事故当時の状況
「授業中は静かに」
先生がそう注意して、教室の中は再び落ち着きを取り戻す。
ハルカちゃんはそそくさと自分の席に着いたけれど、この時間は欠席扱いで、書類上では午後から登校したことになった。
やがてチャイムが鳴り、昼休みが始まる。
私たち四人は自然と集まって、一緒に屋上まで向かうことになった。
◯
地上四階建ての校舎の屋上まで来てみると、北の方角には六甲山、南の方角には瀬戸内海が見える。海の上には真っ白な入道雲が立ち昇り、さらに頭上からは容赦ない太陽の熱が照りつける。
「あっつ……。で、一体何がどうなってんの? タイムリープとかパラレルワールドとか、本当にそんなおかしな現象がリアルに起こってんの?」
ハルカちゃんは疑わしげな顔でそう言って、イチゴジュースのパックをストローで吸う。くっきりとアイラインの引かれた目は、私の方を一切見ようとしない。やっぱりまだ怒っているのだろうか。
やがて彼女の問いに答えたのは遠野くんだった。
「正直、いま何が起こっているのかハッキリとしたことはわからない。ただ確かなのは、今日が七月四日で、事故の記憶は約二週間後の七月十七日ってことだけだ」
今日が七月四日であるという事実は、周りのクラスメイトたちの反応や授業のスケジュールから見ても間違いなかった。授業の内容も、私たちにとっては一度習ったところをもう一度なぞる形になっている。
そして事故の記憶も、私たち四人の間では七月十七日に発生したという認識で合致している。
七月十七日の夜、午後七時半頃。JR神戸駅付近で、トラックが歩道に突っ込む事故が起きた。負傷者は三人で、そのうち二人が軽傷。一人は意識不明の重体で、事故から約四時間後に死亡する。
「あたしは悠生が事故に遭う瞬間を見たけど……。悠生は、あたしが撥ねられたところを見たんだよね?」
「ああ。昨日の放課後、オレとハルカは部活が終わってから一緒にハーバーの方まで遊びに行ったんだ。その帰りにトラックに撥ねられた。……そういや、遠野と真央ちゃんはなんでその時間にあそこにいたんだ? 二人とも、家はそっち方面じゃないだろ?」
聞かれて、私は返答に詰まった。
ハーバーランドに行ったのは、ハルカちゃんとケンカして落ち込んでいたから。そして門限ギリギリまであの場所に滞在していたのは、ナンパに遭ったところを遠野くんに助けてもらって、そこから悩みをたくさん聞いてもらったから——なんて、どうにも情けない理由ばかりである。
答えるのも恥ずかしくて、つい口篭ったまま隣の遠野くんの顔を窺う。すると、彼もまた何か言いにくそうに、珍しく視線を泳がせていた。
そういえば、遠野くんはどうしてあの時間に一人であそこにいたのだろう。
私も人のことは言えないけれど、彼があの場所を訪れていた理由は純粋に気になる。
「俺は、……ちょっと、人と会う約束があったんだ。待ち合わせは八時だったけど、早めに来てブラブラしてた」
そう言ったときの彼は、どことなく落ち着かない様子だった。何か、それ以上は触れてほしくないとでもいうような雰囲気があって、私は余計に気になってしまう。
「二人は一緒にいたわけじゃなかったのか?」
「ああ。もともと別々だった。途中でたまたま顔を合わせたから、少しだけ話したけど」
「なら、お互いの事故の瞬間は見てなかったってことか」
「そうだな。俺はハーバーの店で飯食ってる時に、事故のニュースをスマホで確認した。一ノ瀬も、事故のことは家のテレビで気づいたって」
事故の直前まで、私たち二人は港の前のオープンテラスにいた。あのとき、会話を切り上げるタイミングによって、私たちの命運は分かれたのだと思う。