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在りたい自分

 

「いやいや、わかるけどさ。さすがにこの状況でそんなこと言うか? 女の子に厳しい奴はモテないぞ、遠野」


「女に良い顔してるだけだと、話は進まないぞ。それに向田、お前もこの状況を楽しんでないでもっと真面目に向き合え。事故の日付まで二週間弱しかないんだ。その日までに俺たちがどうするのか、しっかり話し合わなきゃいけない」


 まるで子どもに言い聞かせるかのような遠野くんの言葉に、向田くんはあからさまに機嫌を損ねる。


「じゃーオレも言わせてもらうけど。お前こそ人のことを言えるのか? いつもクラスで浮いてんの、自覚あるだろ? ハッキリ言って協調性がないんだよお前」


「クラスで浮いてるからって何だ? 今はそんなこと関係ないだろ? 話を逸らすな。俺たちは今、この不可解な現象について話し合ってるんだから」


「いーや。関係なくなんかないね。お前みたいに協調性のない奴がいたら文字通り話にならない」


 どんどん険悪になっていく二人の様子を、私はヒヤヒヤしながら見守ることしかできない。

 こういう時に気の利いた一言でも発信できれば、この場の空気を変えられるかもしれないのに。


 隣のハルカちゃんを見ると、彼女は我関せずといった様子で海の方を眺めている。普段の彼女なら、この場を和ませることなんて簡単なはずなのに。


 こうやって話が進まないまま、お昼休みも終わっちゃうのかな——と途方に暮れていると、不意に遠野くんが口にした言葉に、私の意識は一気に引き寄せられる。


「俺は、『在りたい自分』で在ろうとしてるだけだ。価値観の合わない奴と馴れ合うつもりはないし、自分の考えを曲げてまで他人に合わせる必要もないと思ってる。ただ今は、この現象について真剣に話し合うべきだと俺は思ってる。だからここにいるんだ」


 在りたい自分。

 初めて聞いた言葉だった。


 なりたい自分、とは、ちょっと違うのかな。


「は? 何だよそれ」


 向田くんは鼻で笑ったけれど、遠野くんは特に気にしていない様子で話を戻す。


「二週間後の俺たちがどうなってるのか、今のところは何もわからない。あの事故が本当に起こるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。予知夢とか集団幻覚とかタイムリープとか、何が原因でこうなってるのかもわからない。でもいずれにせよ、俺たちが目指すところは決まってる。『誰も死なない』っていうのが最善の結果のはずだ」


 誰も死なない。

 遠野くんの言う通りだった。


 あの事故が起こっても、あるいは起こらなくても。最終的に、全員が生き残る道があるなら、私もそれを目指したい。


 けれどそんな理想に、向田くんは異議を唱える。


「でもさ、もしもの話だぞ。オレたちがどうあがいたところで、二週間後にこの中の誰か一人が必ず死ぬって言われたらどうする? たとえあの事故が起こらなくても、駅前に近づかなくても、七月十七日のあの時間に、誰か一人が絶対に死ななきゃいけない運命だとしたら、どうするんだ?」


 この四人の中で、誰か一人が死ぬ。

 考えたくもないことだった。

 けれど、この現象の謎が解けない限り、その可能性も捨てることはできない。


「正直さ、遠野。オレはお前が死んでも何とも思わないぞ。ハルカが生きてて、真央ちゃんも無事でさ。オレ自身もまだ死にたくはないし。もし誰か一人が絶対に死ななきゃいけなくて、この中から選べって言われたら、オレは間違いなく遠野を選ぶぞ」


 向田くんの口にしたそれは、とても残酷だった。

 どこまで本気なのかはわからない。けれどそんな冷たい言葉を、遠野くんは顔色一つ変えずに受け止める。


「確かに、今のままだとその可能性も捨てきれないよな。残り二週間で、俺たちがどうするのかをちゃんと考えなきゃいけない」


「その点、お前はいいよな遠野。お前はこの中で誰が死んでも、何とも思わないんだろ? 逆にもしお前自身が死んだとしても、クラスの奴らは何とも思わないだろうしな」


 ズキ、と胸が痛んだ。


 何とも思わない、なんて、そんなことがあるだろうか。


 確かに私が死んでも、遠野くんは何とも思わないかもしれない。けれど、


(私は……遠野くんには生きててほしい……な)

 

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