いた。


「そんな軽く結論付けて良いのですか」

と心配そうに聞いてきたので、頭を掻きながら答えた。


「でも、芽衣様もヘカテ様も、民も満月が良いのでしょ……

新月でも大丈夫なのは絵蓮さまだけよ」


「そうよね」「うんうん」「うふふ」

皆が賛成の声を上げ、斯音はなくなく引き下がった。


「じゃあ、十月の満月の日で。名前は……名前は……」

皆が私に注目する。


「そう、十月の祖先祭り――“秋灯帰魂の夜”はどうかしら?」


「その名前、もうやることは決めているって感じですわね」

華蓮がジト目で私を睨んだ。


そのとき、ふわりと煙が立ちのぼり、琴葉が姿を現した。


私は思わず華蓮の顔を見て叫んだ。

「華蓮様! 城固はどうするのですか?」


「そうだよー。待っても待っても、なかなか来ないし……」

琴葉は両手を頭の後ろに回し、頬をぷくりと膨らませた。


(うっ、この頬……突きたい)


“つんつん”


気づけば私は、琴葉の頬を指でつついていた。


「もう、星愛、やめてよー」

声を上げながらも、つつかれるのはまんざらでもない様子だ。


その様子を見ながら、華蓮は刃のない大鎌を脇に構え、琴葉に声をかけた。


「行くわよ、琴葉。肩に乗りなさい。

いい? すぐに戻るから、あなた達はここで待っていなさい」


言葉を残し、華蓮はふわりと上空へ舞い上がる。


ドン――!


空気の振動だけを残し、夜空へ消えていった。


私は星空を見上げて呟いた。

「言っちゃったね」


亜亥が悪戯っぽく微笑む。

「ねえ、小腹空かない? ほら、母屋の入り口に芋があったでしょ」


「あったわね」

私が頷くと、亜亥は頬を寄せてきた。

「食べたいでしょー」


「そうね。明日買いに行けばいいし、食べちゃおうか」

と言うと、斯音が「ちょっと、あんた達」と声をかける。


恬香が目を細め、ニヤリと笑った。

「じゃあ斯音は、私たちがホクホクのお芋を食べるのを黙って見ているの?」


尋ねられた斯音は俯き、小さな声で呟いた。

「……私も食べます」


その声を聞いた亜亥と恬香は、仲良く手を繋ぎ、ふわりと浮かんで母屋へ向かった。


「あの二人、仲いいわね」

私が呟くと、恬香が戻ってきて斯音に頬を寄せて囁いた。


「秦代の時は、あの二人の仲を割いたのよね。悪い子だ」

そう言って、恬香は斯音の頬を引っ張った。


「もう、恬香ったら……あと何年そのことを言い続けるんですか」

「何年だろうね……ふふふ」


(なに、この二人……仲が良いのか悪いのか、意味わからないんだけど)


私は黙って二人の様子を見守った。


そうこうしているうちに、亜亥と恬香が芋を抱えて戻ってきた。


「きたきた」

私は早速、囲炉裏の中の炭の位置を変えて、大きな芋を並べた。


「はあ、早く焼けないかなあ」

ぽつりと亜亥が呟く。

「そおねえ」「まだだよ」皆が思い思いに呟いた。


ドーン!


深夜の灯花庵の空気が震えた。


「あら、ご帰還したみたい」

音の方を見ると、大鎌を持った華蓮と琴葉がいた。


「あー、みんなでなにしているのー」

思った通り、琴葉が駆け寄ってくる。

その後を、ふわりと浮いて移動してきた華蓮が囲炉裏を覗き込んだ。


「あなた達、私たちが仕事をしている時に何しているの」


私はそんな華蓮に、芋を半分に割って手渡した。

割れ目からはホクホクの白い湯気と、黄金色の蜜が輝いていた。


「あら、美味しそうね」

機嫌を直した華蓮は私の横に座り、芋の皮をむき始めた。


「華蓮様、お芋より城固のことです。策は首尾よくいったのですか」

斯音が心配そうに尋ねるが、華蓮はすました顔で芋を口に運んだ。


私はお茶をすすり、口の中を整えて言った。

「斯音様、ここに華蓮様と琴葉がいるということは首尾よくいったということです。

南鄭で実況も聞いたし、これほど早く戻ったということは……それ以上のことをしたんですよね」


私は華蓮の顔を覗き込む。


「ええ、南鄭より早く片付けましてよ」


たぶん銀糸で記憶操作をしたのだろうと思いつつも、聞くのはやめて、

澄ました顔でホクホクの芋を食べる華蓮を見つめていた。


(荀彧さんと徐庶さん、幽霊になって脅すの楽しんでいたのになあ……)

――あなた、勘違いしてますわよ。記憶操作はしていませんの

(えっ、では何でこんなに早く終わったのですか)

――星馳も認識しないようにしただけですわ。

  人の楽しみを奪うほど、私は野暮ではありませんもの

私は思わず一人微笑みながら、お茶をすすった。


皆がお茶に手を伸ばしたのを見計らい、話の続きを始めた。


「“秋灯帰魂の夜”について、具体的に話そうか」


私の声に、皆が目を輝かせてこちらを見つめる。


「えっとね、玄冥原の神殿には霊道があるから、そこで灯籠に灯りを入れて、

それが漢中盆地へと流れていくの。

綿を灯籠に結んで、夜には灯りがともった灯籠が神殿へ帰ってくる……

魂が冬支度をして冥界へ帰る、そんな流れにしたいの」


「うんうん」「いいと思う」「星愛ちゃん、それいいよ」「あなたにしては上出来ね」

皆が思い思いの感想を口にする。

どうやら反対はないようだ。


こうして夜は更け、おおよその内容は決まった。

遠くに見える灯花の灯りに浮かぶ神殿を眺めながら、

当日の夜を思い描き、皆で顔を見合わせて微笑み合った。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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