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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第103話 心の師


八月初旬、茹だるような暑さの中で工事は着々と進んでいた。

夢咲長巴道の建設はすでに南鄭駅まで到達している。


リニアモノレールの駅は本来高架式が標準だが、南鄭駅は全面開通までの間、漢中盆地開発の資材置き場として機能させるため、地上駅として建設された。


碧衣たち建設班はここで巴東側の工事を一旦中断し、長安方面の建設に着手する。

一方、私たち交渉班は夢咲星環府漢中府の政治と経済の要となる施設建設、そして各領地の領主との『土地開発の協定』交渉を並行して進めていた。


夢咲星環府漢中府庁舎は漢水の流れを望む南鄭城東方の川沿いに建てられている。

そこは古来より漢中盆地の交通の要衝であり、物流と行政の中心となる地であった。




―― 夢咲星環府漢中府庁舎会議室 ――


陽が落ち、灯花の灯りが柔らかく会議室を照らす中、漢中開発の責任者たちが集まっていた。

未来を見据えた会議のためか、皆の表情は明るい。


私が腰を上げると、出席者の視線が一斉に集まった。

今日の会議の趣旨を伝えるため、声を張る。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。

本日の議題は、次の交渉地・城固での『土地開発協定』についてです」


皆が頷き、続きを促す。


「次なる交渉領地は城固です。

曹英、城固について説明してください」


私が視線を送ると、曹英は静かに席を立った。

テーブル中央に青白いホログラムが浮かび上がり、城固城と周辺の地形が立体的に映し出される。


「城固は漢中盆地の東端に位置し、漢水の支流に守られた要衝です。

城郭は堅固で、南鄭同様に周囲には肥沃な田畑が広がり、民は農耕と交易で暮らしています。

しかし交通の便は限られ、物資の流通は長安や巴蜀に比べて遅れがちです。


この地を押さえることは、漢中東部の物流の安定をもたらし、発展の礎となるでしょう」


徐庶が手を上げ、問いかける。

「曹英様、漢中東部の物流の安定とは、長安とその先にある黄河周辺との交易の安定を指すのですね」


「はい、さすがは徐庶様」


曹英は微笑んで腰を下ろし、私に頷いた。


私は頷き返し、皆の方へ向き直って城主・張郃について意見を求めた。


「城主の張郃(ちょうこう)について、皆の意見を聞きたいと思います」


魯粛が手を挙げ、ゆっくりと立ち上がった。

「張郃は魏の名将であり、用兵に長け、冷静沈着な人物です。

戦場では柔軟に兵を動かし、劣勢でも退き際を誤らないことで知られています。

そのため交渉においても、感情に流されず、理と利を重んじるでしょう。」


徐庶が私を見て頷き、言葉を添える。

「張郃は曹操からも厚い信頼を受けていました。

城固の防衛を任されている以上、彼は民の安定と兵糧の確保を最優先に考えるはずです。

交渉では軍事的合理性を示し、民への利益を説くことが肝要でしょう。」


二人の話を聞き、女神恬香(しずか)が静かに立ち上がり、発言の許可を求めた。

彼女は秦の名将蒙恬(もうてん)が転生した女神である。

秦の時代には北方防衛に尽力し、兵を巧みに操った将であり、張郃もまた用兵に優れた武将であるため、軍事的視点では共鳴しやすいと考えられた。


私は頷き、発言を許可した。


「星愛様、ぜひこの交渉を私にお任せくださいませ。

徐庶様や魯粛様のお話を聞くに、信頼に足る将と感じます」


私が頷くと、恬香は両手を頭の前に組み、深々とお辞儀をしてから席に戻った。

刹那、彼女の背筋がピンと伸び、星蓮が耳打ちしている姿が見えた。


(あちゃあ、足を踏まれたのね。私の知っている女神様は人の子に様を付けないし、頭を下げることもない……きっとそのことで叱られているのかしら)


