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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第110話 玄冥原大軍議 策


劉備と曹操軍の布陣と戦の分析、そして夢咲の現状と開発予定まで話し合い、

会議はいよいよ大詰めに入ってきた。


私が碧衣に視線を送ると、彼女は静かに頷き、ゆっくりと腰を上げた。

同時に、北を起点として東・南・西へと水が巡るように、

水環路の線の上を青い光がゆっくりと流れ始める。


北側から南へと順に――

城固の北西に広がる丘陵地、

定軍山の学術院予定地、

南鄭の北側の谷間、

南鄭の南側の平地、

留壩(りゅうは)(南鄭の西南西)、

洋県(ようけん)の湧水帯(南鄭の西北西)、

そして定軍山の南麓に設ける貯水池へと続いていく。


こうして、漢中全体を巡る水環路が

環状に接続されていることが一目で分かった。


「貯水池から三キロの近距離は一か月。

七キロの中距離で三か月。

漢中全体としての初期灌漑網の完成は一年です」


「中距離で農園の運用は可能かしら」


私の問いに、碧衣が龐統へ視線を送る。

龐統は軽く頷き、落ち着いた声で答えた。


「余程の日照りが無い限り、各池で賄えると考えています。

それに、問題になるのは雨期明けの十月……

その頃には完成しています」


「ありがとう。開墾して畑が使えるようになるまで、どのくらいの日数が必要かしら」


再び問いかけると、碧衣が迷いなく答えた。

「キャタピラ星馳を開墾用に改造すれば、二か月あれば十分です」


私は微笑みながら頷いた。

「来年の一月には、土起こしと肥料入れの準備ができそうね」


「できます」

碧衣と龐統が、まるで示し合わせたように同時に答えた。


「あとは、駅周りの建物ですが……モノレールが開通すれば、

これまで夢咲が開発してきた街と同じように整備できますか?」


この質問にも、碧衣がすぐに答える。

「十二月には、人が住める街になります」


「いいわね。四月には学術院が開校できるし、

戦が本格化する前に治療院も開院できそうだわ」


その言葉に、小喬と貂糜は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑み合った。


「あとは、夢咲星環府民と、夢咲の街と農園を戦禍からどう守るかですね」


私がそう言ったその時、思わぬところから声が上がった。


「ねえ、ホログラムで戦の動きを確認していたけど……

夏侯淵には教えてあげないの?

教えてあげれば、生き残る確率が上がるんだけどなあ」


質問の主は、ミレイツァ・ハイドラだった。


会議に出席していた者たちは、一瞬言葉を失った。

誰もが心の奥底では同じことを思っていた。

だが、それを口にすれば大局が変わる――

その恐れが、皆を黙らせていた。


私は胸の奥で自問自答した。


(……夏侯淵将軍が、あの戦で亡くなると分かっているのに)


胸が締めつけられる。

彼の武勇も、忠義も、家族への思いも知っている。

救いたい。ただ、それだけ。


だが――


(知らせれば……歴史が壊れる。

救えるはずの未来の命が、逆に失われるかもしれない)


拳を握る。

爪が掌に食い込むほど強く。


(私は……何を守るべきなの……?)


