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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第112話 灯花庵から見る景色 赤い瞳


10月に入ると、夜の外気に寒さを感じるようになってきた。

心なしか、露天風呂の湯気も白くなり、北よりの風に靡いている。


「あー、気持ちいいわね」

私が亜亥に声をかけると、彼女は露天風呂の岩に寄りかかりながら大きく息を漏らす。


「はあぁ……極楽ですわね」


その言葉に違和感を覚え、私は亜亥の顔を覗き込みながら尋ねた。

「ねえ、天界が極楽ではないの?」


「へへ」と笑ってごまかす亜亥の代わりに、扶美が答える。

「星愛、知っての通り私たち地上界で転生したのよね」


「うん、そうだね」

私は湯の気持ちよさに負け、つい気の抜けた返事をしてしまった。


「もう、聞いているの?」

「はいはーい、聞いてますよー」

「もう、私たちは天界も冥界も知らないの!……あんたなんか知らない!」


「まあまあ、女神なのだから、そんなに怒らない方が良いですよ」

恬香(しずか)が笑いながら間に入り、片手で肩にお湯をあてて気持ちよさそうにしている。


そんな私たちを見て、生真面目な斯音(しおん)が呟いた。

「ちょっと、私たち腑抜けていないかしら……」


先ほどまで怒っていた亜亥が、縁に手を乗せて漢中盆地を眺めながら言った。

「私たち、秦代ではたくさん仕事して、そのまま亡くなったのよ……

これぐらいはいいんじゃないかしら」


「そうそう、私だって頑張ったし……でも斯音には嵌められたわよね」

ジト目で斯音を睨む恬香(しずか)


私は苦笑いを浮かべながら言った。

「そろそろ、幽霊騒動が始まります」


皆が真剣な顔になり、露天風呂の北側に集まって肩を寄せ合う。


大巴山脈の南斜面を見ると、山腹を蛇行しながら降りてくる松明の線の先端が、

静かに定軍山の陰へと消えていった。


私は襄陽がある東の方向に視線を向け、目を凝らした。

「来るわよ」


刹那、――どーーん!


露天風呂の湯気が震えるほどの振動が伝わる。

「キャッ」

亜亥が驚いて私に抱きついてきた。


流れる湯気の向こうに、血のりがべっとり付いた衣装をまとい、

大鎌を抱えるように腕を組んで浮かぶ華蓮の姿があった。


「あんたたち、頭を五つ並べて何しているの?」


「そろそろかなって思って、ここで見学していたんです」

私がそう答えると、華蓮はニヤリと笑った。


「まあ、いい観覧席ですこと。今度は私も呼んでくださいな」


私たちは揃って頷いた。


その時、隣の亜亥が私の耳元に口を寄せて囁く。

「ちょっと、あの血のり赤すぎませんこと。

もう少し黒を混ぜてもいいと思うのですけど」


(あちゃー、言っちゃった)

――言っちゃったではないわよ……


華蓮の目が妖しく光り、大鎌が亜亥の鼻先に突きつけられた。


「あなた、今まで猫被っていたわね……

うふふ、服を着ていると分からなかったけど、あなた良い身体ね」


頬を朱に染め、慌てて胸を両手で隠す亜亥。


「うふふ、楽しいお仕置きをしましょうか……」


大鎌の先端が、胸を隠す指をそっと剝がそうとする。


「キャッ!」

亜亥は慌てて私の背中に抱きつくように隠れた。


私はというと、浮かぶ華蓮の足元を走る星馳に目を向けていた。


「あのう、華蓮様……お取込みのところ申し訳ないのですが、

そろそろ星馳が南鄭城につきそうですよ」


「なによ」と言いながら下を見る華蓮。

「あら、本当ね……これからお楽しみの時間が始まるわよ」


そして、再び亜亥を睨む。


「まあ、今日のところは許してあげますわ。

でも、言葉には気を付けなさい。神と言われても優しいわけではありませんよ……

星愛、しっかり教育しないと、この子そのうち足をすくわれますわよ」


「えっ、私神様じゃないし、そんな事情分かりません」


「うっ、そうでしたわね。でも気を付けるのですよ、亜亥」


亜亥は神妙な面持ちで頷いた。

華蓮は視線を下に向け、そのまま星馳に向かって落下していった。


「星馳の灯りが消えたわ……そろそろ始まるわね」

秦の四女神は静かに頷いた。


「でも、星馳が灯りを消すとどこにいるか分かりませんね」

扶美が呟いた瞬間、頭の中に聞き覚えのある声が響く。


――華蓮様、お待たせしました

――あら、大丈夫。腑抜けた五人とおしゃべりしていたから、ちょうど今来たところよ


秦の女神たちは顔を見合わせ、驚いた表情で私を見る。

私は南鄭城から目を離さずに呟いた。


「私たち銀糸を仕込まれましたね。

華蓮様の話したこと、聞いたことが全部耳に入ってくると思う」


――星愛、正解よ

(華蓮様、本当に何を考えているのか分かりません)