私は笑いを押し殺しながら恬香を見て頷き、皆から賛否を取った。


「私も恬香様と張郃殿は相性が良いと思います。

今回の交渉は恬香様に任せようと思います」


皆が静かに頷いたのを見て、私はまとめに入った。


「巴東府からの情報によれば、劉備の巴東城には続々と武器や兵糧が備蓄されているようです。

夢咲は蜀・魏双方と友好関係にありますが、誤解や衝突は起こり得ます。

小競り合いも増えているようなので、皆さん心して取り組んでください」


そう言い残し、私は会議を閉じた。


―――――


玄冥原から城固までは百二十キロの道程だ。

八月の陽を考え、日の出とともに出立したが、朝といえども日差しは肌に鋭く刺さる。

田畑には収穫を待つ稲穂が垂れ、風が緑の絨毯に波を描いていた。


「曹英、だいぶロックモービルの運転が上達したみたいね」

インカム越しに声をかけると、曹英の興奮した声が返ってきた。

「最高ね、神軍の衣を着ているから暑さもなく、風を切る爽快感……」


琴葉が割り込んできた。

「でも、この日差しはどうにかならないの?」

紗良も同調する。

「そうよね、日焼けがシミになったらどうするの……着いたら肌を冷やしたいわ」


私は少し驚いて皆に尋ねた。

「えっ、劉明から日焼けを防ぐ軟膏を貰わなかったの?」

皆が口を揃えて私を非難した。

「嘘でしょ、それって劉明の星愛(ティア)贔屓じゃない」


星馳に乗る孫尚香が話に割り込んできた。

「ほらほら、口論なんかしている場合じゃないわよ。

そろそろ見えてくるはずよ、城固城が」


尚香の言葉を聞き、前方を注視すると、田畑の中に城固城が陽炎に揺れて見えた。


城門に着くと、すぐに案内の兵が現れ、私たちは官衙(かんが)へと導かれた。

官衙前の広場では、汗を光らせながら大勢の人夫が兵糧を蔵へと運んでいる光景が目に入る。


「ろくちゃん、ここでも大量の兵糧を備蓄しているみたいね」

「そのようですね。劉備の方も巴東城に兵糧と兵を集めているのが衛星写真でもはっきり確認できます。

年内、遅くとも来年には劉備と曹操が漢中をめぐり大きな戦を起こすでしょう」


「その前に既成事実として、私たちは漢中の土地開発協定を結ばないといけないね」

「そうですね、漁夫の利をいただくお膳立てはしっかり整えましょう」


私とロクがそんな話をしていると、案内の馬が官衙の前で止まった。


―――――


私たちはすぐに会議室へ案内された。


会議室では張郃と、その左に兵站官(補給・物流の責任者)、右に城固令(民政の責任者)が座して待っていた。

私たちが入室すると三人は立ち上がり、両手を組み頭の高さまで掲げて礼をした。


星愛(ティア)様。お待ちしておりました」

私は一礼し、「私も張郃殿とお会いでき、大変光栄に思います」と答えた。


すると張郃は曹英に視線を移し、深く頭を下げた。

「曹英様はお元気そうで何よりです。天下三分の計はお見事でした」


曹英が鋭い目を向けると、張郃の表情が一瞬強張る。

「張郃!今日はそのような下世話な話をするために来たのではありません」

「し、失礼いたしました」

曹英はにっこり微笑み、「分かればよろしいのです」と言った。


再び表情を和らげた張郃が席を勧め、私たちも腰を下ろした。

席の並びは恬香(しずか)を中心に、右に私、左に星蓮が座る。


張郃は星蓮(伏皇后)に気付き、声をかけた。

「これは伏皇后様ではありませんか。お元気そうで何よりです」


星蓮は冷ややかな目を向け、張郃に応じた。

「今は星蓮と名を改めています。

それに、交渉人の恬香様を差し置いて、曹英様や私に声をかけるとは何事ですか」


その言葉に張郃は再び表情を硬くした。


張郃の様子を見て、恬香は袖で微笑を隠し、美しい瞳で彼を見つめて声をかけた。

「張郃様は秦の蒙恬(もうてん)を慕っていると伺い、お話しできるのを楽しみにしておりました。

ですが、今の張郃様のご様子を見て、蒙恬様はどのように思われるでしょうか」


蒙恬を誰より知っていると信じているのか、張郃は我を忘れたように目を細め、恬香を睨んだ。


「まるで恬香殿は蒙恬様をよく知っているような口ぶりだが、どの程度まで知っているのかな」

顎に手を当て、値踏みするような目を向ける張郃。


(あーあ、この人、尊敬する蒙恬本人に喧嘩を売っているわよ)


