file.01『依頼』
「――ヤな夢」
横から入る朝日に目をすぼませ、俺こと赤城大河は目を覚ます。
「寝覚め最悪かよ。……やっぱ、徹夜はやめた方が良いのかなぁ」
ここは第六ビル、というらしい。俺がここ最近から住み始めた場所で、まぁ言ってしまえばボロアパートだ。
「前のトコよりは日当たり良いし、好きなんだけどな……っと」
気が付き、真横の気配に目を向ける。
そこにはベルが居た。
真白なワンピースを身にまとい、なんというか天使が実在すればこんな感じなんだろうなと言う見た目をして、俺の横で眠っている。
「まぁ、本当に天使なんだけど。……おはよ、ベル」
応答はしない。当たり前だ、もう……死んでいるようなものだから。
ある日を境として、ベルは一切目を覚まさなくなった。
一応、呼吸とか拍動とかは続いているので、植物状態のようなモノなのだろうか?
よく分からないが、とりあえず俺とベルは今でも一緒に住んで、こうして共に眠っている。
……コイビトなんだから、当たり前だろ?
「さて、それじゃあ朝飯でも食いに行くかぁ」
伸びるあくびを吐き出し、俺はベッドから抜け出す。この時、ベルに布団を掛け直すのを忘れたことは無い。
「じゃ、今日も一日頑張るか、ベル」
そして俺は、簡易な部屋着を着ることにした。
******
俺の住む第六ビルは、ちょっと変わった構造をしており、一階から外に出るためにはカフェを経由しないといけないという、なんとも利便性に欠ける構造なのだ。
……まぁ、ここ住んでるの俺くらいだし、カフェはこのビルの大家をやっている知り合いの店だから、特に問題は無いんだけど。
「おはようございまーす。朝桐さん、紅茶とモーニング」
そして俺は、いつものようにカウンターの向こうにいる女性――大家にして俺の飼い主、朝桐杏子に話しかける。
「あ、大河。おはよー、だね」
この人が朝桐杏子。基本的にはおっとりした美人さんで、人当たりがめちゃくちゃいい。
「いただきまーす」
余談だが、この人の作るフレンチトーストは絶品である。
「いただかれまーす……っと。大河、ちょっといいかな」
「ん? なんですか」
トーストを口に付けた直後、ふとそんな言葉が吐いて出る。
「いやね、今日お客さんが来るんだけど……大河、大丈夫かなーって思ってさ」
「何がですか」
「まぁ、大丈夫なら良いんだけど。なんならもういるし」
意味が分からず、ふと見まわすと――やはり誰もいない。
「お客さんって、後で来るんじゃないんですか?」
「――いや。それが、もうキミの目の前にいるんだな」
気が付くと、俺の目の前にあるカウンターに、一人の女性が四つん這いのような形で登っていた。
「な……ッ!?」
思わず驚き、とっさに空中に『置いておいた』バットを手に取ってしまう。
「はは、間抜けめ。six logicの名は伊達と言った所、カナ?」
「……一華さ、そういう奇襲で勝った気になるのどうかと思うけど」
「にはは……相変わらず手厳しいね、朝桐サンは」
どぱっと、俺の頭上を通り過ぎながら店内をジャンピングしている謎の女性。
「彼女がお客さん……というか、狗嶋一華って名前だね」
「やぁやぁ! ニュートラル軍特務長官、狗嶋ちゃんだよー!」
……唐突な自己紹介に驚きつつ、ニュートラル軍について解説しておこう。
といっても簡単で、単に『地球所属の国際的軍事組織』という名目で作られた軍組織だ。
その特徴は『全人類、および地球生命に所属する軍隊』として組織されており、要は各国ごとの国軍ではなく、連合的な国際軍として組織された軍であるという点だ。
特務長官……というと、組織でもかなりの地位にあると思われる。実態は詳しくないから、分かんないけど。
「いやぁー。朝桐サンも隅に置けないねぇ! こんなイイ男、家に連れ込んでるなんて、どんな風に口説いたのよ」
「その話は追々と……具体的には三部構成で話さないといけないからね。ってか、知ってるでしょ? 一華も一枚噛んでた話だったし」
「にはは……そうだっけ?」
この人がお客さんか……朝桐さんの知り合いってことは、多分”こっち側”の人間だと思うけど。
……つーか思いっきりsix logic言うてたし。確定で間違いないだろう。
「てかてかー。君って、コイビトいるの?」
割とぶっこんだ事聞いてきた!?
「いきなりですね……居ますよ、普通に」
ベル・インタースティール。
地上に降りて来た”ホンモノの天使”……というか、俺の大切な人だ。
「そっかー。いやぁ、可愛い子だからもしかして……? って思ってさ。忘れてよ、こんなご時世だし」
なんというか、ノリと勢いで生きてる人だなぁと、思った。
******
「それで、一華。依頼ってなんなの?」
「お、それ聞いちゃうか」
無駄話の多い彼女の話を、なんとか朝桐さんは本題に戻すことに成功した。
「いやぁ、依頼って言っても簡単だよ? ……知り合いの女の子を、そこの赤城大河クンに守ってほしいワケ。要するに用心棒って所カナ?」
「……はい?」
まさかの依頼内容に、目を丸くする。
「その子さ、命狙われてんのよ。私かわいい子好きだからさ、護ってあげたくてね。でもほら、私って偉い人じゃん? だから、表立ってこう……守ってやるー! ってカッコいいこと言えなくてね……そこで君なわけだよ。……頼まれてくれるよね?」
「はぁ……」
事情は大体わかった。恐らく、その女の子とやらも恐らくこっち側……つまり常識外に類する存在だろう。
常識外。
かつての日本では『妖怪』だなんて呼ばれていた存在で、現代では『実在するオカルト』を指す言葉として裏社会で使われている。
科学文明から反逆したような在り方を持ち、観測の外に位置する者たちは、近年になって増加傾向にある。
多くは無害だが、一部は有害にも程があるので、常識外を殺そうとする輩が居るのも納得だ。
……現に、俺も一度、命を狙われたことがある。
「つまり、常識外の女の子を守ってくれ、と」
「疑惑だよ、まだね。……まー、後は本人に会うほかないって感じかな。ホントなら朝桐を通して頼みたかったんだけどさ、せっかく本人に会えたし、直接頼まれてくれよ。……あ、報酬はたんまりとあるからね。にはは」
なるほどね……簡単に言えば、お仕事開始って訳だ。
「分かった。その女の子とやらを教えてくれないか。名前も場所も知らなけりゃ、護りようがない」
そう言うと、一華は『待っていた』とでもいう様に笑った顔をしていた。
「――少女の名は、嘶真凛。神に魅入られた精神同位体、といった所かな」




