第27章 新大陸へ
タイトルに「新大陸へ」と書いたけど、ごめんなさい、嘘でした。その手前までです。
翌年(1661年)からハワイ島に義務教育学校が7つ建てられた。7つの集落にそれぞれひとつ、通えない子どもは学校付属の寄宿舎に住んでもらう。教師はそれぞれ5人ずつにして35名。安寿と鋼火は、顧問として各校を定期訪問して教育の質を担保する。35名の教師は、気候への適応を考慮して、琉球と台湾から集められた。教育学校の卒業生の他にもちろん金竜旋風の忍びが10人混じっている。このハワイを拠点にこの海域の掌握を果たすためである。
天馬はハワイの国歌形成を促す行政顧問として国王に助言を与える仕事に就いた。ハワイ本島は統一したとは言え、隣のマウイ島など、ハワイ国に参加していない島もある。ゆくゆくはこの島嶼地域を統一国家に育てなければならない。天馬は、教師に混じって新たに配属になった金竜旋風の忍びを近隣の島に潜入させ、この地域の統一に向けて静かで目立たずに歩を進めていた。金竜疾風の計画としては、ゆくゆくはこのハワイにも里を設置し、義務無教育で育てた子どもたちの中から新たな忍びを発掘するつもりなのである。日本の版図が広域化することによって、多様な人材が必要になるのを見越してのことだ。
「おまえはもうハワイに未練はないのか、奔吾?」
「ああ、あのマヒマヒって魚、タイマンで倒したからな。7尺はあった。」
「魚相手に水中戦って、おまえもかなりの戦闘狂だな。」
「銀天よ、相手の土俵で戦うことに意味があるんだ。」
「それ、忍びの流儀じゃねえから。」
「俺たち2人には新たな潜入先の指令が来ている。」
「ああ、今度はさらに東、海の向こうのアメリカという大陸だ。」
「デカい熊とかいるかもな。」奔吾はにやりと笑った。
1662年、先遣隊として3人の忍びが北アメリカに派遣されることになった。奔吾、銀天、紫影の3人だ。紫影はバタビア出身で、群青と紅影の娘である。
「よろしくな、紫影。俺は銀天、親は...」
「おっとそこまでだ、銀天。どうせそこから名前の由来とかになりそうだ。」
「いや、そういうつもりは。」
「俺は奔吾、名前の由来は親父の偽名だ。」遮る隙を与えず奔吾が言った。
「くっそ、いじられる前に言っておくが、母は紅影、父は群青、つまり、わかるよな?」
「....」
「おい、金竜疾風の先遣隊、そろそろ出発だ。」海軍士官が呼びに来た。
船は偽装蒸気船ペッタン丸である。命名には反対意見も多かったのだが、国王が是非にと勧めたのでこうなった。まあ、蒸気機関が高速でペッタンペッタンと音を発しているように聞こえなくもないのでふさわしい名前なのかもしれない。偽装するために、通常は船の側面に大きな外輪を付けてそれを回して前進するところを、船倉の船底部に隔離した推進室を設け、そこで6つの内輪が駆動を受け持つ構造なので、安定性と駆動西欧が外輪船より優れており、ハワイからアメリカ西海岸まで1週間程度で到着してしまう。船は大陸沿岸の島の近くに停泊し、一行はとりあえず小島に上陸してそこを仮の基地とし、船から十分な資材と道具をそこへ運んで大陸の探索に備えることにした。
「寝具や食糧や生活必需品も渡されて、ハワイのときとはずいぶん待遇が違うな。」
「あのときは最初からすべて手作りだった。銀天はよく頑張ったな。」
「しかも、おそらく天馬はすべて知っての上だった。くそ、腹が立つぜ。」
「今日は釣りや鳥打ちでもして、のんびりしましょう。ここは季候も良いし。」
「危なそうな獣も見当たらないしな。」
「天馬、きょうもマウイ島に行くの?」
「ああ、ようやくここの言葉もある程度わかるようになったし。」
「1人では行かないでよ。」
「そうだな、俺は大丈夫だけど、指導のために新人を2~3人連れて行こう。」
「私は学校の教材のことで新人の教師たちと意見交換してくる。」
「お互い年長者になるといろいろ大変だな。」
「は?私は天馬よりずいぶん年下だけど?」
「1歳年上で隊長ぶるなと蹴られた覚えが...」
ハワイ本島とマウイ島は10里程度の距離なので、地元の伝統的な双胴船で半日ぐらいで移動できた。細長い船が2つ連結しているので安定性が高く、積載量も多い。マウイ島の集落は3つ。互いに仲が悪く、たまに戦が勃発する。天馬は足繁く通って義務教育を受ける利点を力説しているのだが、天馬の現地語がつたないのもあって、耳を貸してもらえない。こんなとき鋼火の絵会話の助けがあればと思うのだが、鋼火はマウイ島に来る気がさらさらない。すっかり日本語が出来るようになった本島の子どもたちと毎日遊びながら勉強している。安寿も、活動の主軸は本島の教育で、マウイ島へはめったに来ない。つまり2人とも政治にはまるで関心がないようだ。
「なあ、マウイの首長よ、義務教育はタダだし、給食も付くんだぞ。読み書き計算が出来るようになって8年間もタダで昼飯だ。こんな得なことはないだろ?」
「いや、読み書き計算はマウイにはいらない。魚と獣が捕れれば良い。」
「でも捕った魚を売るときに数をごまかされなくなるぞ。」
「捕った魚はマウイの民みんなで食べる。よそに売らないから騙されない。」
「本島の奴らはそのうち交易で金を稼げるようになるぞ。置いて行かれるぞ。」
「金などいらない。あっても邪魔だ。使う場所がない。」
「わかった。きょうのところは帰る。また来るよ。ところで何か欲しいものはないか?」
「娘の婿。」
「は?何だって?」
「娘の婿が欲しい。強い男。強い息子の父親になる男。」
「うーむ、えーと、悪い、思いつかない。また来る。」
(危ねー、あやうく奔吾って言いそうになったわ。)
「ヘックション!」
「お、どうした奔吾、珍しいな、風邪か?」
「いや、突然背中に寒気が。」
奔吾はグリズリーと戦うのか?
いや、さすがにやめとけ。