会議室に、重い沈黙が落ちた。


その時、私の左右に座る華蓮と絵蓮の赤い瞳が静かに光り、微笑んだ。

先に立ち上がったのは華蓮だった。


「あなた、何を悩むの?」


「えっ……」


我に返り、華蓮を見上げると、

彼女は会議室の全員に視線を巡らせていた。


「はあ……これだから」


華蓮は小さくため息をつき、何かを言いかけて言葉を飲み込む。

そして、上品でよく通る声で語り始めた。


「歴史には支柱があるのよ」


皆の視線が華蓮に集まる。


「この世界は、無数の選択で形を変える。

けれど、いくつかの出来事は“必ず起きる”ように定められている。

それが歴史の支柱なの。

支柱を折れば……世界は崩れるわ」


華蓮がホログラムに手をかざすと、

漢中の地図が渦を巻くように歪んだ。


「夏侯淵の死は、定められた支柱の一つ。

助けに出れば、その者も道連れになりますわ。

たとえ夢咲の者であっても、例外ではありません」


絵蓮が、華蓮の言葉を明るい口調で継いだ。


「魂ってね、水みたいなものなの。

流れる場所が決まっていて、

その流れが集まって“時代”っていう大きな川になる」


絵蓮が渦を巻いていたホログラムに手をかざすと、

映像は静かに漢中の地図へと戻った。


「夏侯淵の魂は、あの戦で流れを変える。

それが後の人たちの運命を動かすんだよ。

そして、それは夏侯淵自身の“徳”にもなるんだ」


言葉とともに絵蓮の瞳が赤く輝き、指を鳴らす。

地図の上に、無数の赤い点が浮かび上がった。


次の瞬間、絵蓮の声が低く変わる。


「ほら、この赤い点に指を置くと日付が出るでしょ。

みんな亡くなる日は決まっているんだよ。

でもね、ここにいる軍師さんのように、

時代に影響を及ぼさず、転生で徳を積んだ魂は……

延命を許される場合がある」


絵蓮の気配が徐々に重くなる。

会議室全体を押しつぶすような神威がのしかかった。


「忘れないでね。

時代の支柱となる魂を救おうとした時――

私は、その首を落とすわ」


ごくり、と生唾を呑む音が響いた。


(……ちょっと今の態度は無いんじゃないの)


私は机を両手で叩いた。


バンッ!


「ひえっ!」


絵蓮は私から飛びのき、肩を震わせた。

その横で、華蓮は口元を隠しながら目だけで笑っている。


「ちょっと、絵蓮様!

脅してどうするんですか。

軍議が台無しじゃないですか、言い方ってあるでしょ!」


紗良が慌てて止めに入る。


絵蓮はしょんぼりとうなだれた。

華蓮が呆れたように私へ向き直る。


「でも、これは事実よ。

支柱となる魂を救うことはできないの。

救おうとした者を、神が破壊しに来るわ」


「うん、覚えました」


下から、ミレイツァ・ハイドラの明るい声が聞こえた。


私はハイドラを見て、深くため息をつく。


(この子が変なことを言わなければ……

でも、夏侯淵のことは皆疑問に思っていたし、

知るいい機会だったのかもしれない)


――少しは成長したのかしら


(華蓮様、人の心を覗くのはやめて!)


――星愛、ごめんねー。強めに忠告した方がいいと思って


(絵蓮様も、私たちと話すときは神威丸出しにしないでください)


――はーい、気をつけまーす


(はあ……本当に分かってるのかしら)


私は気を取り直し、軍議を再開した。


「さて、これより軍議を再開します」


(……まだ絵蓮の影響が少し残っているわね)


