表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/131

第109話 玄冥原大軍議 夢咲の現状と計画


漢中での劉備・曹操両陣営の動きを予測し終えたところで、軍議は一旦小休止となった。

会議室には、運ばれてきた茶と焼き菓子の香りがふわりと広がる。


しかし“休憩”とは名ばかりで、室内ではすでに小さな会議がいくつも始まっていた。

議論の声が重なり、時折、椅子の擦れる音が混ざる。


紗良と周瑜、徐庶はミレイアと共にホログラムを操作し、

劉備・曹操両軍の将の位置を時系列で印していく。

それに呼応するように、曹英・魯粛・琴葉が夢咲の拠点に印を入れていった。


陽平関に両陣営の印が集まったところで、ミレイアが静かに頷く。

次の瞬間、最初に印を入れた地点に各将の旗印が立体的に浮かび上がり、ゆっくりと動き始めた。


碧衣と龐統、荀彧はその動きを見ながら、

夢咲が予定している大農園の周囲や南鄭、定軍山、城固の夢咲府に印を入れていく。

防衛軍の配置を確認しているのだろう。


小喬と貂糜、孫瑜は各戦場から定軍山の学術院予定地まで印を入れ、

救護班の動きを整理していた。


再び陽平関に旗印が集まると、全員が位置を微調整し、

ミレイアが頷くと、旗印は最初の地点へ戻り、

印を入れた順にゆっくりと動き出す。


最後に曹英・魯粛・琴葉がその動きを見ながら印を入れた。

交渉班の動きを確認しているのだろう。


私はというと、一人だけ蚊帳の外。

紅茶の香りを楽しみながら、音を立てないよう焼き菓子を口に運び、

皆の働きを眺めていた。


小休止とは言ったが、実際には各陣営の会議の様相を呈していた。

それぞれが自分の役割を黙々と果たしている。


(みんな、何も言わなくても自分の役目を持っているのね……

頼もしくもあり、少し寂しくもあるわ)


ふと、妃良(ヘラ)が軍議で紅茶を楽しみながら皆を見守っていた姿を思い出す。


ホログラムの張郃の旗印が、城固から陽平関へとゆっくり移動し始めたところで、

私は待女を呼び、お茶を下げて温かい茶とパン、チーズ、果物を持ってくるよう頼んだ。


全体の動きがまとまったのか、

皆は満足げな表情で腰を落ち着け、笑顔を交えながら雑談を始めた。


頃合いを見計らったように、茶とパン、チーズ、果物が運ばれてくる。

会議室は再び茶の香りに包まれ、今度は寛いだ声で満たされていった。


星愛(ティア)、今休憩なんでしょ。ちょっと窓の幕を開けたらどうなの)


――えっ、その声は……華蓮様?


(そうよ。今軍議しているんでしょ。私も参加するわ)

(そうだよ。玄冥原が一段落したと思ったら、今度は漢中の戦でしょ?)


――えっ、その声は……エレシュキガル様?


(私も参加したいな。あ、そうそう、地上では“絵蓮(えれん)”の名前に決めたから、よろしくー)


(名前なんてどうでもいいから、窓を開けて陽光を取り入れなさい)


――は、はい……


なぜか琴葉がこちらを見て、ニコニコ顔で頷いている。

私は怪訝な表情を浮かべつつ、ミレイアに窓の幕を開けるよう声をかけた。


スーッ。


静かに幕が開き、外から差し込む光の線が徐々に広がる。

その瞬間、皆の視線が窓へと吸い寄せられた。


――ブッ。


運の悪い曹英が、含んでいた紅茶を盛大に吹き出した。

他の者たちは一様に目を丸くし、琴葉だけが手を叩いて喜んでいる。

私は思わず頭を抱えた。


陽光の眩しさに目が慣れていくと、

そこには――二人の女神が、静かに浮かんでいた。


華蓮は腕を組み、片方の指を頬に当てて微笑み、

絵蓮は腰を曲げてにっこり笑いながら、右手をひらひらと振っていた。


私は慌てて待女を呼び、窓へ駆け寄らせる。


思わず大きな声が出た。

「どうして、今日の会議が分かったのですか?」


浮いたままゆっくり会議室に入ってきた華蓮が答える。

「あなた、もう能力の覚醒前の“暴走”が始まっているでしょ?

