表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏の観測者たち  作者: 紫音みけ
第1章
5/67

素直な気持ち

 

 そんな彼の言葉は、彼のイメージに反して、繊細な優しさが滲んでいた。

 意外に思って、私は再び顔を上げる。そうすると、お互いの視線がまっすぐにぶつかって、彼の真剣な瞳から目が離せなくなる。


「一ノ瀬はさ」


 と、彼が私の苗字を口にして、私はちょっとだけびっくりした。

 正直、名前は覚えられてないと思っていた。同じクラスとはいえ、今までお互いに話したことは一度もなかったし、何より、彼はクラスメイトの誰にも興味を持っていないように見えたから。


「一ノ瀬は、いつもブレーキかけてるよな。学校でも。何か言いたそうなときでも、我慢してるっていうか」


 図星、と同時に、そんなところまで見抜かれていたことに驚く。

 他の人に言わせれば、私はただ何も考えずにボーッとしているだけだと思われているのに。


「頭の中では、色々考えてるんだろ? でも結局は何も言わない。そういうの見てるとさ、じれったくなるんだよ。俺は何でもすぐ言うタイプだし……。俺からすれば、なんで素直に言いたいこと言わないんだって、もっとハッキリ気持ちを伝えればいいだろって、もどかしくなるんだ」


 彼からそんな風に思われていただなんて、今まで考えもしなかった。

 そもそも私のことなんて眼中にないと思っていた。私は影が薄いタイプだし、その場に居ても居なくても変わらないような人間だから。


 けれど思い返してみれば、遠野くんは周りをよく見ている節が確かにあった。

 以前、体育の授業中にクラスメイトが熱中症になりかけていたとき、その兆候に気づいたのは彼だった。それに別の日には、先生が探し物をしていたとき、先生の性格からおおよその場所の見当をつけて見つけ出したのも彼だった。


 普段は誰ともつるもうとせず、どことなく近寄りがたい雰囲気を持った一匹狼なのに。その観察眼は優れていて、私みたいな目立たない人間のことも何でもお見通しだったりする。


 なんだか不思議な人。

 掘れば掘るほど新しい顔が見えてきそうな気がして、彼のことをもっと知りたいと思ってしまう。


「遠野くんって……」


 面白いね、と言いかけて、ハッと口を噤む。


 いけない。一体何を言い出すんだろう、私は。

 軽率にそんなことを言って、彼の機嫌を損ねたりでもしたら。


「俺が、何だって?」


「あ、ううん。何でもないの」


「は? 何でもないわけないだろ。何か言いかけてただろ、今」


「本当に何でもなくて」


 慌ててはぐらかそうとする私を、彼は怪訝な目で見つめてくる。


「また何か我慢しようとしてるだろ。そういうのやめた方がいいぞって、いま話したばっかだよな? なんですぐそうやって、自分の気持ちを隠そうとするんだよ」


 自分の気持ちを隠したい、わけじゃない。

 ただ、私はお兄ちゃんと違って要領が悪くて、説明も下手だから。不用意に口を開けば相手をイライラさせてしまうから、できるだけ黙っていた方がいいのだ。


 けれど遠野くんは、


「口に出さなきゃわかんないだろ。自分が本当はどうしたいのか、ちゃんと言え。言葉を考えるのに時間がかかるなら、いくらでも待ってやるから」


 そんな予想もしていなかった彼の言葉に、私の心臓が跳ねる。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