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第5章 日本国民を作ろう

天下統一の後も、いや後だからこそ、いろいろ仕事が待っている。


 全国に向けて「日本の王」として即位した旨を宣言した信長は、琵琶湖畔に安土城を築き、同時にかつて暮らした那古野城を大増築して名古屋城と名付け、巨大な天守閣を建て、屋根には金のシャチホコを設えた。安土城で京都と堺を睥睨し、名古屋城で日本の王として政務を執り行う。信長はここで日本の王として国旗を決めた。金色を下地に真ん中に赤い丸である。「黄金が降って稲穂が実る豊かな国土に日が昇る。」国旗を見て信長は鼻歌を歌った。

挿絵(By みてみん)

 この国旗の小旗を沿道の人々が振って歓迎する中、信長は桜や菊や藤や萩など日本の花で飾られた絢爛豪華な山車に乗って、名古屋の大通りで国民に満面の笑顔で手を振った。山車の後ろには、制服で後進する銃士隊の精鋭、そしてその後ろには華やいだ芸妓たちの総踊り、そして最後には国旗の柄の衣装を着た子どもたちの行進が続いた。パレードに流す音楽は、まだ国歌が決まっていなかったので、「越天楽今様」の歌唱付きにした。


春のやよいの あけぼのに

四方よもの山べを 見わたせば

花盛りかも しら雲の

かからぬ峰こそ なかりけれ


花たちばなも 匂うなり

軒のあやめも 薫るなり

夕暮さまの さみだれに

山ほととぎす 名乗るなり


挿絵(By みてみん)


歌唱は夏までとし、気分がしぼむ秋以降はカットだ。


 信長王が真っ先に取り組んだのは、貨幣経済の導入である。これまで米の現物で治められた年貢や、同じく間接的に米で支払われていた配下の武家の俸給を、すべて貨幣で支払うこととし、金貨と銀貨と銅貨を大量に生産した。ただし、貨幣を溶かして貴金属として売買されるのを防ぐため、貨幣に含まれる貴金属の割合を減らし、なおかつ鋳つぶしを厳罰化してとりしまった。


 当面の間、米の価格は中央政府が決め、それによって貨幣の価値を保証した。通貨単位は「円」、円く収まるようにとの願いを込めて円とした。それぞれの硬貨には大判と小判があり、最上級の大判金貨は10石に相当すると考えられたので、新しい通貨単位の円に換算すると10万円。100石取りの武士なら大判金貨100枚で1000万円、大名クラスなら数千枚から数万枚の大判金貨で数億から数十億円の年収になるだろう。ひるがえって庶民は、1石が1年間の1人の食糧をまかなう米の量なので、家族の数によって5石、すなわち50万円ほどは必要になる。銀貨大判10枚で金貨小判1枚、これは1万円、銀貨小判10枚で銀貨大判1枚、これは千円、銅貨大判10枚で銀貨小判1枚、100円、最低の銅貨小判は10円とし、それ以下の端数は鉄貨を作ったが、これはさびやすいので定期的に回収して鉄器の原料になった。


 次に信長が着手したのは、鉄砲の管理である。もともと鉄砲の数と品質は織田家所有のものが最大ではあったが、全国の大名領にもまだかなりの鉄砲が眠っている。大名はすべて恭順を示しているが、元々は戦国武将だ、何をしでかすかわからない。鉄砲だけでも取り上げておけば、圧倒的な火力で鎮圧できる。信長は全国で「鉄砲狩り」を実行した。信長の圧倒的な武力を知っている大名たちはおとなしくこれに従った。うかつな動きをしようものなら、信長の忍び、金竜疾風の目が光っている。ちなみに金竜疾風だが、信長は頭領を侍として取り立て、斑鳩という姓と瀬戸に近い鳴海城を与えた。忍びたちは鳴海城下に居を移し、瀬戸物と薬剤の商いを続けた。


 あとは、とりあえず力でねじ伏せておいたが、おそらく不満を溜め込んでいるであろう天皇家と仏教勢力をおとなしくさせなければならない。特に天皇家だ。目立たぬように京都に引っ込んでおきながら、官位などの権威付けで武士を巧妙に操ってきた。その操る力をまず封じなければならない。そのためには立場をわきまえさせる必要がある。それと同時に、信長が密かに暖めてきたもう一つの計画も、同時にここで進めておこう。宗教省の立ち上げだ。天皇家は、すべての神社の筆頭でありながら、それを表に出さず、あたかも八百万の神に連なる霊的存在であるかの如く振る舞ってきた。これからは余計なことはせず、神社の筆頭として、正月の年賀参拝に花を添え、結婚式の祝詞に押す御朱印の生産に従事してもらえば良い。そしてその管理は、信長が新たに設立する宗教省の管轄になる。仏教も同じだが、宗教省は各宗教の内情を精査し、無駄な権力機構や部署を廃止し、人員も整理して見通しが良くなるように改革した。公家や僧侶がたくさん余剰人員として職を失ったが、これから忙しくなる日本国の事務作業要員として行政に吸収した。そして、ここで手をつけるのがキリスト教である。戦国の乱世に紛れて、南蛮貿易につかず離れず併走して、カトリックは日本での布教を着々と進めてきた。やつらももちろん宗教省の管轄に入る。これはなかなかやっかいな仕事である。教会の調査、宣教師の数の把握、言葉の壁もあっていずれも難航した。だが、これを乗り越えなければ、日本の将来に暗雲が迫る。信長は居住まいを正して、宗教省設立の命令書を書き始めた。


