素直な気持ち
そんな彼の言葉は、彼のイメージに反して、繊細な優しさが滲んでいた。
意外に思って、私は再び顔を上げる。そうすると、お互いの視線がまっすぐにぶつかって、彼の真剣な瞳から目が離せなくなる。
「一ノ瀬はさ」
と、彼が私の苗字を口にして、私はちょっとだけびっくりした。
正直、名前は覚えられてないと思っていた。同じクラスとはいえ、今までお互いに話したことは一度もなかったし、何より、彼はクラスメイトの誰にも興味を持っていないように見えたから。
「一ノ瀬は、いつもブレーキかけてるよな。学校でも。何か言いたそうなときでも、我慢してるっていうか」
図星、と同時に、そんなところまで見抜かれていたことに驚く。
他の人に言わせれば、私はただ何も考えずにボーッとしているだけだと思われているのに。
「頭の中では、色々考えてるんだろ? でも結局は何も言わない。そういうの見てるとさ、じれったくなるんだよ。俺は何でもすぐ言うタイプだし……。俺からすれば、なんで素直に言いたいこと言わないんだって、もっとハッキリ気持ちを伝えればいいだろって、もどかしくなるんだ」
彼からそんな風に思われていただなんて、今まで考えもしなかった。
そもそも私のことなんて眼中にないと思っていた。私は影が薄いタイプだし、その場に居ても居なくても変わらないような人間だから。
けれど思い返してみれば、遠野くんは周りをよく見ている節が確かにあった。
以前、体育の授業中にクラスメイトが熱中症になりかけていたとき、その兆候に気づいたのは彼だった。それに別の日には、先生が探し物をしていたとき、先生の性格からおおよその場所の見当をつけて見つけ出したのも彼だった。
普段は誰ともつるもうとせず、どことなく近寄りがたい雰囲気を持った一匹狼なのに。その観察眼は優れていて、私みたいな目立たない人間のことも何でもお見通しだったりする。
なんだか不思議な人。
掘れば掘るほど新しい顔が見えてきそうな気がして、彼のことをもっと知りたいと思ってしまう。
「遠野くんって……」
面白いね、と言いかけて、ハッと口を噤む。
いけない。一体何を言い出すんだろう、私は。
軽率にそんなことを言って、彼の機嫌を損ねたりでもしたら。
「俺が、何だって?」
「あ、ううん。何でもないの」
「は? 何でもないわけないだろ。何か言いかけてただろ、今」
「本当に何でもなくて」
慌ててはぐらかそうとする私を、彼は怪訝な目で見つめてくる。
「また何か我慢しようとしてるだろ。そういうのやめた方がいいぞって、いま話したばっかだよな? なんですぐそうやって、自分の気持ちを隠そうとするんだよ」
自分の気持ちを隠したい、わけじゃない。
ただ、私はお兄ちゃんと違って要領が悪くて、説明も下手だから。不用意に口を開けば相手をイライラさせてしまうから、できるだけ黙っていた方がいいのだ。
けれど遠野くんは、
「口に出さなきゃわかんないだろ。自分が本当はどうしたいのか、ちゃんと言え。言葉を考えるのに時間がかかるなら、いくらでも待ってやるから」
そんな予想もしていなかった彼の言葉に、私の心臓が跳ねる。