――あなたに分かってほしいと思ったことはありませんことよ。さて、劇の始まりですわ


五つの頭が、篝火の揺れる南鄭城をじっと見つめる。


――じゃあ私が先に行くから、後からついてきなさい

徐庶の渋い声が頭の中で囁いた。

――お願いします


その時、私の視界が赤く染まり、数本の髪が逆立った。

それに気づいた斯音が驚いて声を上げる。


「星愛、目が赤く光って、髪の毛が逆立っているわよ!」


「えっ、えーーー」

視界が赤いのは気づいていたが、髪が逆立っているとは思わなかった。

慌てて頭に手を乗せると、一瞬だけ押さえられたものの、

指の隙間から髪が逆立ち、赤い視界に寝床で眠る曹洪の姿が映った。


「えっ?」


次の瞬間、私の頭から銀糸が空へ一直線に伸び、

そのまま曹洪へ向かって飛んでいくのが“感覚で”分かった。


「うっ、うそ……」


――あらー、覚醒前の暴走中のあなたに銀糸を仕込んだから、同期したみたいね

(嘘でしょ、なんで私の頭から銀糸が飛んでいくの)

――これも覚醒前の暴走ね。あーあ、曹洪は私の獲物だったのに

(華蓮様、一体どういうことなんですか)

――忙しいから、またあとでねー


そう言い残し、華蓮との会話はぷつりと途切れた。



そして、一方通行の会話が再び耳に入ってきた。


――みんな、私たちのことは認識できないようにしてありますわよ


落ち着いた荀彧の声が続く。

――華蓮様、お見事です

――あなた、こんなこと簡単なことでしてよ


目を凝らして城門を見ると、四人の影が堂々と城門をくぐっていくのが見えた。


――しかし、不思議なものですな。誰も儂らに反応しない

(これは徐庶さんの声ね)


――そろそろ曹洪の寝床ね。先に私が行くから、ここで待ってなさい


――ほら琴葉、蜘蛛になって私の肩に乗りなさい

――ほーい


その後しばらくは、足音だけが聞こえていた。


――さて、到着したわね。よく寝ていること

――華蓮様、どうやって曹洪を起こすの?

――こうやって、大鎌の先端で鼻の頭を突くのよ

――それって、いきなり起き上がったら刺さるんじゃないですか?

――あら嫌だわ。私がこんなものに頼るの……刃は落として、バリまで取り除いてありますわよ

――なら安心ですね……いっそのこと鼻の穴を先端でくすぐれば起きるんじゃないの?

――面白いわね


……


――ハクショーイ!!

