序章
建国の父である初代皇帝は、前王朝を倒す力を得るために、人ならざる者と契約をしてしまった。契約によって得た力は非常に強く、他国の者たちからは奪国と揶揄されるほど。
だが、人ならざる者との契約には条件があった。
力を得る代わりに、嫡子の体から、一部を差し出すというもだ。腐敗した政治のせいで苦しんでいた民を救う為、どうしてもその力が欲しかった皇帝は、自分の子供一人が犠牲になるくらい、どうってことはないと、深く考えずにその契約を結んでしまった。
建国後、次の皇帝となるべく生まれた嫡子は、契約通りこの世に産み落とされた時から右腕がない。それ以外は、何の問題もなくいたって普通に育った。
失ったのは方腕一本。その代わりに得た力を考えれば、本当に安いものであったはずだった。
ところが、そうやって体の一部が欠損して生まれたのは、その嫡子一人ではなかった。
初代皇帝の初孫にあたる皇子には、右脚が無い。その次の代では左脚が、その次の代では左腕が……と、子々孫々と続いていく。
可愛い我が子の体の一部を、人ならざる者に奪われる悲しみに耐えかねた当時の皇后は、それを契約ではなく悪質な呪詛だと判断し、対抗措置をとることにした。
国中からそういった呪詛や怪異、幽霊なんかの類を遠ざけることができる人を寄せ集めた。普通の人には見えないものが見える、それに対抗する力を持つ巫女や呪術師たちは、その呪詛の解呪方法を研究し、やがてそれらは宮廷巫女と呼ばれるようになった。
最初は男の呪術師や祈祷師もいたのだけれど、女の方が圧倒的に人数が多かったからだ。
そういう生まれながらに人ならざる者が見えたり、対抗できる霊力を持った子供達が何人も集められ、そこで教育を受け、立派な宮廷巫女として育っていく。
「――でも、それはお祖母様の代で廃止になったんでしょう?」
「そう、結局、呪詛は七代続いたが、八代目にぱたりと止まった。解呪が成功したのさ。だから、あたしは、廃止が決まった当時の最後の宮廷巫女だった」
七歳の誕生日、突然その力に目覚めた可愛い孫娘に、かつて宮廷巫女であった祖母はそれが何か、どういうことなのかを説明した。
自分は物心がつく前からその力に目覚めていたから、孫にその力は受け継がれてはいないものだと安心していた矢先のことである。
「だからね、瑞英。お前の目に妙なものが見えてしまうのも、お前が私の孫であるからこそなんだよ。その力は、きっといつか誰かの役に立つ。少しずつ、使い方を覚えていけばいい」
瑞英が見えるようになったのは、美しいとは思えない異形。
人の顔から蛾の様な羽の生えた大きな蟲、尻に舌がある老犬、影の中を動く瞳、木の上からこちらを見下ろし、人の言葉を喋る猿……どれもこれも不気味で醜悪で、中には強烈な臭いのするものもいた。
「まぁ、こんなものが見えてしまうなんて、これも一種の呪いなのかもしれないが……ね」
できることなら、こんなもの一生見えない方が幸せに違いない、と吐き捨てるようにつぶやき、いつも明るい祖母の表情が昏く曇った瞬間を、瑞英は十年経った今も、よく覚えている。