第68章 ドラキュラに勝てないが
ドラキュラってこんなに強かったっけ?オリジナルのブラム・ストーカーのドラキュラは、さほど強くありませんでしたけどね。「20人力だ」と言われていたし。
一行の前に道が開けた。山道を登る道、そしてその先には漆黒の尖塔を湛える城が姿を現した。その城は、まるで世界から切り離されたような異様な存在感を放っていた。壁面には年月を重ねた苔が這い、尖塔の影は不気味に揺らめいている。城から漏れる微かな光が、山間に漂う霧を照らし、亡霊のような形を作り出していた。
不安と緊張が一行の胸に重くのしかかったが、ここまでたどり着くと逆に吹っ切れる。好奇心が恐怖心を押しのける。6人は無心に先へ進んだ。道を照らすのは赤い満月だけだが、しばしば雲に遮られ、足下の岩や石柱などの障害物が闇に溶け込む。慎重にゆっくりと彼らは進んだ。そしてやっと城門にたどり着いた。
突然尖塔の窓から巨大なコウモリが飛び立ち、城門の上に降り立った。そして一瞬にして霧になると再び黒衣にマントをまとった男の姿に変わった。
「ついにここまでたどり着いたか。」男の声は低く冷たく、しかし引き込まれそうになる魅了の力を持っていた。
「せっかくここまでたどり着いたのだ、名乗ってやろう。我が名はドラキュラ、不死の王である。ドラゴンが守るショロマンスの洞窟で黒魔法とネクロマンシーを学び、闇を操る力を得た。その力を振るって、ワラキア王としてトルコ人と幾度となく戦い、勝つときも負けるときもあったが何度も蘇り,敵を屠った。不死王であるから,たとえ負けてもその敗北は暫定的なものに過ぎず、勝利を喜ぶ敵は、いずれ蘇った私に串刺しにされるのだ。おまえたちの前に立つ我がどのような存在であるか、その目に映る恐怖とその身体に刻まれる痛みを通して見定めるが良い。」
一行は後ずさりし、教会から与えられた聖餅と十字架を構えた。しかしドラキュラは哄笑した。
「信仰を持たぬものがそのような道具に頼るのか?我にとってそれは何の意味も持たないがらくたに過ぎん。」ドラキュラがマントを掴み大きく振りかざすと、スヴェーテン以外の者の聖遺物は粉々に崩れ落ちた。
「私はキリスト者だ。」スヴェーテンはたじろがず,聖遺物をドラキュラにかざした。
「ほう、啓蒙とやらを信奉する者がキリスト者を自称するか。」ドラキュラは不敵に笑う。
「どうせ現世の便宜を図るための方便であろう。キリスト者を自称しなければ地位も名誉も得られぬからな。科学者よ、奇跡など信じてはおるまい。イエスとやらは本当に死して蘇ったのか?肉塊になり、骨になり、そして土に帰ったのではないのか?だが我は違う。我は何度でも蘇った。ならば科学者よ、我こそが神の名にふさわしいのではないのか?」
「いかん、いったん離脱だ!」スヴェーテンが叫んだ。
ドラキュラは一瞬消えて、一行の背後に再び現れた。
「馬鹿め。逃げられるとでも思ったか?このままひねり潰してやっても良いが、めったにないせっかくの余興、ゆっくり味わい尽くさなければもったいない。さあ、攻撃してみるか?言っておくがおまえたちの武器では我にかすり傷を負わせることもかなわぬぞ。低い階梯の眷属と我は根本的に違うのだ。」
銀の弾丸が装填された2連燧銃が4丁、一斉に発射された。硝煙の中から現れたドラキュラは、身をくるんでいたマントを再び広げ、冷たくほくそ笑んでいる。カイアのボウガンが火弾を放った。火弾はまるで氷塊に命中したかのようにシュウと音を立ててドラキュラの足下に落ちた。
「おい、ミネとルネ、さっきのお見舞いしてやれ!」夢水が叫ぶ。
「ごめん、あれ1週間に1回しか使えない。」ミネルネの無意味なユニゾン。
「逃げろ!」スヴェーテンはそう叫んで背中から2本の管を引き出し、ドラキュラに向けて何かを噴射した。
「む、これは...」ドラキュラは少し顔色を変え後ずさりした。
「やつはいま前に進めない。いまのうちだ、逃げろ!」スヴェーテンはそう叫び年齢に似合わない速度で背後に駆けた。金竜疾風ももちろんそれ以上の速度で宙に跳んでその場から消えた。
