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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第100話 戦の余韻


玄冥原の霊道に灯花を灯すと、英霊たちの気配が静かに揺れた。

その背後に、華蓮が音もなく立つ。


星愛(ティア)、今日はずいぶん疲れたでしょう?」

「いえ、華蓮様こそお疲れではありませんか」

「疲れる?ふふ、あなた本当にそう思っているの?」


(そうですよね……華蓮様は銀糸を仕込んで演出していただけただけですよね)


「心の声、駄々漏れなのよ。まあ、面白い人形劇になったから良しとしましょう」


「ところで、華蓮様は私の心だけを読んでいるような気がしますが……」

「あら、読みたくて読んでいるわけではありませんの」

「えっ、それはどういうことですか?」


華蓮の瞳が赤く光り、私を見つめる。

共鳴するように、私の瞳も赤く染まった。


「赤い瞳、珍しいでしょう?」

「そうですね、私が知っているのは私と華蓮様くらいです」

「そうね。でも、もう一人いるのよ」


華蓮が霊道の方へ視線を向ける。

その奥から、ゆっくりと二つの影が滲み出るように姿を現した。


華蓮がにっこり笑い、声をかける。

「遅いわね。戦も、趙高の断絶も、もう終わっているのよ」


左の女性が透き通る瞳で華蓮を見つめる。

「華蓮、相変わらず仕事が早いわね」

右の女性も同意するように笑った。

「ほんと、いつも華蓮に振り回されている気がする」


華蓮がニヤリと笑い、私に視線を移す。

星愛(ティア)が思っていることはほぼ正解ね。

エレシュキガルは三千五百年前、神をも恐れさせた女神だったの。

でもシュメール文明の衰退で信者を失い、今はペルセポネ様と共に冥界で働いているわ。

彼女の鋭い気配は、きっとその頃の名残ね」


「ハッハッハ」

陽気に笑い、頭を掻くエレシュキガル。


私は彼女の赤い瞳を見つめた。すると華蓮が察したように口を開く。

「詳しくは禁忌に触れるから言えないけれど、今思っている通りよ。

赤い瞳同士は心の奥まで通じ合えるの。

ただ、星愛(ティア)は人の子だから、私たちの心は見えないわ」


(えっ、それって、私だけ裸にされているようなものじゃないですか)


心の中でそう思うと、華蓮とエレシュキガルがニンマリ笑った。

ただ、ヘカテは何の反応も示さなかった。


(ヘカテが何も反応を示さないということは、華蓮の言葉は正しいのね)


