自分の気持ち
——お前は人と話すのが本当に下手だな。
幼い頃から、お兄ちゃんがよく言っていた。
私は人と会話をする能力がとても低いのだと。
昔から要領が悪くて、自分の意見をうまく伝えることができなくて。そのせいで無駄に話が長くなってしまって、聞き手の人を疲れさせてしまう。
私が不用意に口を開くと、会話のテンポが悪くなったり、相手を嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないから——だからできるだけ、私は自分から人に話しかけないようにしていた。
何か言いたいことがあっても、ぐっと我慢する。相手に何を言われても、できるだけ反論しない。受け流して、自分の気持ちも無視して、その場の会話の流れを静観することに務める。
——真央はだめな子ね。お兄ちゃんはこんなにしっかりしてるのに。
頭の回転が速くて、常に人の輪の中心にいるようなお兄ちゃんのことを、お母さんはいつも褒めていた。
それに比べて私ときたら。まるで同じ両親から生まれた人間とは思えないほど、私は何もできないダメな子だった。
せめて目の前にいる人を不快にさせないようにと、自分の意見を押し殺す。
学校でも、相手の話はいくらでも聞くけれど、自分の話はできるだけしないようにする。
そんなことを続けているうちに、段々と自分の気持ちがわからなくなっていった。
急に誰かに意見を求められても、私には答えられない。
こういうのって、『自分がない』って言うのかな。
周りに何の影響も与えることができない私は、その場に居ても居なくても同じ。
お母さんだって、いつもお兄ちゃんのことばかり期待している。
誰にも必要とされていない私。
そんな私がここに存在する意味って、あるのかな。
◯
「悠生———っ!!」
お昼休憩を目前に控えた、四時間目の途中。それまで静かだった教室に、廊下の方から絶叫が届いた。
教壇に立つ先生はもちろん、クラスメイトたちも一斉に顔を上げる。視線の先からは、一人の女子生徒が走ってきていた。
見慣れた制服姿に、くっきりアイラインのメイク。ダークブラウンに染めた長い髪は、低めのツインテールにしている。
全身がほんのりと日焼けしたその子は、私の友達である天江ハルカちゃんだった。
今朝は休みだと言っていたはずの彼女だけれど、体調不良の理由が昨日の事故の記憶によるショックだったので、向田くんが無事とわかるや否や、彼女は大急ぎで支度をしてここまで来たのだった。
「おお、ハルカ! オレはここだぞー!」
教室の真ん中で、向田くんが嬉しそうに手を振って応える。周りのクラスメイトたちは何だ何だとざわめき始めるけれど、向田くんはどこか満足そうな顔をして、あえて何も言わなかった。
扉近くの席に座る遠野くんの方を見てみると、彼は特に動じた様子もなく、冷静に授業のノートを取っている。
そして私は、今朝から心がずっと落ち着かなくて、授業中も気を紛らわせるためにノートに落書きばかりしていた。困惑した表情を浮かべるウサギのキャラクターが、あちこちに散らばっている。