「あの液体、何だったの?」城が小さく見えるほどの距離まで離れたところで、息を切らすこともなくミネルネが尋ねた。
「濃縮した聖水と聖油だ。特製の水鉄砲で撃ってやった。」スヴェーテンは息が上がっている。
「どうしましょう?これでは勝てそうにない。」カイアの心は折れかけていた。
「奴を倒さなくても、出てこられなくすれば良い。」スヴェーテンは静かに言った。
「奴が寄って立つところのものを除去すれば良いだけのこと。」
「何をどうすれば?」
「君は鳩で通信できると言っていたね?」
「はい、ここからならブダペストまで飛ばせます。」
「よろしい。ではブダペストの総督府に次のように言付けてくれ。」
一行はビストリッツまで退却し、宿屋を拠点とした。この町の人々は信心深く、町のあちこちで十字を切って何やら祈祷の言葉を呟いている。だがしかし、それはスヴィーテンが親しんだカトリックの祈祷ではなかった。この地方ではカトリックより東方教会の力が強いようだった。
数日後、ブダペストから5000人の大部隊がやってきた。兵士ではない。いや、兵士も混じっていたが工兵隊だった。工兵の指示のもと、シャベルやツルハシを持った人足たちがキビキビと動いていた。やがて2000人規模の増援が到着した。彼らは馬に引かせた1000台の荷車で大きな荷物を運んで来た。
部隊が揃ったところで、ファン・スヴェーテンは壇上から次のように指示を出した。
「諸君、この先の峠の向こうには忌まわしき呪われた城がある。そこの主は不死の王ドラキュラである。オーストリア軍の精鋭1万をもってしても奴を打ち破ることは難しいだろう。そして、よしんば打ち破ることができたとしても、その勝利は暫定的なものに過ぎず、奴は何度でも蘇って、こちらを消滅させるまで襲い続けるだろう。奴は忌まわしいことに無敵なのだ。しかし、奴が寄って立つところのものを奪えばどうなるか?奴は文字通り立ち続けることができなくなり、われわれの前に姿を現すことができなくなる。つまり封印することができるのだ。考えてみて欲しい。奴がこれまでハンガリーに、あるいはセルビアに現れたことがあっただろうか?現れたのは奴の下級眷属だけ。奴自身はこの土地、トランシルヴァニアのこの場所を離れることができない。なぜか?奴は不死者としてこの土地、先祖が祝福し、奴のかつての民草が溶け込んだこの土地、いやこの大地、この土を必要としているからだ。なのでわれらの作戦は、この大地を根本から変える。土の成分を化学的に変成させ、奴が力をそこから取り出せなくすることだ。植生も動物相も激変し、自然環境が破壊される。だが、それによって奴はもう大地の恵みを受け取れなくなる。増援組が運んできたのはトランシルヴァニアの塩山から掘削した岩塩である。これから大工事になる。第1班は土の運び出しだ。城の周囲の土を掘り出して運び出す。安全のため、大量の聖水で城の周囲は封鎖する。運び出した呪われた土は、黒海に捨てよ。第2班は掘り出された後のくぼみに岩塩を詰めろ。城の周囲は岩塩で埋め尽くされる。この塩分は長い年月を経て土壌に染みこみ、この土地の土壌を変える。第3班は、岩塩の上に石畳を建設だ。石畳で岩塩に蓋をする。奴が僕を使って岩塩を除去することを防ぐためだ。では、工事にかかってくれ!」
「スヴェーテンさん、容赦なく徹底的だ。」夢水が目を剥く。
「これが科学の力というわけね。」カイアは感慨深く頷いた。
「スヴェーテンさん、これでドラキュラは二度と現れないの?」ミネルネは心配そうに尋ねた。
「いや、この結界は150年ほどしかもたない。おそらく1880年前後に奴は復活する。だが、心配しても仕方がない。われわれ人間は強く賢くなる運命だ。19世紀末の勇者たちがきっと奴を倒してくれるだろう。」
「1880年か。どんな世界になっているんだろう?」カイアは目を閉じて想像した。
金と権力と土木工事の力、半端ないですね。ヴァンパイア編はこれで終了です。また時代がスキップされます。次はどの時代になるのでしょう?いや、実はこの時点でまだ考えていなかったりして(笑)。