夢咲の席では笑いをこらえるように、皆が一斉に床を見た。

その様子を見た張郃に火がついた。


「では、蒙恬様の戦略の良さがどこにあるか答えてみよ」


恬香は諭すような目で張郃を見て答えた。

「私……いえ、蒙恬の戦略の素晴らしさなどと申されても、特別な秘策があるわけではありません」


張郃の表情がニヤリと一瞬笑い、恬香の続きに耳を傾けた。


「ただ一つ、兵を生かすことを第一に考え、補給と防衛を怠らぬことです。

兵糧が途絶えれば軍は動けず、城壁が脆ければ民は安らげません。

戦は勝つためだけにあるのではなく、民を守り、国を長く安定させるためにあるのです。

それを忘れずに戦略を立てること――それこそが私の……いえ、蒙恬の務めであり、戦略の要であったと考えます」


張郃は静かに頷き、考え込み、恬香の言葉を反芻した。

「戦は勝つためだけにあるのではなく、民を守り、国を長く安定させるためにある……ですか」


恬香は頷き、さらに話を紡いだ。

「匈奴を討伐した後、蒙恬はただ勝利に酔うのではなく、民の暮らしを守るために防衛線を築きました。

オルドスには郡県を設け、屯田を行い、民が安心して耕作できるようにし、兵站を確保しました。

さらに万里の長城を整え、侵略の恐怖から民を解放したのです。


戦の勝敗は一時のものですが、防衛と民政は国を長く安定させます。

張郃様も兵糧と補給を重んじておられると伺いました。

それこそ、蒙恬と張郃様の戦略が響き合うところでしょう」


澄んだ瞳で語りかける恬香に、張郃はすっかり心を奪われていた。

恬香はその様子を見て、畳みかけるように優しい口調で続ける。


「咸陽と北辺を結ぶ直道を築いたのは、匈奴を討伐するためだけではありません。

補給を迅速にし、民が安心して暮らせるようにするためでした。


張郃様もまた、袁紹に烏巣の兵糧防衛を進言されたと伺っています。

戦の勝敗は兵糧にかかっていると見抜かれた、その合理性は蒙恬の理念と響き合うものです。


戦は一時の勝利ではなく、補給と物流を守り、民を安定させることにこそ価値があります。

夢咲長巴道もまた、その理念を受け継ぐ道です。

この道が漢中を結び、未来の安定を築く大動脈となるでしょう」


張郃は恬香から、蒙恬の癖や好物といった細かな逸話まで聞き、すっかり陶酔していた。

最後には恬香を師と仰ぐまでになった。


「恬香様、蒙恬は趙高と李斯のことをどう思っていたのでしょう」

と最後に問われ、恬香は遠い過去を見るように答えた。


「趙高は、国を滅ぼす奸臣でした。

己の欲のために胡亥を操り、秦を混乱に導いた。

私……いえ蒙恬にとっては、冤罪によって命を奪った仇でもあります。


李斯は志高く、始皇帝を支え、国を整えた丞相でした。

ただ、最後は趙高に絡め取られ、その才を正しく使えぬまま散ったのです。

それでも彼の功績は大きく、私は今も惜しむ気持ちがあります」


張郃は話を聞き終えて首を傾げた。

「いや、私は李斯も憎き奸臣だと思うのですが……」


その言葉を聞き、斯音(しおん)は思わず声を上げた。

「うぬが!知った口を……」


刹那、星蓮が斯音の両隣に座る扶美(ふみ)亜亥(あい)に目配せをした。

二人はニコリと笑い、斯音の足を強く踏みつける。

「くっ!」と声を漏らし、斯音は苦悶の表情を浮かべた。


突然の様子に張郃は驚いたが、恬香は斯音のために言葉を添えた。


「張郃様、李斯は奸臣ではありません。

彼は始皇帝を支え、法と制度を整え、秦を一つにまとめた丞相でした。

確かに最後は趙高に絡め取られ、その才を正しく使えぬまま散りました。

しかし本心は国を思い、民を安定させることに尽くしていたのです。

奸臣と呼ぶには、あまりに惜しい人物なのです」


張郃は恬香の言葉に深く感銘を受け、大きく、何度も頷いた。


私は、このままではいつまでも蒙恬の話が続きそうだったので、張郃に声をかけた。


「張郃殿、今はいつ戦が起きてもおかしくない状況です。

まずは『城固土地開発の協定書』の検討をお願いします。

蒙恬の話は乱世が終わった後にでも、存分にしてはいかがでしょうか」


私の言葉に張郃は頷き、すぐに両隣の兵站官と城固令と話し合った。


「うむ、よくわかりました。

夢咲長巴道は戦には使えぬが、穀物の安定供給には大いに役立つ。

また、城固の土地開発と合わせれば、それが盤石なものになることも分かりました。

民のためにも必要と考え、今回の土地開発の協定を結ばせてもらいます」


こうして、城固の土地開発の協定が結ばれた。

残るは夏侯淵が守る定軍山だけとなった。


城固城を出立する時、張郃は城門まで見送りに来た。


「この時世、なかなか宴席を設けることはできぬが、平和な時が来たなら、再び夢咲の皆さまと古の歴史についてゆっくり語りたいものですな」


張郃の言葉を受け、私も大きく頷いた。


「夢咲は戦に手を貸すことはありませんが、民の生活の安定のためには力を惜しみません。

平和な時が来るように、お互いの方法で尽力いたしましょう」


そう告げて、私たちは城固城をあとにした。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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