私は腕を組み、三女神を見つめた。

そういえば、わざわざ二人の女神が何をしに来たのだろう……

「華蓮様、どうして冥界から二人も女神が来たのですか?」


問いかけると、華蓮の瞳に影が差し、指を鳴らした。

「ご覧なさい、これほど多くの魂が隠れていたのよ」


周囲を見渡すと、魂たちがホログラムのように形を取り、浮かび上がった。

女子供や年寄りが多く、赤子を抱いた親の姿もある。

服装はまちまちで、戦禍前の平和な時を過ごしていた頃の姿だった。


「華蓮様、この人々は……?」


華蓮は腕を組み、寂しげな表情で答えた。

「この魂たちは玄冥原の邪鬼を感じ取り、入れずに彷徨っていた魂よ。

彷徨える魂を幸せだった頃の姿に変え、冥界へ送ってあげているのです」


恐れられる冥界の神々が、こんなにも優しい心を持っている――

その思いに触れ、心が温まり、距離が少し縮まった気がした。


そんな三人の姿に言葉が見つからず、短い言葉しか出てこなかった。

「優しいところもあるんですね」


私の口から出たのは、聞き方によっては嫌味に聞こえる言葉だった。

けれど三人は旧知の友のように微笑み、「あたりまえでしょ」と口を揃えて答えた。


ヘカテが玄冥原に登ってくる魂を見て、不安げに言う。

「ねえ、少し数が少ないと思わない?」


エレシュキガルが胸の前で手を合わせ、赤い瞳を光らせて頷いた。

「うん、まだ山の周りには多くの霊が彷徨っている。

ヘカテ、私たちが案内しないと、いずれ禍の種になるかもしれないね」


ヘカテは優しい面持ちで頷いた。

「そうね。道案内に行かないと。次の転生で幸せになってもらわないと困るわ。

華蓮、私たち、迷っている魂の案内に行ってくるわね」


ヘカテが華蓮に微笑むと、華蓮は静かに応じた。

「今回の件は神の不祥事が招いたこと。

一人残らず冥界へ導き、幸せな転生を与えてくださいな」


「もちろん、そのつもりでここに来たのよ」

ヘカテが華蓮の瞳を見て頷き、エレシュキガルが言葉を続けた。

「まあ、私たちに任せておけば安心というものよ」


エレシュキガルとヘカテはそう言い残し、手を振ってこの場をあとにした。


入れ替わるように、紗良と琴葉、碧衣、孫尚香が手を振りながら姿を現した。

紗良は少し顔をこわばらせ、心配そうに声をかけてきた。

「私たち、星愛(ティア)を探していたの……少し心配しちゃった」


私は不安げな紗良に優しく微笑み、声をかけた。

「ごめんね。魂が迷わないように、霊道の入り口に灯花を並べていたの」


そう言って霊道の前に並べた灯花へ視線を移すと、皆もつられて灯花を見つめた。

霊道そのものは見えない。けれど、灯花を並べて作った道を魂が歩いていく姿を見れば、そこに霊道があることを感じ取ることができた。

灯火から溢れる蓮の香りが、傷つき疲れた魂たちを静かに癒していた。


紗良は霊道の前に立ち、魂を見つめながら呟いた。

「これほど多くの魂が冥界へ行かず残っていたなんて……」


言葉に詰まる紗良の横で、孫尚香が毅然とした声を響かせた。

「趙高は、断絶されて当然の邪神です……」


皆はしばらく、霊道に入り冥界へと向かう魂たちを静かに見送った。

灯火から漂う蓮の香りが、心を穏やかにしていく。


やがて華蓮が生門へ目を移す。

幕の下には臨時の寝床が並び、主を待つ身体が横たわっていた。

「さあ、もう一つの戦場整理……病床に横たわっている兵士たちに、魂を戻してあげるわよ」


華蓮が歩を進め、私たちは頷き合い、すぐにその後を追った。

死門だった場所を通り過ぎた時、過去にこの地で亡くなった屍が野に晒されているのが見えた。


「華蓮、待って。ここに灯花を……」

そう言いかけて、私は呼び止めるのをやめた。


(そうよね、こんな姿は誰にも見られたくない……

明日、皆で弔うのが良いわよね)