私たちには、あなたの見聞きしていることが全部入ってくるのよ」


隣の絵蓮もにっこり笑いながら私の肩を軽く叩く。

「もう私たち、赤い瞳の姉妹みたいなもんなんだよ」


ポンポンと叩かれる肩に、私は複雑な表情を浮かべた。


会議室は二人の女神の乱入に静まり返っていた。

その中で、交渉班の曹英・魯粛・琴葉が頷き合い、魯粛が口を開く。


「ま、まさか本当に華蓮様たちが来られるとは……

どうしてもお願いしたいことがあり、悩んでいたところでした」


曹英も頷き、続ける。

「琴葉が“窓の外に華蓮様と絵蓮様がいる”と言っていたのですが……

まさか本当に……。ですが、どうして窓からなのですか?」


(そう、それ。私も同じ疑問……普通に扉から入ればいいのに)


絵蓮はしたり顔で曹英を見つめた。

「それは人の子が決めたことでしょ?別にどこから来てもいいんじゃないのかな」


華蓮が軽く手を振る。

「そんなことより、軍議を進めたらどうかしら?

私と絵蓮は、あなた達がどう動くかを確認したいだけなのよ」


絵蓮も続ける。

「そうそう。亡くなる魂は決まっているけど……

星環府は天界に近い存在だからね。あなた達の動き次第で覆ることもあるんだよ」


言いたいことは何となく理解できた。

ここで時間を費やすのも得策ではない。

私は軍議を再開することにした。


ゆっくりと窓の幕が閉まり、

ホログラムが淡い光を宿して浮かび上がる。


「それでは軍議を再開します」


その一言で、会議室は一瞬にして静まり返った。

衣服の擦れるわずかな音に、再び緊張が宿る。


「次は、夢咲の開発状況と計画を碧衣から説明してもらえますか」


碧衣は私に軽く頷き、静かに立ち上がった。


「まずは、長江と黄河を結ぶ陸の大河――夢咲長巴道の工事進捗について説明します」


視線が、漢中を立体表示するホログラムへと集まる。

「現在、巴東から南鄭まで開通しており、南鄭には橋梁工事に必要な資材を貯めています」


ホログラムには、巴東から大巴山系の尾根を登り、

玄冥原を経て南鄭へと伸びる二本の高架線が青く点滅した。


「そして今、夢咲星環長安府を取り巻く環状線区の工事に入っていて、

城固の駅まで開通するのは十月下旬の予定です」


表示が切り替わり、長安星環府を囲む環状線と、

城固まで延びる二本の高架線が赤く点滅する。


「最後に、定軍山を挟んで城固と南鄭を結ぶ区間が十月末に開通します」


「は、はやい……」

思わず漏れた声に、何人かが頷いた。


「投入する車両は、朝と夕は客車を多くし、

それ以外の時間帯は貨物車両を中心に運行する予定です」


碧衣は一度言葉を切り、皆の反応を確かめるように視線を巡らせた。


腕を組むか、ホログラムを睨んでいた孫瑜が手を上げる。


「長安や巴東からも、工事関係者が通えるだろうか……

どのくらいの時間がかかりますか?」


碧衣は涼やかな表情で頷き、答えた。


「長巴道がここまで伸びたことで、

巴東から定軍山まではおよそ六時間半。

長安からでも六時間前後で到達できます。


ですので、日々通うのは難しいでしょう。

ですが、救護も補給も、以前とは比べものにならない速さで動けます」


孫瑜は少し残念そうに頷き、言葉を続けた。


「では、簡易宿舎を設置し、休みの日に長安や巴東へ戻る形なら可能ですね」


「はい、それなら問題ありません。

それに漢中内であれば、南鄭・定軍山・城固をそれぞれ十二分で結べます」


「おお……素晴らしい。

これなら、定軍山に学術院や治療院を置けば、

漢中の民に平等に学問と治療を施せますね」


孫瑜は満足げに微笑み、他の出席者も大きく頷いた。


