七度目の禁婚令(一)
四月下旬、国中の至るところに張り出されたのは、『禁婚令』と書かれた触書である。
それは皇帝や東宮の婚姻の際に発令されるもので、発令中は婚約者がいようが、式の最中であろうが、誰も婚姻することができない。
妃選びが無事に終わるまで。
皇族と婚姻すること自体があり得ない身分の者も含め、国全体で禁止となる。
「————また東宮様の新しい妃? って、ついこの間決まったばっかりじゃ……」
「は? おいおい、なんだよこれ……何かの間違いじゃねぇの?」
触書を読んだ人々は困惑した。
東宮の婚姻による禁婚令は、新たな妃がようやく決まり、今年の二月に解除されたばかりである。
しかも、これで七度目だ。
最初の東宮妃が病で亡くなってから、三年経つ。
二度目は、一周忌が明けてからであった為、二年間の間に六度も発令されたことになる。
どう考えても、これは異常事態だった。
「これだけ何度も……もしかして、東宮様に何か問題があるんじゃないか?」
「そうだよなぁ? 妃って、各地の貴族の娘たちが選抜試験を受けて決まるんだろう? 七度目となると、妃より東宮様がおかしい可能性が……」
人々がそう考えてしまうのも、おかしくはない。
東宮の父である亡き第一皇子は、悪い噂の絶えない男だった。
金遣いが荒いだとか、女子供に暴力を振るっただとか……
結局、病により急死し、空いた東宮の座にその息子が収まりはしたが、あの父親の息子だ。
きっと何か問題があるに違いないと。
「他に誰も世継ぎがいなかったのだから、仕方がないけど……でも、なぁ」
「将来が不安だわ」
現帝は高齢で、いつ亡くなってもおかしくはない。
近い将来、そんな問題のある東宮に即位されてしまったら、この国はいったいどうなってしまうのか、皆が不安に感じている。
「――――ちょっと、瑞英!」
「げ」
「げ、じゃないわよ! どういうことよ!! このままじゃ、また私たちいつまで経っても結婚できないじゃない!!」
役所の前に貼りだされた触書を読んでいた少女に向かって、腹の大きな若い女が叫んだ。
「まぁまぁ、子玉さん落ち着いて。興奮したらおなかの子に悪いですよ」
「それは……そうだけど! だって、納得できないわ! せっかく詠心様に良い日取りを決めてもらったのに、こんなことってある!?」
「それは、お祖母様のせいではないじゃないですか」
詠心とは、瑞英の祖母である。
最後の宮廷巫女として有名で、現在はお祓いやお清めをしたり、運勢占いなんかをしている。
特に相性占いがよく当たると評判で、他の村からも占ってもらおうと行列ができるほどの人気であり、この子玉も長い時間行列に並んで、やっと結婚にふさわしい日取りを聞くことができた。
ところが、その良い日取りに二度目の禁婚令が発令。
結婚は延期に延期を繰り返して、その間、結婚できず、腹に子供がいるのが見てすぐにわかるくらいになてしまった。
「そもそも、式を挙げる前に子作りをしたのが問題だったのでは……?」
「それは――――だって、一晩くらい平気かと思って」
実は、腹の子は二人目である。
一人目は婚姻前に出来た子供で、今、腹の中にいるのは四度目の禁婚令の前日に出来た子供。
禁婚令のせいで、まだ正式な夫婦にはなれていないが、詠心の占いによれば二人の相性はとても良い。
二人はさっさと婚姻したいのだが、運悪く日取りが決まったらそこに丁度、新たな禁婚令が……と、いう具合であった。
「それもこれも、東宮様が悪いのよ! まったく、一体、何人の妃を選んだら気が済むっていうのかしら!!」
「だから、落ち着いてください。お腹の子がびっくりしますから」
また新たな日取りを決めるために、あの行列に並ぶのは大変なのだと子玉は繰り返し嘆いた。
全国各地から、噂を聞きつけて占って欲しい人たちがやってくる。
孫である瑞英も、今、そんな祖母の手伝いで占いに必要なものを買いに商店街へ向かう途中だった。
かつて宮廷巫女としての英才教育を受けた詠心までとはいかないが、瑞英にも詠心と同じく普通の人間には見えないものが見える。
巫女の血筋を確かに受け継いでいるその目で見て、より良いものを選ぶように言いつけられている為、下女も下男も連れずにいつも一人で出歩いていた。
そのせいか、一応、貴族の娘である瑞英だが、子玉のような商人からもあまりお嬢様扱いをされていないのが現状である。
「――――お嬢さん」
瑞英が憤慨している子玉を諭していると、不意に若い男に声をかけられた。
黒傘を被っていて、顔は良く見えない。
だが着ている深い青色の衣はどう見ても上質な素材で出来ていて、腰に刀を差している護衛を二人も連れていることから、貴族であることには間違いないとすぐに見て取れる。
「もしや、その詠心様というのは、この辺りで当たると有名な元宮廷巫女のことで間違いないだろうか?」
「……そうですが、祖母に何か御用ですか?」
瑞英が訊ねると、男は黒傘を外す。
現れたのは、男にしてはあまりに美しすぎる顔だった。
大きくて綺麗な目を囲うまつ毛は長く、鼻筋が通り、左右の均衡の取れた芸術品のような顔つき。
それに滑らかであまり陽に当たっていなさそうな白い肌が、消え入りそうな儚さを醸し出している。
どこか中世的であり、絶世の美青年と言っても過言ではない傾国顔だ。
(————この人、女装でもしたら似合いそうね)
占い師である祖母を手伝っているせいか、普段男には興味がまるでない瑞英でも、そう思ってつい見入ってしまった。
早く結婚したい男がいる子玉でえさえ、「あの人よりよっぽどいい男だわ」と、あまりの美しさにぽっと頬を染めるほどである。
「急ぎ、頼みがあり宮廷から参ったのだ。どうか、その宮廷巫女に会わせてもらえないだろうか?」
男は二人がそんな風に思っているなんて知るわけもなく、真剣な眼差しでそう言って、丁寧に頭を下げた。