 そんなあるとき、信長は秀吉から、「この勢いのまま朝鮮を征伐し、さらには明をも屈服させましょうぞ」との進言を得た。しかし信長はこれをぴしゃりとはねのける。「このうつけ者が!そんなことをしてる場合ではないぞ。世界の情勢をしっかり把握せんか。東に広がる太平洋には、ヨーロッパの魔の手が伸びておる。広い海と多くの島々を、まるで自分たちが見つけた宝物のように取り合いしておるのじゃ。朝鮮や中国など捨て置け。いずれヨーロッパの手に落ちる。わが日本はそうなる前に成すべきことを成さねばならぬ。」


「おーい、頑張ってるな、信長。少し老けたか?」


「そういうおぬしはどうなのだ、青水よ、声だけだとわからぬが。」


「俺は時空の彼方の存在なので老けたりしねえんだよ。ところでなかなか上手く世の中をまとめているじゃないか。感心するぜ。天皇家もうまく丸め込んだのか?」


「うむ、もはやあやつらは上級神主よ。ああ、そうそう、あいつらの治世であるかのように押しつけられてきた年号な、あれも廃止してやった。これからはバテレンのグレゴなんたらという歴を使う。どうやらそれが国を問わず西洋の共通の歴のようじゃからな。なので、今は1578年じゃ。」


「そうか、思ったより早かったな。これなら1580年までに中央集権国家を樹立して、国民を創出できる。」


「国民の創出というと?」


「今の日本じゃ誰も日本人なんて思っちゃいない。備後の某とか駿河の某とか、そんな意識だ。しかしそれではこれからの世界、西洋諸国の暗躍に対抗できない。真に日本が統一して、統合された日本人が日本を守り、日本を豊かに育て、日本のための奉仕することがひいては自分たちの幸福につながるという意識を持たなければ、いずれ日本は西洋に飲み込まれる。」


「なるほど、もはや織田家がどうのこうのと言ってる場合ではないと。」


「その通り。だからいずれは大名家の解体に手をつけなければならないが、さすがにそれは慎重に進めないと、またもや戦国に逆戻りだ。」


「わかった。その件は目立たぬように外堀をゆっくりと埋めてゆこう。」


「うん、それが良い。そういうことは、俺よりおまえのほうが得意そうだから任せるよ。で、国民の創出だが、ここで大事なのは教育だ。南は薩摩から北は松前、蝦夷地まで、義務教育を施す。読み書き、計算、地理、歴史、自然、を6歳から14歳まで、日本中で共通の内容で教えるんだ。身分は問わない。そもそもゆくゆくは身分制も廃止する予定だが、それはまだ200年ぐらい先の話だ。今のところ、身分を問わずに日本の子どもたちは共通の教育を受ける、それが何よりも大事。」


「ほう、なかなかの大事業だのお。教師も揃えなければならないが。」


「なーに、いま余っている人材がたくさんいるだろう?侍だよ。もう戦はないんだ。連中、読み書きはできるから、中央で教師としての研修を1年間受けさせて、全国の学校に派遣する。もちろん地方の大名たちからも、教員志望の御家人たちを供出してもらう。忙しくなるぞ。」


「うむ、これは準備に3年はかかるな。」


「ああ、さらに義務教育を終えた子どもたちのなかから、優秀な者を選んでさらに上の学校に入れる仕組みも作らなければならない。それぞれ専門的な知識や技術を学ぶ学校だ。どんな上級学校が必要だと思う?」


「そうじゃな、まずは軍を指導する将を育てる学校、軍学校じゃな。次に、商いを教える商業学校、製鉄やその他の金属を扱う学校、そして、義務湖教育を担う教師を作る学校じゃ。」


「うん、だいたいそんな感じだね。さらに、病気やけがの治療や薬の知識を教える学校も必要だろう。あと外国語かな。これができないと、世界と話ができない。まあ、おいおい必要になったら新たに作れば良いだろう。」


 1580年、義務教育令が発布された。たいした混乱もなく、子どもたちは空いた家屋や小屋、寺や神社などを利用した学校に通い始めた。一番難儀した科目が国語だった。口語の日本語が統一されていないのに、突然の読み書き指導だ。現場は戸惑ったが、以後、名古屋に新設されることになる師範学校を中心として、国語の標準化が進められていくことになる。



次回はまさかの...

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