華蓮が振り向き、優しく微笑んで頷くと、再び歩き出した。

夜空には、魂の数だけ星が輝いていた。


臨時の病床では、小喬と周妃、劉明らが点滴を付け替えていた。


小喬が華蓮に気付き、こちらに視線を移す。

その安堵の気持ちが表情に現れ、処置の手を止めて華蓮に会釈した。

「華蓮様、お待ちしていました」

「来るのが遅くなってしまったわね。すぐに魂を帰すから安心しなさい」


そう言い終えると、華蓮の瞳が赤く光った。

そして私の視野も共鳴するかのように赤く染まった。


星愛(ティア)、あなたの瞳、華蓮様と同じように赤く光っている」

紗良が驚いたように私の顔を覗き込む。

「えっ、本当だ!」琴葉も驚いて私の瞳を見つめた。

「どうしたの、まるで華蓮様の瞳と共鳴しているみたい」

碧衣が少し心配そうに私を見た。


「えっ、みんなの身体が、地面も木々も、薄く透けていく!」

そう叫ぶ私の手を紗良が強く握った。

星愛(ティア)、大丈夫!?」

混乱の中、尚香が静かに言った。

星愛(ティア)、大丈夫。気をしっかり持って周りを見てごらん。あなたには見えるはずよ」


尚香の落ち着いた声に導かれ、私はゆっくり周りを見渡した。

華蓮を中心に赤い球体がゆっくりと広がっているのが分かった。


「えっ、私、浮いているの!?」

華蓮の赤く光る瞳が私を見つめる。

「神能を強く発動し過ぎたみたいですわね……

あなたの心の奥にあるものの一部が共鳴して、目覚めてしまったようです」


周りの景色が完全に半透明となり、身体が異空間に浮いている感覚に捕らわれた。

空気に赤い粒子が流れ、その中で赤い人影が泳いでいるのが見えた。


「えっ、ここ玄冥原じゃない!この空間は何?地面も、空もない。

それに、人が泳いでいる……どういうことなのかしら」


よく見ると、泳いでいる人々は病床で横たわり、魂を抜かれた者たちだった。

まるで赤色に染まった水の中を漂っているような感覚。

彼らは私の頭上や足元を自由に泳いでいた。


華蓮が静かに告げる。

「あなたの見ている世界は、私がいま展開した世界……

あなたの瞳と私の瞳が共鳴しているのよ」

「華蓮様の瞳と共鳴ですか」

「赤い瞳を持つ者同士の神能――いえ、能力の一つ。

目覚めさせてしまったみたいね……」


私は戸惑いを隠せず、少し震える声で華蓮に尋ねた。


「それって、どういう能力なのですか?」

「簡単よ。あなたは私やエレシュキガルの瞳を思うだけで、相手が見ている世界を覗ける。

でも、あなたは女神ではないから、有効なのは地上界だけ……

そして、琴葉蜘蛛の視界も手に入れたことになるわ」


その言葉に、琴葉が驚いた。

「えっ、私の八百の目の視界が、星愛(ティア)にも見えるということなの?」

華蓮は静かに頷き、話を続けた。

「琴葉蜘蛛の瞳は赤いのよ……どうしてかしらね」

華蓮は含み笑いを浮かべ、私の瞳を見つめた。


「さて、彷徨える魂をみな包み込んだみたいね」


華蓮はそう言い、指を鳴らすと、赤い空間が一気に収束し、元の玄冥原の景色に戻った。


「意識が戻ったわ」

小喬の安堵の声が耳に入る。


「ここは……?」「たしか、冥迷邪鬼と……」

臨時の病床のあちこちから、記憶を辿る呟きが聞こえ、それが次第に歓喜の声へと変わっていった。


私は今回の戦で知った灯りや赤い瞳のことが気になり、周りの歓喜の声は耳に入ってこなかった。


そんな私の気持ちを察したのか、華蓮が私の横に立ち、囁くように話をはじめる。

「実はね、冥迷邪鬼に抜かれた魂は、あなたの作った結界の中で保護されていたの」

私は驚き、華蓮に尋ねた。

「私の灯に、そんな力があるのですか?」


「私の銀糸の助力はあったけれどね。

あなたの灯には、それだけの力があるのよ」


私は竈の灯を静かに見つめ、華蓮の言葉に困惑した表情を浮かべた。


「今は理解しなくてもいいわ。

この結界は、私の助力があって初めて成立するものだから……

私がいなければ意味のないこと」


そして、もう一つの疑問――赤い瞳の視野共有について聞いてみた。


「華蓮様、赤い瞳の能力って、普段でも使うことができるのですか?」

華蓮はニヤリと笑い、私の質問に答える。

「目を閉じて、エレシュキガルの瞳をイメージしなさい」


言われるまま、私は目を閉じてエレシュキガルの瞳を思い描いた。

すると、ヘカテと手を繋ぎ、後方に光の粒子でできた絨毯を引きながら飛んでいた。

その尾に触れた魂は、冥界へと導かれているのが感じ取れた。


華蓮が私の耳元で囁いた。

「これでお分かりかしら……」


瞳の件にせよ、心を読まれる件にせよ、不思議な気持ちを抱きながらも、黙って頷くことしかできなかった。

華蓮の言葉を思い巡らせ立ち尽くしていると、紗良や琴葉、碧衣が抱きつき、いつの間にか私の周りには人の輪ができていた。


周りを見ると、そこには龐統、徐庶、孫瑜の軍師たちが頷き笑っていた。

小喬、周妃、周循の周親子は目を潤ませ、微笑みを私に向けていた。

浮島夢咲から来た劉明は頬を朱に染め、誇らしげに私を見つめていた。

華蓮、孫尚香は静かにその輪を見守っていた。


(ああ、終わったのだな)


私の瞳は笑顔と共に、一筋の涙が雫となって落ちていくのを感じた。


けれど、これで終わりではない。

これから長巴道は、劉備と曹操がしのぎを削る漢中へと続いていくのだ。


ただ、今夜だけはこの余韻に包まれていたいと思った。


―――――


私と紗良、碧衣、琴葉はリニアモノレールの橋梁の上に座り、星を眺めながら語り合っていた。


「ねえ、私が趙高の下に穴をあけたでしょ」

碧衣が話しかけてきて、私が頷くと意外なことを言った。

「実はね、地中を探っている時に温泉脈を見つけたのよ」


私はこの玄冥原の台地をどうするか考えていたので、すぐに碧衣の話に飛びついた。

「いいわね。私、この地をどうしようかと悩んでいたの……

ここに戦禍に殉じた人々を祀る慰霊の神殿を建てたいと思っていたんだ」


私が言うと、紗良が頷いた。

「私も賛成するわ。戦で散った人々の想いを忘れてはいけないもの」


碧衣も真剣な瞳で私たちを見て言った。

「私も賛成するわ。過去を慰め、未来に平和を繋げる役目があると思う」


琴葉が明るい表情で、私が言おうとしたことを提案した。

「玄冥原に神殿と温泉保養地を作るのはどう?」


私は琴葉を見て頷き、続きを話す。

「鎮魂と再生――魂と人間双方の休息の場とするの」


そんな話をしながら、平和な静けさを取り戻した玄冥原の夜は更けていき、

静かに明日の夜明けを待っていた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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