七度目の禁婚令(二)
「そんな遠いところから、わざわざこんな西の果てまでお越しになられたのですか?」
瑞英が暮らしている村は、帝都からはだいぶ離れている。
それに詠心の噂を聞いて、多くの人が毎日訪ねてくるが、男性の客は珍しかった。
縁談の話となると、年頃の娘がいる母親やその娘本人という場合が多く、圧倒的に女性が多い。
宮廷からというのだから尚の事。
(こんな色、初めてだわ)
瑞英は幼い頃に巫女としての力が目覚め、人それぞれ持っている独自の魂の色が見える。
詠心から聞いた話によれば、人相とその魂の色で性格や地位などある程度読み取ることができるのだそうだ。
青や赤、緑、黄色など様々だが、この男は瑞英が今まで見たことのない色をしているように見えた。
その為、この男がどんな人物なのか、瑞英には判断できない。
「どうしても、急ぎ本物の巫女様に会わなければならなくてな。礼部の官吏から、文を出しても中々返事が返ってこないと聞き、私が自ら出向いたのだ」
「ああ、文ですか。それは申し訳ないですけど、毎日何通も届くのです。家に来て家相を見て欲しいだとか、良い墓の場所を探して欲しいだとか、お祓いの依頼なんかもありますけど……」
詠心のもとには人だけでなく、文も大量に届く。
すべて読むには、何日、何か月もかかってしまうこともあるのだ。
「それに、中には何とか自分のところに来てもらおうと、皇族や丞相様の親戚を騙る輩もいるのです」
「皇族を?」
「ええ、そうすれば優先してもらえると思ったのでしょう。でも、祖母いわくどれも偽者で……文を精査している下女に、皇族を騙るものは全部偽物だから受け取るなと言いつけているくらいに。なので、皇族だとか、皇子とか書かれているような文は基本的にお祖母様の目には今は入りません」
「なんと……!」
道すがら瑞英がそう話すと、男は護衛の男たちと顔を見合わせる。
すると、それまで黙っていた背の高い方の護衛が口を開いた。
「若様のおっしゃる通り、文を出さずに直接来て正解だったようですね」
「そうだな。それにしても――――すごい行列だな」
『商い中』と書かれた提灯が掲げられた門をくぐって敷地内に入ると、若い女性から年配の女性まで、ざっと五十人ほど並んで順番を待っている状態であった。
「皆さん、祖母に占って欲しくて来た人たちです。では、最後尾に並んでお待ちください」
「え? ここで?」
「宮廷からお越しになられようが、順番は順番です。これだけの人が待っているのですから、並んでいただかないと……」
「しかし、こちらは急を要するのだが!」
「申し訳ありませんが、先着順なのです。まぁ例外もありはしますが」
「例外……? 例外とはなんだ?」
宮廷から来たというのに、自分は例外には含まれないのかと訴える男に、瑞英はにっこりと微笑みながら言う。
「お金に決まっているじゃないですか」
金持ちそうな客にはいつもそう提案し、小遣いを稼ぐのが瑞英の常套手段であった。
* * *
しっかり袖の下を受け取った瑞英は、男たちを裏口へ通した。
通常なら、占いが終わって帰る際に案内される出口だ。
今占っている人の分が終わったら、次の人を呼ぶ前に割り込ませればいい。
そうすれば、あの行列に並んで待つよりずっと早い。
「これだけ繁盛している上に、この屋敷は随分と広くて立派なようだが……金に困っているのか?」
待機している間、男は瑞英に訊ねた。
貴族の家の中でも、ここまで豪華な作りの屋敷は珍しい。
部屋数も多く、庭も広いし、どこもかしこもよく手入れされている。
そんな家の孫娘が、袖の下をもらわねばならないほど金に困っているようには思えなかったからだ。
「そりゃぁ、うちはこの地方で一番歴史も権力もある大貴族ですからね、お金には困っておりません。全盛期よりは勢いは落ちましたけれど、祖母も占いでたんまり稼いでいますし。孫の私が頼めば、なんだって買ってもらえますし、願いも大抵のものは……でも、一つだけ、どうしてもやってもらえない事があるんです」
「なんだ……?」
「人捜しです」
「人捜し……?」
瑞英には、どうしても会いたい人がいた。
ところが、大抵のものはなんでも買い与えてくれる祖父も祖母も、その人を探すことだけは絶対にしてはいけないというのだ。
「どうして駄目なのか、理由は教えてもらえません。なので、人捜しの専門家を雇ったんです」
家族には内緒で捜している為、それなりに金がかかる。
「なるほど、よほどその人を見つけたいんだな。男か? 女か?」
「お――」
瑞英が答えようとしたその瞬間、占いをしている詠心の部屋から、下女が血相を変えて飛び出して、瑞英と目が合う。
「お嬢様、大変です! 奥様が!」
「どうしたの? そんなに慌てて……」
「医を呼んでこなければ!!」
「医!?」
何事かと慌てて部屋の中へ駆け込むと、詠心は腰のあたりを抑えて倒れていた。
「お祖母様!? どうなさったのですか!?」
「うぅ……腰が……」
「腰!? まさか、また腰を痛めたのですか!?」
瑞英が訊ねると、詠心は苦しそうな表情で孫娘を視界にとらえる。
だが、すぐにその背後に立っていた男の方を凝視し、言った。
「……まさか、あたしを迎えに来たのですか? 皇后様」
(こ、皇后様……?)
詠心の視線の先にいるのは、美しい顔はしているが男だ。
それも、かなり若い。
「しっかりしてください、お祖母様!! 確かに人相的には傾国の美女顔ですが、この人は男です!」