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第9章 信長逝去

信長さん、長いことお疲れ様でした。安らかにお眠りください。

 信長は小姓2人を連れて狩りに出た。名古屋城から程遠くない猪高村で、イノシシが捕れる。得物は鉄砲だ。鉄砲を3丁持ち込み、小姓に発射の準備をさせ、馬上から狙って撃つ。鉄砲による狩りは信長の数少ない趣味で、天気の良い休日には近隣の丘陵地帯で鳥獣を狩り、夜の宴で臣下に振る舞うのが常だった。今宵の主菜は牡丹鍋だ。イノシシ肉をしっかり下処理して臭みを取り、白菜、人参、ゴボウ、椎茸とともに八丁味噌で煮込む。想像したら食欲が刺激され腹が鳴ったので、信長は持参した握り飯をひとつ頬張った。食している間にもウサギやキジが射程に入ったが、信長は捨て置いた。雑魚はいらない、狙いはイノシシのみ。茂みが動いた。信長は火縄銃を構えた。飛び出す瞬間を待つ。だが、イノシシが飛び出す前に火縄が燃え尽き、次の銃を受け取る前にイノシシは飛び出してしまった。歯がみする信長。銃を差し出すタイミングが遅れたと察した小姓は土下座して震えている。「もう良い。馬上からでは狙いも定まらん。どこか茂みにでも隠れて、3発連射できる態勢で待つこととしよう。」


 信長は気を取り直して茂みに隠れると、その隙間から銃身を出して得物を待った。右の足下には火縄に着火する火種、左側には装填した銃を持つ小姓が2人。狙いを付けているのは、丘陵に不自然に盛り上がった穴だ。おそらく巣穴であろう。土塊が動いた。信長は火種に着火すると得物が顔を出すのを待った。火縄が燃え尽きる時間は約5分、この間に獲物が出てこないと、また最初からやり直しになる。火縄が三分の二ほど燃えたところで、信長は小姓に命じて次の銃に着火させた。火縄が燃え尽きる瞬間にイノシシが顔を出した。信長は撃った。命中した。子どものイノシシだった。信長が倒れた獲物を回収しようと茂みを出たそのとき、ひときわ大きな獣が信長の前に立ち塞がった。母イノシシであろう。信長は発射準備のできた鉄砲を小姓から奪うと、狙いを定めて母イノシシを撃った。弾は右肩をかすった。手負いとなった母イノシシはうなりを上げて信長に迫る。装填され着火された最後の銃をもう一人の小姓から受け取った信長は、突進する母イノシシを避けつつ至近距離から弾を打ち込んだ。弾は貫通し、土塊にのめり込んだ。母イノシシはまだ絶命しなかったが、立っていることはできなかった。信長と小姓2人は抜刀してイノシシに駆け寄り、急所に太刀を突き刺した。

 

「信長、大丈夫か?きょうは少しやばかったんじゃないのか?」


「うむ、久々に肝を冷やしたぞ。熊でなくて良かったわ。」


「でな、今日はひとつアドバイスを持ってきた。」


「おお、それはありがたい。何だ?」


「火打ち石銃の開発だ。」


「火打ち石というと、あのカチカチして火花を飛ばして火種を作るやつか?」


「その通り。その火花で銃に点火する。火縄はもう必要ない。」


「なんだか手軽そうでそそられるの。」


「原理は簡単だが、実際に作るとなると試行錯誤が必要だろう。要するに、引き金を引くとバネで火打ち石が別の石に当たって火花が出て、その火花が火皿の火薬に火がつき、その火がが銃身内の火薬に燃え移って爆発し弾が飛ぶ。まあ、口で言っても伝わりにくいだろうな。ちょっと絵を描いてみろ。いいか、鉄砲の上に親指で押し下げる鉄の槌のようなものを付ける。引き金を引くと、それがバネで動き、火打ち石を下に打ち付けて、出た火花が火皿に火を付ける。まあだいたいこんな感じだ。おまえのところの職人なら、基本原理を理解すれば、何度か試行錯誤をして作ることができるだろう。しばらくしたらまた来るから、できばえを楽しみにしているよ。」