――あら、お目覚めかしら

――何やつ

――カレンドールよ

――か、華蓮様ですか……何故ここに

――声は出さないでね。潰すわよ……あなたに会いたい人がいて、お連れしたのよ


「ねえ、何が起こっているか分からないけど、うまくいっているみたいね」


亜亥が声をかけてきたので、私は頷いた。


「これが華蓮のやり方なの。もっと簡単にできるのにね。

わざわざ黒い衣装に赤い血のり付けて、大鎌担いで……」


「シッ……始まるわよ」

恬香が唇に指を当て、私と亜亥に目配せした。


――えっ、荀彧に徐庶様……ご無事であられましたか

――あんたねえ、曹操と程昱が毒盛って家ごと燃やしたでしょ

――え、そのようなこと……でもご無事で何よりです

――無事なわけないでしょ。どうしても話したいからと冥界から連れてきたのよ


その時、絹ずれの音が頭の中に響き、続いて扇を開く音がした。

荀彧の静かな声が流れ込んでくる。


――不利となった時、この城に籠れば必ず孤立します。

   守るべきはここではない。陽平関です。

   陽平関が崩れれば、すべてが終わる。


   ゆえに漢中の兵を陽平関へ集めることが最上の策。

   民は戦火から遠ざかり、兵は無駄に失われず、

   曹公は徳を得ましょう。


   城を守るとは、石壁を守ることではなく、

   民の心と、主君の未来を守ること。


   民が生きてこそ国は立ち、国が立ってこそ曹公は進める。

   ゆえに、機を見て門を開き陽平関を目指すことこそ、

   最も血を流さぬ道であり、最も曹公をお守りする道なのです。


恬香が得意げに何か言おうとしたので、私は慌てて口を押さえた。

「静かに」

そう言って人差し指を唇に当てる。


すぐに、徐庶の落ち着いた低い声が頭の中に響いた。


――良いか曹洪よ。夢咲が機を見て無血開城の交渉に来る。

   使者は紫の衣を纏った曹英と、黒の衣を纏った恬香じゃ。

   この二人が来たならば、大事と悟り、すぐに城を開けて

   陽平関を目指すのじゃ。良いな……


――ハハ……


――お分かりかしら、曹洪さん。

   これは神意ですのよ。明日から毎朝、左手が疼きましてよ。

   そのたびに今日のことを思い出しなさい。


パチン、と指を鳴らす音。

続いて、何かが倒れる鈍い音。


(きっと、曹洪さんが意識を失って倒れた音ね)


――よくお分かりですこと。ここは成功ね。次は城固ね。


華蓮の声がそう告げた瞬間、

頭の中の音がふっと消え、静寂だけが残った。


じっと南鄭城を見ていると、少し離れた位置で星馳の明かりが灯った。

ゆっくり動き出す星馳とは別に、黒い影がこちらへ飛んでくる。


宙に浮いたまま、断崖を滑るように進む華蓮だった。


「どうかしら……中で起きていること、分かった?」


私は苦笑いを浮かべ、大きく頷いた。

「はい、よく分かりました。城固でも同じようにするんですか?」


「城固は距離があり過ぎるから、音はここまでは届かないわ」


「華蓮様、銀糸を使った実況のことではなくて……策ですよ、策」


「あら、嫌だわ。私の音声劇場を楽しみたいのではないのかしら?」


「そんな……音声劇場より、この策が成功する方が大切だと思います」


「相変わらずの優等生ね。腑抜けているから少しはましになっていると思いきや、

やっぱりその性格は治らないわね。

でも、楽しい劇を演出できるから私が手伝っていることを覚えておきなさい」


私は華蓮を見つめ、首を傾げてニコリと笑ったが、返事を濁した。

そして、漢中盆地を疾走する星馳に目を移し、尋ねた。


「華蓮様は、何で星馳に乗らないのですか」

私が聞くと、華蓮は浮いた姿勢で腰を折り、私の顔を覗き込んだ。


「あなた、私に乗り物が必要だと思っているのかしら?」


「でも、飛んでいるよりは楽ではないですか」


「歩くより飛んでいる方が楽、と言えば分かりますかしら」


そう言いながら遠ざかる星馳を見て、華蓮はさらに付け加えた。


「それに、あんな箱に入って揺られて移動するなんて御免だわ」


「ふーん、そうなんですね」


と、気の無い返事をしながら、気になり続けていた銀糸のことを聞いてみた。

「ところで、どうして私が銀糸を使えるようになったのですか」


「あなた、赤い瞳で絵蓮が見える人が亡くなる日が見えたでしょ。

それと同じで、私の持つ赤い瞳に反応した。

まあ、私と比べたら本数は少なさそうだけど、十分使えそうね」


「でも、どうして華蓮様や絵蓮様の能力が使えるようになってきたのか……」


「そんなこと、私に分かると思いまして?」


私は華蓮の赤い瞳をじっと見た。

何も隠していない瞳に見えるけれど……

私の不満顔を気遣ったのか、華蓮はさらに話を続けた。


「ただ言えるのは、今は覚醒前の兆候。

覚醒したらどんな能力なのかは分からないわ。

だって、星愛は人の子ですから予測がつきませんのよ」


そう言いながら、華蓮はふわりと近づき、腰を折って私の顎を指先で持ち上げ、

瞳を覗き込んだ。


「銀糸が使えるのは、あなたの資質よ。赤い瞳はその証」


華蓮はそう言って、顎から指先を離し、目を細めた。


私は思わず視線をそらした。

この瞳の意味を、私はまだ知らないまま話が終わった。


私と華蓮の会話が終わったのを見計らってか、斯音が静かに声をかけてきた。


「……星愛様。私から提案したいことがあります」


斯音の声は静かで、どこか決意を帯びていた。

星馳は長巴道を走り、銀河の帯が城固を照らしていた。




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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