重い空気が会議室を包んでいたが、私は構わず進行を続けた。


「劉備軍の動きを、もう一度確認します」


再びホログラムに視線が集まる。


「現在、劉備軍はこの位置。先陣は巴東から十五キロ先の平原を、

長い隊列で進軍中です」


劉備、諸葛亮、黄忠、法正の旗印が淡く光りながら投影される。


「本体の殿は呉蘭付近で巴東を出たばかり。

騎馬一万、歩兵五万、兵站輸送三十万の大隊列です」


ホログラム上では、十五キロにわたって旗印が連なり、

その規模を物語っていた。


「先遣隊の馬超と張飛はこのあたり。

そして今朝出陣した夏侯淵、曹洪、曹真の騎馬隊は

すでに定軍山へ向かっていると思われます」


私は指し示しながら続けた。


「夏侯淵は大巴山脈の山道、この地点で張飛らを待ち伏せし、

出鼻をくじいてすぐ撤退……待ち時間を含めて五日後です」


ミレイアが指先を滑らせると、卓上の地図に置かれた旗印が

かすかな音を立てて移動した。

魏軍と蜀軍の印が、まるで引き寄せられるように一点へと近づいていく。


周瑜が目を細め、その交点を見つめる。

恬香(しずか)が静かに隣へ歩み寄り、声を落とした。


「周瑜、ここ……奇襲には理想的な地形ですね」


「恬香様もそう思われますか。谷が狭く、敵は一列でしか進めません。

まさに出鼻を叩くには絶好の場所です」


「ええ。ここに出てきた瞬間、側面から伏兵を当てられる」


「山中の迂回路にも兵を潜ませれば、逃げ場はありません」


二人は顔を見合わせ、同時に言った。


「後は夜陰に乗じて、夏侯淵は撤退する」


私は二人の分析に大きく頷いた。


「そうです。ここで一度痛手を負えば、先遣隊は警戒して進軍速度が大きく落ちます。

夏侯淵は三日後には陽平関へ戻れます」


ホログラムには、陽平関へ退く『夏』と『曹真』の旗印、

南鄭へ戻る『曹洪』の旗印が映し出される。

対して、先遣隊の『馬』『張』『呉』の旗印は極端に動きが鈍くなっていた。


ここで曹操陣営の旗印は完全に停止する。


大巴山脈へ入った劉備軍の旗印では、

『黄』が山を越えて東側の山腹へ進みつつある一方、

殿の『張任』は依然として山脈の入口に留まったまま。

奇襲を受けた先遣隊の旗印も、東側山腹をゆっくりと進むだけだった。


「ここで、十日後です。

ミレイア、ホログラムを止めてくれるかしら」


映像が静止するのを待ち、私は口を開いた。


「ここが最初の『起点』になります。

この後は大きな動きはなく、五日後に劉備の先遣隊が漢中盆地へ入り、

本体の先陣である黄忠は大巴山脈東側の中腹へ。

殿の張任は西側山麓からようやく動き出すところになります」


曹英と琴葉、魯粛が顔を見合わせ、静かに頷き合う。

やがて曹英が一歩前へ出て、ホログラムの前に立った。

自然と皆の視線が彼女へ集まる。


「星愛、『民の血は一滴も流さない』と言ったわね。

その考えを聞かせてほしいの」


真剣な眼差しに、私はゆっくりと歩み寄り、頷いて答えた。


「このホログラムの通り、漢中の曹操軍は

南鄭に曹洪五千、城固を拠点とする張郃五千、

そして陽平関に夏侯淵・曹真・徐晃の二万が布陣しています。

陽平関に兵を集めているのは、ここが落ちれば退路が断たれるからです。


だからこそ――南鄭の曹洪と、城固の張郃を説得します」


曹英は目を細め、「何を説得するの?」と私に尋ねた。


「無血開城です。

陽平関に兵を集結し、長安の曹操の援軍を待つ策が理にかなっていると」


魯粛が頷き、柔らかな声で続ける。

「さすれば、戦は漢中の北口――陽平関周辺に限定され、

漢中盆地は無傷ということですな」


私が大きく頷くと、曹英がそっと肩を叩き、耳元で囁いた。

「任せなさい」


誰にも聞こえない小さな声。

次の瞬間、彼女は小首を傾げて私に微笑み、皆の方へ向き直った。


「無血開城を成功させる方法が一つあります」


視線が一斉に曹英へ集まる。

その後ろでは、華蓮がテーブルに顎をのせ、指を組みながらニヤリと笑っていた。


曹英は皆に頷き、自信に満ちた声で告げた。


「天下三分の計の幽霊騒動を、もう一度やるのです」


会議室にざわめきが広がり、それが静まるのを待ってから続けた。


「ただ無血開城を持ちかけても、交渉が決裂する可能性があります。

だから――前もって仕込むのです」


華蓮が足を組み、腕を組み、おもちゃを見つけた子供のような顔で声をかけた。

「うふふ、だから私が必要なわけね。どんな脚本かしら?」


曹英も負けじと小首を傾げ、華蓮に微笑み返す。

「このホログラムの布陣が理想的です。今日から投下後に仕込みを始めます」


華蓮はわざとらしくこめかみに指を当て、問いかけた。