「おお、これは楽しみじゃ。火縄が燃える時間を気にしなくてもいつでも撃てるのか。確かに完成したら画期的じゃ。騎乗から撃つことも可能かもしれん。夢がかなうのう。」


 信長は翌日、判別不能に近い落書きのような絵を携えて兵器局へ向かった。数ヶ月前に鉄砲工房を改組して新たに設立した部門だ。局長を呼び出して絵を見せる。


「信長様、これは何でしょうか?」

「うむ、これは火打ち石を使う新式の鉄砲じゃ。これを作れ。」

「これを作れと言われましても、墨で描かれたこの絵から各部分の材料も働きも判別できませぬゆえ。」

「そうか、まずな、この槌のような金具な、ここに火打ち石を挟むのじゃ。そして引き金を引くとバネで上から振り下ろされて、下の石にぶつかって火花を飛ばす。その火花を火皿で拾って銃身に装填された火薬と弾に伝えて発射するのじゃ。どうじゃ、できそうか?」

「はい、何ヶ月かお時間をいただけますなら。」

「よし、楽しみに待っておるぞ。」


 信長の長年の夢を実現した火打ち石銃は、「燧銃」と命名され、日本軍の正式装備となった。これによって騎乗からの射撃など作戦の自由度が高まり、日本軍の威力はますます高まった。もっとも1585年の日本海近海の海戦以来日本が実戦を経験したことはなかったので、その実力は諸外国にはまだ知られていなかった。鹵獲を防ぐため、この新装備は海外に派遣した傭兵たちには与えられなかった。燧銃の仕組みは大砲にも取り入れられ、リロード時間が短縮された。大砲は、小型から大型までさまざまなものが開発され、車が付いて簡単に移動できるものもあった。船舶も、鹵獲したスペイン船を調査して得た知見を元に飛躍的な進化をとげた。陸軍、海軍ともに、精力的に演習を繰り広げ練度を上げていった。


 17世紀に突入した。信長はまだ存命だが、70を過ぎたあたりから身体の衰えを感じ、以前のように活躍することはできなくなった。太平洋のアジア地域には、イギリスとオランダの東インド会社が進出し、スペインやポルトガルとしばしば衝突を繰り返していた。フィリピンのスペイン総督府は、日本の侍衆を中心とした現地人のレジスタンスの対処に手を焼いており、兵力も物資も減って弱体化していた。イギリスの東インド会社は、レジスタンスの中核をなす日本の侍に注目し、接触を試みてきた。侍衆とマニラの忍びは密接に連絡を取り合っていたので、この状況はすぐに名古屋の知るところとなった。信忠は密使をルソンへ送り、侍衆に軍資金を渡して鼓舞し、イギリスと手を組んでスペインを討てと命じた。この報にイギリス軍は大いに喜び、軍船に特使を乗せて名古屋港に寄港し、信忠に謁見して感謝を伝えた。ただ、信忠はイギリスが求める同盟の締結には応じなかった。世界情勢がどうなるかわからない中でうかつに同盟を結ぶものではない、とかつて父信長から受け取った文書に記されていたのを思い出したからだった。

 

 日本の海外傭兵は、忍びの海外潜入と連動する形でさらに増えていった。インドネシアに5000人。インドネシアはモルッカ半島での香辛料貿易をめぐって、現地人とスペインやポルトガルと衝突が絶えなかったので、現地人支援に派遣された。マレーシア5000人。マラッカ王国がポルトガルに滅ぼされたあと、現地民の抵抗が根強く続き、それにオランダやイギリスが協力する可能性があるので、この抵抗勢力を支える目的で派遣。ブルネイ5000人。ブルネイはスペインと戦争になったが、疫病の発生もあってスペインの撤退まで何とかしのいだ国なので、その再建のために派遣。イギリスやオランダの参入で、日本人傭兵の働きは、ますます東南アジア地域にとって重要度を増していった。


 1615年、信長逝去、81歳の生涯を閉じた。日本国民は喪に服し、信忠は葬式を終えた1ヶ月後に退位を宣言した。家督は長男の信宏に継がせた。信宏には信長から受け取った文書と、今となってはあまり意味のない「コウモリの糞から火薬を作る方法」が渡された。


 信宏は、スペインと敵対することですっかり取引が減ったヨーロッパとの交易を、イギリスやオランダをその代わりにすることで拡大しようとしていた。各地に放った忍びからの情報で、同じキリスト教でもスペインやポルトガルとイギリスやオランダは違うのだということ、ただ異なっているだけではなく、戦争をするほどに反目し合っているということを知ったので、うまく付き合えば相互に得るものも大きいと考えた。

 


いよいよ海外がキナ臭いか?

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