第29話 3点攻略始動
紫影たちがいるのは現在のサンタモニカ付近かな。
ここの住人たちはトングヴァ族という自然と共存している部族です。
「ここは来るのが初めてです。斑鳩様。」
「来てくれてありがとう、粉雪さん。旦那さんは?」
「夫は名古屋港の造船所の見学に行ってます。」
「ここは掟で里の者しか入れないので、申し訳ありませんね。」
「いえ、竜之介の意向は私からお伝えします。」
「北に大規模な調査団を派遣するというお話しですね?」
「はい、陸路はベーリング海沿岸を北上して、アジアの東北の先端を目指します。」
「その計画、かなり危険ですし、時間がかかるでしょう。修正案を申し上げてよろしいか?」
「はい、お願いします。」
「そのアジアの果てですが、ベーリング海を船で行ったほうが速くて安全です。」
「まあ、甘雪の北限の防壁ばかり気にしていたので気づきませんでした。」
「海軍の秘密駆動の船なら、せいぜい1週間の航海となるでしょう。」
「そんなに早く?」
「はい、海軍の秘密駆動の船は帆船の2倍から3倍の速度です。秘密ですけどね。」
「ならば竜之介の案も。」
「はい、竜之介様が考えているよりずっと速く実現可能だと思われます。」
「となると、潜入隊を送り届けたあとで、海軍艇はアリューシャン列島とベーリング海沿岸の調査ができますね。」
「はい、その地域は海軍の兵士に任せることができるでしょう。」
「ご提案ありがとうございます。思っていたより早く計画が進められそうです。」
「それぞれの潜入地に忍びは何人必要だと思いますか?」
「そうですね、いま北米西部を調査中なのが3名ですから、同じく3名ずつでよろしいかと。」
「わかりました。早急に適任者を選抜いたしましょう。」
紫影たちは、アハシトのすすめで集落内に住居を構えることになった。彼らの住居は「キッチ」と呼ばれ、葦や小枝を編んで作られる。教えられたとおりに材料を集め、教えられたとおりにそれを編んで屋根や壁を作る。その手際に村の住人たちは舌を巻いた。
住民たちの生活は狩猟と採集、そして川で魚を捕ることで成り立っていた。忍者たちはそのいずれにおいても並々なりぬ技術を持っており、莫大な収穫を村にもたらした。しかし、アハシトの顔色は今ひとつ晴れない。紫煙は絵会話で事情を聞き出そうとした。どうやら彼らの宗教と関係しているらしい。絵会話はこちらの言いたいことは伝えられるが、相手が絵を描いてくれない限り、相手の思いを伝えることは出来ない。こちらが相手の顔色をうかがいつつ、考えていそうなことを絵で示して、「はい」か「いいえ」で答えてもらうという手のかかる方法を取るしかない。
紫影は根気強く会話を試み、ようやく問題を突き止めた。忍者たちが持ち前の技量で集めてきた食糧は、そもそもこの土地のものであり、人間はそれを分けてもらっているだけだ。それゆえ過度に取り過ぎると土地が怒り、食糧を隠してしまう。事情を知った紫影たちはアハシトと土地の精霊に詫びた。お詫びの仕方はいま教えてもらった。
樺太の金竜旋風の里は、10年前の清・ロシア合同軍との戦争のあとに設立された。それまで北限は蝦夷地だったが、国土の北部領域の軍事的重要性が高まったので、新たに新規の里として活動を始めたのである。粉雪に支部長をという話が来たが、甘雪から引っ越すときに隠居を決めていたので断り、不定期に訪れる顧問として関わっていた。
「本部から4人派遣されて来ることになっています。残り2人の枠は樺太支部から選出するようにと指令を受けました。そこでお二人を選んだのです。オムリーネ、エルニカ、頼みましたよ。」
「はい、粉雪様。私たちはあの戦争のさなかに粉雪様のお導きで樺太の義務学校に入学し、そのあと金竜疾風に入ることになりました。甘雪出身の最初の忍びです。」
「あら、私の娘も甘雪出身で、あなたたちより先に忍びになりましたよ。」
「あ、申し訳ありません。安寿様を忘れるなんて。」
「まああの子は日本人ですからね。でもあなたたちは生粋の甘雪人、誇りあるチュクチの戦士です。今回の潜入はベーリング海を越えた先。そして、ベーリング海の先には、あなたたちの種族のふるさとかもしれない極北の海チュクチ海が広がります。今回、二人は別々に行動してもらいますが、ゆくゆくは合流することになるでしょう。健闘を祈ります。」
2週間ほどで、絵会話の助けもあり、村の住人と忍びたちは相互の言葉をかなり覚え、片言で会話が出来るようになった。村人の中にも絵心がある者がいて、絵会話を上手に使いこなせ、双方のコミュニケーションは格段に改善されたのである。ボンゴはアハシトに聞いて、この界隈で倒して良い獣を教えてもらった。土地に害なす悪しき獣は村の戦士が倒すという決まりがあるのだ。奔吾は奮い立った。絵会話帳を見ると大型の猫のようだった。どのくらい大きいのかと聞くと、村人は2人がかりで手をつなぎ、「このくらい」と示してくれた。8尺から9尺といったところか。奔吾の身体に闘気が宿った。戦いの気迫が青い光となって身体から四方に放たれた、と奔吾は思ったが、それは奔吾の頭の中だけの出来事だった。
「思ったより大きいわね。」岩陰に隠れて見ている紫影が言った。
「あの背丈なら飛影乱舞で倒せるだろう。」万が一に備えて吹き矢を準備する銀天。
「でも、あの爪で空中から引きずり落とされたら。」
「吹き矢は間に合わないかもしれんな。」
低い咆哮とともに獣は空を切った。着地と同時に獲物を串刺しにして地面に固定すべく、鋭い爪は全開で奔吾を狙って振り下ろされた。奔吾はそれとほぼ同時に攻撃を見切って跳躍し、獣と入れ替わるように付近の岩山に着地した。初めての相手なので、安易に飛影乱舞に持ち込むわけにはいかない。獣は爪が空を切った瞬間、狩りの成功を奪われた苛立ちに怒りを燃やした。期待していた流血を見なければ収まらない。獣は少し後ずさりすると、身を低くして次の攻撃に備えた。奔吾は高く跳躍すると防御できない敵の背中を降下とともに踏みつけ、その反動で再び跳んだ。「フギャ」と短い悲鳴を上げて獣は腹ばいのまま潰されたような形になった。起き上がろうとしたその瞬間、今度は奔吾の蹴りが獣の頭部を踏みつけ、その反動で短く跳んだあとでさらに顎に上段前蹴りを食らわす。獣は自分の牙が刺さって口から大量の血を流しながら倒れた。
次回は北方からのルートを攻めるメンバーが揃います。