碧衣が席に戻るのを見計らい、私は立ち上がる。

再び会議室が静まり返った。


「では、続いて具体的な漢中開発について、荀彧殿より説明をお願いします」


椅子の音とともに、荀彧がゆっくりと立ち上がった。


荀彧は皆に一礼し、少し高めの響きを持つ声で語り始めた。

「穀倉地を作るには、水の確保が最重要課題です」


映し出されたホログラムへゆっくりと歩み寄り、

長江の前で立ち止まる。

その様子を、皆は静かに見守っていた。


「当初は、漢水から水を引く計画でした。

漢水から大きく取水すれば、漢中の田畑は一気に潤うでしょう。

碧衣様の銀の鉄扇を使えば、それは容易いことです」


碧衣がスッと立ち上がり、荀彧の横に並んで言葉を継ぐ。

「ですが、漢水の先には長江があります。

……長江の水が減れば、もっと多くの人が困るのです」


碧衣が私を見た。

私は腰を上げ、皆を見回して宣言した。


「夢咲は、誰かを犠牲にして豊かになる道を選ぶことは許しません」


その言葉に荀彧が深く頷く。


「ですので、漢水からの取水は“必要最低限”にします。

その代わり、雨季の水を貯める貯水池を各地に設ける計画を立てました。

自然と共に生きる――兵法の鉄則です。

それが、皆が助かる道です」


その時、静かだった秦の四女神の席から膝を叩く音が響いた。

恬香(しずか)が感心したように微笑み、言葉を添える。


「その通り。孫子の兵法でも、

自然を理解し、逆らわず、味方につけることが根幹とされています。

歴史上の敗北の多くは“自然を軽視した判断”から生まれました。

自然を理解し、整え、調和することこそ――

戦わずして勝つための兵法なのです」


荀彧は恬香に一礼し、説明を続けた。

ホログラムに指を滑らせると、漢中盆地に青い光点がいくつも浮かび上がる。


「こちらが、夢咲が計画している貯水池の配置です。

南鄭の南側、山麓の浅い谷に一つ。

城固の北東の丘陵地に一つ。

洋県の湧水帯に一つ。

留壩の谷間に一つ。

そして定軍山の南麓、学術院予定地の近くに一つ」


孫瑜が目を細め、深く頷いた。


「分散型……なるほど。

大きなため池を作らず、自然の流れを壊さない形ですね」


荀彧は孫瑜に頷き返し、碧衣へ視線を送る。


「はい。雨季に少しずつ水を貯め、乾季に田畑へ供給します。

水路ではなく“水環路パイプライン”を使うため、

蒸発や漏水も最小限に抑えられます」


私は思わず声を上げた。


「長江への影響も……これなら抑えられますね」


碧衣が穏やかに微笑む。


「ええ。漢水からの取水量は必要最低限に抑えられます。

夢咲としても、下流の民を困らせるわけにはいきません」


私は胸に手を当て、安堵の息をついた。


「これなら、漢中の田畑は潤い、長江も痩せずに済みますね」


皆が合意の意味で頷いたその時、

碧衣の横にミレイアのホログラムが静かに立ち上がった。


「ここで、一つ問題が生まれます。

水の管理、リニアモノレールの制御など漢中で行うと、夢咲の他の処理に遅延が生まれる可能性がでてきます」


私は驚きのあまり声を上げた。

「えっ、それは浮島夢咲や、航行する船にも影響が出るということかしら」


ミレイアは涼しい顔で頷く。

「そうね、一時止まってしまう事もあり得ますね。

なので……


紹介します、ミレイツァです」


ミレイアが言うと、子どものミレイアのホログラムが映し出された。


子どものミレイアを見て曹英の顔が引きつり、周りも騒めく。

「み、みれい、つつつ、あ……なんなんですか?」


(曹英、久しぶりに先端技術アレルギーがでたかしら……)


