第44章 グランド・バハマ
カリブ海の奴隷を解放したい。
メキシコ政府はキューバから救いだした黒人奴隷たちを保護し、一定の教育期間のを経た後に、国内の農園で自由な契約に基づく労働者として就業させた。政府は非人道的な奴隷貿易の実体を調査し、市場での奴隷売買を禁じた。そして奴隷を乗せて来港した船を拿捕し、乗船していた奴隷貿易商人を逮捕して裁判にかけた。イギリスはメキシコ政府のこの措置に憤慨し、海軍力を用いても奴隷貿易商人の解放を勝ち取ると脅しをかけてきた。当時世界最強と言われていたイギリス海軍のこの脅しは、メキシコ政府にとって大きな揺さぶりとなり、議会ではその対処をめぐって激しい議論が交わされた。そのことを知った天馬は、メキシコに使者を送り、イギリスが攻撃を仕掛けてきた場合には日本海軍が全力を持ってメキシコを守ることを確約した。メキシコ政府はイギリスの要求を蹴って、奴隷商人たちは裁かれて刑に服した。奴隷殺害の罪で終身刑になったものも少なくなかった。
「奴隷はキューバにだけいるのかな?」ラナは紫影に尋ねた。
「カリブ海のほかの島にもたくさんいるかもな。」
「助け出せないかな?」
「キューバはスペインの領地だったからメキシコの管轄と言えたけど、他の島は違うんだ。」
「どこの国の領土なの?」
「ほとんどがイギリスだな。」
「解放してしまおうよ。」
「われわれだけなら動けるが、メキシコの力は当てにできない。」
「そうか、戦争になっちゃうか。」
「そして日本の船はカリブ海へは入れない。海がつながっていない。」
「西アメリカ国の手を借りれば何とかなるかも。」ミナルナがユニゾンで言った。
「どうするの?」ラナが興味を持った。
「ハワイから西アメリカ国に資材と技術者を大量に送って、現地で日本海軍の船を作るの。ルイジアナにミシシッピ川という大きな川の河口があるので、そこに港を作って日本の艦船をそこからメキシコ湾に出港させ、カリブ海を目指します。イギリス海軍が本国からたどり着くよりずっと早くカリブ海に到着して作戦を開始できるという寸法よ。」
「それは壮大な計画ね。」ラナは拍手した。
「ハワイから日本政府に連絡してもらって、議会を通してもらわななきゃ。」
「そうか、もう王様が即決できないのね。」
「そういうこと。だから少し時間がかかる。」
「うーん、待ちきれないな~。」ラナは苛立っている。
「だったら、大規模作戦が始まる前に、私たちだけで島を1つやっちゃう?」とミナルナ。
「良いわね、どこにする?」ラナは乗り気だ。
「前にマイアミで泳いだじゃん。あそこから30里の距離にバハマという島がある。」
「近いわね。」
「そう、そして私たちはマイアミの漁師さんに送ってもらえる。」
「最高ね。そこにしましょう。」
紫影はメキシコ政府にこの計画を伝え、日本政府の方針が決まればカリブ海の奴隷たちをすべて解放するつもりだと告げた。そして、日本海軍が西アメリカ国から出撃してカリブ海のイギリス植民地を解放したら、メキシコが島々の領有権を主張すると良いだろうと入れ知恵をした。メキシコの高官はこの提案を非常に喜んだ。
一行はハワイに戻り、天馬と安寿に計画を伝えた。2人は早急に日本へこの計画を伝え、議会の根回しもすると約束した。そして、議会の承認を受ける前に独断でハワイから船大工と資材を西アメリカ国に送って準備を始めると言った。議会の承認を得てから準備を始めるのでは実行が遅れるからだ。一行は天馬と安寿に礼を言い、高速船でサンモニ港へ向かった。いよいよバハマ解放作戦である。しかし奴隷を解放するにしても、島に何人いるのかわからなければ話にならない。そして、解放した奴隷を安全なこの西アメリカ国に運ぶには船が必要だ。漁船では運べない。一行は西アメリカ政府と話をするために行政府本部へ行った。
