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生き延びる方法

 

 私たちが死ぬ確率を、低下させる方法がある。

 そんなラビの言葉に、私は確かな希望の光を見る。


「それってつまり……私たちが全員生き残る方法が、ちゃんとあるってこと?」


「確実とまでは言えませんが、そう思っていただければと」


「具体的には、どうすればいいの?」


 私たち四人が、全員助かるかもしれない。

 その可能性が少しでもあるのなら、私はそれに縋りたい。


「前にも言いましたが、人間は大切なパートナーを得て守るべき存在ができると、生存本能が高まります。ハルカと悠生は、すでにその条件を満たしています」


 大切なパートナー。

 ハルカちゃんと向田くんは、みなとまつりの日にお互いの気持ちを伝え合って、晴れて恋人になった。


「……それって、もしかして」


 あることに思い当たって、私はごくりと唾を飲み込む。


「真央と彼方が(つが)いとなれば、死の確率は著しく低下します。ですから、あなたがた全員が生き延びる方法は、あなたが彼方に愛の告白をすることです」


「……えっ……えええぇぇ———っ!?」


 家中に響き渡る大声で、私は叫んだ。

 部屋の外からは「真央、うるさいわよ!」とお母さんの怒号が飛んでくる。


「ちょ……。いやいやいやいや。私が、遠野くんに告白……? できるわけないでしょ、そんなの」


「生き残る確率を高めるには、それが最も有効な手段だと思われます」


「そんな機械的な理由で告白なんてできるわけないでしょ! 私の恋心を何だと思ってんの!? ……それに遠野くんだって、他に好きな人がいるかもしれないのに……」


 きっとラビにはこの気持ちは理解できないのだろう。

 私はただ、遠野くんの隣にいられるだけでいい。

 告白なんてしたら、私はもう彼と一緒に下校したり、空手の練習を見に行くことも叶わなくなってしまうかもしれないのに。


「しかし計算上では、あなたが告白することで彼方と番いになれる可能性は九十パーセントを超えています。これは驚異的な数値ですので、よほどのことがない限り失敗することはないかと」


「きゅっ……!?」


 九十パーセント。確かに驚異的な数値だ。

 一体どんな計算方法でその数値を導き出しているのかはわからないけれど。


「な、なんで、そんなに数値が高いの? だって遠野くんと私は、つい二週間前に初めて会話したぐらいなのに」


「理由はわかりません。我々は、人間の感情には疎いので」


 しれっと、こういうときだけ急に無知の顔をするラビはずるいと思う。

 ラビはすでに感情を失ってしまったと言っていたけれど、本当にそうなのだろうか。私には、ラビにもどこか感情が残っているような気がして仕方がないのだけれど。


「とにかく明日、あなたがたが全員生き延びるにはその方法が最も有効です。……私に言えることは、ここまでです。出過ぎた真似をしました。これにて私は、観測者として御役御免となります」


「え?」


 どういうこと? と私が聞き返すと、ラビはどこか改まったように、ほんの少しだけ声のトーンを和らげて言った。


「私はこの惑星の、観測者としての一スタッフでしかありません。今こうして、あなたに実験の大事な情報を漏らしてしまったことで、おそらくはこの立場から外されることになるでしょう。ですから、あなたとはここでお別れです」


 大事な情報。

 確かに、実験の内情をここまで詳しく、あろうことか被験者に対して話してしまったことは問題になる気がする。


「ど、どうして。そうなることがわかっていて、どうして私に話してくれたの?」


「さあ、どうしてでしょうね。あなたに何を聞かれたところで、しらばっくれていれば良かったものを。……私のとった行動は、とても非効率的だと思います。私にとっては何の生産性もありません。ですが、あなたがた四人を観察しているうちに、この中の誰か一人を失ってしまうのは、とても惜しいことだと考えるようになりました。あなたがたの言葉で言えば、おそらく『情が移った』とでもいうのでしょうね」


 私たちが死ぬのを、惜しいと思ってくれた。

 それは、感情というものがなければ生まれない考え方だと私は思った。


「さようなら、真央。私は最後まで見届けることはできませんが、明日は全員が生き残れるよう、幸運を祈っています」


「ラビ……!」


 直後。

 画面は急に暗くなって、何も見えなくなってしまった。どうやらスマホの電源自体が落ちているらしい。


 私はすかさず電源を入れ直して、ホーム画面に並んでいるウサギのアイコンをタップした。

 すると、画面には先ほどと同じウサギのキャラクターが表示される。


「ラビ!」


 私がその名を呼ぶと、見慣れたそのキャラクターは可愛らしい顔をしながら、まるで少年のような声で明るく応答した。


「やっほー真央! あれ、どうしたの? なんで泣いてるの? 何か悲しいことがあったの?」


 その声はすでに、さっきまでのラビとは違っていた。

 私たちを観測し、情が移ったと言ってくれたあの人はおそらく、もうここにはいなかった。


 最後の最後に、私に大事な情報を渡してくれたラビ。

 あれは、私たち四人に対する、不器用な優しさ、だったのかな。


「……ありがとう、ラビ」


 明日、私がやるべきことは決まった。

 七月十七日。運命の日に、私は遠野くんに告白する。


 みんなと一緒に生きていくために。

 そして、これからもずっと、遠野くんのそばにいられるように。

 

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