「あら、どんな仕込みをするのかしら?」


曹英はホログラムの前をゆっくり往復しながら語り始めた。


「曹洪、張郃の前に――死んだと思われている荀彧と徐庶が“幽霊”として現れ、

陽平関に兵を集結する理を説くのです」


「ほほう、私たちはこう言えばいいのですか」


徐庶と荀彧は悪戯っぽい表情を浮かべ、言葉を紡いだ。


まずは荀彧が、わずかに脅すような顔つきで口を開く。


「張郃殿(曹洪殿)……魏の根本は“秩序”です。

陽平関を失えば、漢中は瓦解し、長安への道が開きます。


南鄭(城固)も、守る価値は薄い。

守るべきはただ一つ――陽平関。


ここに兵を集め、退路を確保し、曹公の援軍を待つのです。

それこそが魏を守る唯一の道……」


荀彧の言葉に含み笑いを浮かべた徐庶が、眼光を宿して続けた。


「張郃殿(曹洪殿)……城固で戦えば兵が疲弊します。

南鄭で戦えば、民が死にます。


だが、陽平関なら違う。

地形が狭く、兵が少なくとも守りやすい。


劉備軍は大軍。広い場所で戦えば被害は膨れ上がる。

しかし陽平関に誘えば、戦は最小限で済む。


……どうか、民を巻き込まない道を選んでください」


「これでよろしいかな」


二人が曹英へ視線を向けると、曹英は不敵な微笑みを浮かべた。


「そして最後に、こう言うのです。


『いずれ、星環旗を掲げて紺の漢服を着た曹英と、

紫の漢服を着た恬香が現れるでしょう。

必ず無血開城を進めてくるであろう……この機を逃さぬことだ』」


曹英は続けた。


「そして最後に、華蓮様が気付かれないように

左腕が時々疼くように銀糸を仕込みます」


「ははーん、面白いこと考えるわね」


「いえいえ、華蓮様ほどではありません……やっていただけますか」


「いいわよ。楽しい人形劇にしますわね」


(なによ、曹英……最近、華蓮様に毒されてない?)


――星愛、余計なこと考えないで。話はまとまったわよ


私は苦笑しつつ、他の将たちへ視線を巡らせた。

苦笑いを浮かべる者、期待の眼差しを向ける者――反応はさまざまだ。


「曹英、これなら左手の疼きを感じるたびに幽霊の言葉を思い出し、

予言通りに曹英と恬香様が現れて無血開城を進めれば、

間違いなくうまくいくわね」


なぜか琴葉がどや顔で私に笑ってみせた。


(そっか……休憩時間、曹英と魯粛、琴葉で話していたんだ。

発想が琴葉っぽいと思っていたけど、華蓮様を呼んだのも琴葉なのね)


そんなことを考えていると、貂糜がそっと手を上げた。私は頷いて促す。


「星愛様、一つお願いがございます……。

戦況が過熱する定軍山の戦の頃には、夢咲の治療院が完成しているはずです。

武装を解除した者の治療を、どうかお認めいただけませんか」


貂糜と小喬が深く頭を下げる。私は微笑み、力強く頷いた。


「もちろん。武装を解除した者なら、誰でも受け入れてください」


続いて孫瑜が口を開く。


「あとは、戦禍を逃れてきた者たちに、学術院を一時的に開放する許可をお願いします」


私はにっこりと微笑んだ。


「民は夢咲の者も漢中の者も関係ありません。

いつでも救いの手を差し伸べてください」


その言葉に、孫瑜は結んだ手を頭上まで掲げ、一礼した。


「さて……残りは軍隊の配置ですね」


ミレイアが私を見て口を開く。


「今回はミレイツァ・ハイドラの試験も兼ねて、

ドローン部隊を配置したいのだけど……いいかしら」


「えっ、ドローンって、あの温泉で見た蜻蛉みたいなもの?」


私が尋ねると、ミレイアの代わりに周瑜と紗良が頷いた。


「ミレイツァ・ハイドラは、一度に千機のドローンを操作できます。

見張りと防衛に使えば、兵士はほとんど必要ありません」


私は紗良と周瑜へ視線を移す。周瑜が頷き、説明を続けた。


「防御としては十分ですが……試験運用ということもあります。

星馳十台、ジャイロバイク二十台で構成される部隊を、

南鄭と定軍山に四部隊、城固に二部隊配置することを進言します」


「そうね。試験運用なら、その方が良いわ」


ミレイアは少し不満そうに眉を寄せたが、最終的には納得したようだった。


こうして私たちは防衛計画をまとめ、

残りの動きをホログラムで確認した。

二百十七年九月から二百十九年八月まで――

結果を早送りで五回繰り返しても、同じ未来が映し出された。


会議を終え、窓の幕を開けると、ちょうど日の出の時刻だった。

差し込む光に照らされた皆の顔は、自信と希望に満ちていた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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