第50章 ライシーアム劇場
大劇場でパフォーマンス、アイドルなら夢でしょうが、ぼくは絶対イヤ。間違えたらごまかせずに「ア」と言っちゃうタイプだから。
メイフェアの屋敷はかなり広かった。3人では使い切れないほどの部屋、豪華な調度品、そして、執事とメイドたちも付いていた。「お帰りなさいませ、ご主人様。」まあ、家の雑務や掃除洗濯を任せられるのは非常にありがたい。コーンスタッド伯爵夫人に感謝だ。3人はイタリア人の料理人が作った晩餐に舌鼓を打った。
「このうどんみたいなの、超うめえ!」夢児は大喜びだ。
「パスタというらしいよ。」ナイフとフォークを器用に使ってラナが言った。
「お肉もすごく美味しい味付けね。」夢羽は貴婦人のように食事している。
「食後の甘味もあるらしいから腹の余地を残しとけよ。」と夢児。
「ああ、There is always room for dessert.」ラナは英語を話したい年頃らしい。
「ところでそのパンフレット、なかなかの人気らしいじゃないか。」
「社交界は話のネタがないと生きていけないらしいから。」ラナはデザートワインを飲んだ。
「くっちゃべるのが仕事なのか?」夢児も甘いワインを飲んだ。
「バカみたいだけどそれがイギリスの政治を動かしているとか。」夢羽もワインをグビリ。
「じゃあそのパンフレットを上手く使えば、」
「ああ、あいつらを動かせるかもな。」
「やる価値はあるね。」
翌日、ラナはピカデリーでパンフレット売りの男のもとへ行った。
「ハロー、ミスター、How are you?」
「おお、姉ちゃんか。元気だぜ、上から下までな。へっへっへ。」
「これを書いているリッチモンド男爵に会いたいんだけど。」男に銀貨を握らせる。
「お、おう、待ってな、いま住所を書くから。」
「どんな人なの、その人?」
「何考えているかわからないほど頭の良い旦那だな。金はあんまり持ってないけど。」
安寿はエリザベスと真珠湾を見渡せる高台でイギリス風のお茶会をしていた。
「捕虜の皆さんは改心なさったみたいですね?」
「はい、神の友人になっていただけました。」
「あなたのお仲間はたくさんいるのですか?」
「それほどたくさんはいませんが、志は強く、イギリスで活動しています。」
「アメリカに布教に来たいという方は?」
「はい、いま教団の本部で計画しているようです。」
「あなたのような蜂蜜の聖女になれそうな方は?」
「そんな、私なんて。でも布教に情熱を傾ける人はたくさんいます。」
「では、1度バミューダにお送りしますから、本国に戻っていただけますか?」
「何をすれば良いのでしょう?」
「西アメリカとメキシコに宣教師を送ってください。」
「受け入れてもらえるでしょうか?」
「受け入れてもらうように私たちが頼みます。」
「安寿様、なぜそれほどまでに捕虜の身の上を?」
「捕虜の身の上と言うより、」安寿は立ち上がって深呼吸した。
「それより大切なことがあるのです。私たちはわかり合わないといけない。」
「どういうことでしょう?」
「白き災厄の撲滅、黒き野蛮の粛正、そんな憎しみの連鎖があってはなりません。」
「はい、私もそう思います。」
「同じ人間という根っこのところで理解し合い、手を差し伸べることが必要です。」
「はい、私は仲間を募ってその理想の実現のために尽力しましょう。」
ライシ-アム・シアターは観客で満員だった。劇場の入り口には « Twilling from the Land without Gravity « という大きな看板が掲げられていた。観客は着飾った紳士淑女で、異国の兄妹の軽快な芸を心待ちにしていた。
「今までずっと大道芸だったから、大劇場だと緊張するね。」髪をとかしながら夢羽。
「別にどうってことないさ。転んでも痛くないしな。」夢児は飴を舐めている。
「Ladies and Gentlemen! We hail from the Land without Gravity!」夢児の宙返り。
「Nothing holds us down, our freedom is limitless!」夢羽の空中2回宙返り。
「ほらボールが7個、みんな自由で落ちません!」
「仲良しだからハグしたりキスしたり!」
「いやん!私にはキスしなくていいのよ!」
「はっはっは、夢羽はかわいいからみんな大好きなのさ!」
「ボールさんたち、整列してね!」
「歌に合わせて上下に跳んで!」
「Sur le pont d'Avignon
l'on y danse, l'on y danse.
Sur le pont d'Avignon
l'on y danse tous en rond.」
会場は大喝采だった。ラナは客席で1人の紳士を観察していた。グレーのウィッグに刺繍が施された黒いマント。貴族なのだろう。熱狂する観衆の中にあって、彼はノートに何か書いている。それもかなりの速度で。
"Thank you, ladies and gentlemen, for watching our performance!" 夢児。
"The balls are safely back to my chest." 夢羽。
"We are deeply honored to have shared this moment with you!" 双子のハーモニー。
大きな拍手とともに幕は下り、観客たちは席を立って帰り始めた。ラナは黒いマントの紳士をロック・オンしつつ、距離を保って追跡する。紳士は劇場から出ずに通用門を通って楽屋へ向かった。
リッチモンド男爵ですよね、こいつ。ドラマだったら配役は誰にしよう?いや、多すぎて逆に困るわ。