私は苦笑いを浮かべながらも、ミレイアに質問した。

「ミレイツァは、もしかして漢中を制御するAI になるのですか?」


ニッコリ笑いながら首を縦にふるミレイア。

「そうなの、制御に遅延が出ることが想定されるようになり、澪と相談していたの」


「はあ……澪さんとは通信できるという話だったわね」


私が言うと、ミレイアは頷き話を続けた。


「結論から言うと、将来浮島夢咲はこの大陸から離れます……

なので、そのことも考え、長江と黄河、漢中にミレイツァを置くことにしたの」


(離れるって気になるけど、今は軍議だし、この話はあとでもいいかしら)


私は気を取り直してミレイアに話を促した。


「ミレイツァはギリシャ語の語源から名前を決めたのよ。

水、黄金、海……それぞれの役割にふさわしい名をね。うふふ」


――うふふって、楽しいのはミレイアだけでは……

(澪も楽しんだみたいよ)

――また、華蓮様は人の心を読まないでください


そんなやり取りを華蓮としている間も、ミレイアの話は続いた。


「漢中は……ハイドラ。水を守る者でミレイツァ・ハイドラ。

黄河は、黄金の川を整える者でミレイツァ・クリソ。

長江は、湖と海をつなぐも者でミレイツァ・タラッサ。


なかなか、いいネーミングでしょ」


皆は呆気にとられ、ミレイアと子供型のミレイツァを見つめるだけだった。

そんな状況を見かねて、龐統が腰を上げた。

視線が龐統に集まり、軍議が再開される。


龐統がホログラムの前に立つと、城固・定軍山・南鄭を中心に平地の色が変わり、城固の周囲が点滅した。


「城固は漢中盆地の北東で、古来より関中へ抜ける要衝です。

ここを“補給と流通の大農場”とします」


私は手を上げて尋ねた。

「どのような品種の穀物を育てるのですか?」


龐統はホログラムの城固を一瞥し、答えた。

「乾燥した北東の風を利用し、蕎麦、大麦、雑穀、豆類など保存性の高い作物を育てます」


私はその答えに満足し、微笑んだ。

「乾いた北東の風……この風なら、蕎麦も雑穀もよく乾くわ。

保存の効く作物を育てれば、漢中の冬はもう怖くないわね」


皆が頷くのを見て、龐統は続けた。


「次は南鄭です。南鄭は漢中の中心。

ここは民の食を支える“生活農園”とします」


曹英が首をかしげて尋ねた。

「生活農園って……一軒一軒、庭に畑を作るのですか?」


龐統は穏やかに首を振る。

「いえ、漢中全体を支える農園です。

季節ごとに野菜、果物、豆類を育てます。

いずれも長期保存が難しいため、ここで作られたものは漢中市場に並ぶことになります」


徐庶が手を上げた。

「リニアモノレールや夢咲の貨物型彗星船で輸送することもできると思うが」


「可能ですが、輸送費を考えると高級食材になるでしょう。

それでも市場から強い要望があれば対応します」


「そうですな。自分のところでも収穫できるものもありますし、

余程の価値があるものでなければ出回らぬでしょうな」


徐庶の言葉に龐統は頷き、最後の説明に移った。

「最後は定軍山です。

ここには夢咲星環漢中府庁舎、学術院、そして大型の治療院を建設します。

そのため、学術院に連動する“研究農場”と、治療院に連動する“薬草農園”を設置します」


小喬が嬉しそうに頷いた。

「今は沙市の楓草畑を中心にした薬草園しかありませんから、薬草農園はぜひ欲しいと思っていました」


貂糜も続ける。

「それに、学術院と治療院共同の薬学研究棟も必要ですね」


龐統は大きく頷いた。

「洞庭湖の治療院と同じ設備を整え、漢中・長江・黄河の患者を受け入れられるようにします。

漢中で最も大きい建物になるでしょう」


龐統が言うと、ホログラムの治療院が赤く点滅した。


小喬と貂糜は目を合わせ、手を取り合って喜びを表した。

「これで、確実に救える命が増えましたね」

小喬の言葉に、貂糜は大きく頷き、抱き合って喜びを噛みしめていた。


私は二人の言葉を聞きながら、

“長巴道を建設し、長江と黄河を結んだ意味”を静かに噛みしめていた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

■ 気に入っていただけたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをお願いします!

■ ご意見・ご感想はコメントへお気軽にどうぞ。


更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