「代表、私たちは貴国とは良好な関係を保っている。」紫影が切り出す。
「紫影殿、私たちはいつもあなたたちとともにあります。」
「近々、ハワイから船大工が多数と船を建造するための資材が届く。」
「船を、でございますか?」
「ああ、西アメリカ国の海軍を強化する新造船を作りたい。」
「おお、何とすばらしいご配慮!」
「もちろんその新造船は貴国に進呈するが、その前に作戦行動への協力をお願いしたい。」
「何でございましょう?」
「貴君は奴隷商人というものをご存じか?」
「いえ、寡聞にして存じ上げません。」
「カリブ海にはたくさんのイギリス領の島がある。」
「はい、目障りな白い災厄です。」
「そこにはアフリカという大陸からイギリス人によって多数の奴隷が送り込まれている。」
「何のためですか?」
「プランテーションという農園で苦役に酷使するためだ。」
「イギリス人は自国の銃や織物をアフリカへ持って行き、現地で奴隷商人と取引をする。」
「奴隷商人はイギリスの産物と引き換えに奴隷を提供すると?」
「その通りだ。そこで奴隷を積み込み、カリブ海へ運んでそこで売る。」
「人を売るのでございますか?」
「そうだ。売られた奴隷はサトウキビ栽培などで苦役に投入される。」
「一歩間違えばわれわれもそうなっていたかもしれません。」
「そしてイギリス人は砂糖などをイギリスへ持って行き莫大な利益を得る。」
「許しがたいです。」
「なので、私たちは島で奴隷たちを解放しようと思っている。」
「私たちも力を貸しましょう。」
「うむ、解放した奴隷をここまで運ぶには貴国の海軍力が必要なんだ。」
「お任せください。」
西アメリカ国の協力を取り付けた一行は、さっそく作戦を開始した。狙うのはマイアミから近いグランド・バハマ島。おそらく4~500人程度の奴隷が使役されているだろう。この程度の奴隷の管理ならば、駐屯しているイギリス軍は200人程度だろう。各個撃破で全滅させることも可能だし、西アメリカ海軍が解放された奴隷を船に乗せるまで海岸線に展開してイギリスの追撃隊を追い払ってくれる。白い災厄の打倒が国是である西アメリカ国は、場合によってはイギリスとの全面戦争も辞さない覚悟だ。
一行は宵闇に紛れてグランド・バハマ島の沖合で軍艦を停め、小舟に乗って上陸した。新月だったので月明かりはない漆黒の夜だった。虫と鳥の鳴き声以外何も聞こえない。プランテーションらしい施設があったので侵入し、奴隷たちが収容されている小屋を見つけた。窓から中を見るとみんな寝苦しそうに寝ていた。独特の汗の臭いが小屋に充満していた。ラナは窓から身軽に小屋の中へ侵入し、寝ている男を起こして、「シッ!」と口に指を当てた。それから出口を指さし、身振りで「逃げよう」と告げた。混乱している奴隷たちに飴を配り、気を落ち着かせてから脱出した。途中で見張りに気づかれたが、手裏剣で無力化した。奴隷の数は50人ほどだったが、無事に西アメリカ軍が展開している浜辺に連れ出すことができた。奴隷たちは小舟に分乗して沖合の軍艦に保護された。絵会話帳を介して、この島にはまだ5つのプランテーションがあり、それぞれ30~50人の奴隷が収容されているらしいことを聞き出した。紫影たちは二手に分かれて、5つのプランテーションを回り、全員で500人の奴隷を西アメリカ海軍の船に乗せることに成功した。イギリス軍の抵抗は限定的で、無力化したのは15人にも満たなかった。
これからイギリスとかなりバチバチになるんだけど、戦いは物理的な殺し合いだけじゃないんだよ。




