第19章 信長丸発進、清の策動
清に怪しげな動きが
造船所
「なあ所長、外洋船はどんな仕上がりだ?」
「信高様、お久しぶりです。仕上がりは上々ですよ。あちらに停泊していますからご案内しましょう。」
「おお、これか。なかなかに威風堂々じゃ。」
「これが外洋船第1号でございます。どういう名前にしましょうか?」
「うむ、そうじゃのう。われらが太祖にちなんで信長丸、これにしよう。」
「すばらしきお名前、かならずや大海の覇者となることでしょう。」
「で、さきほど第1号と言ったが、第2号以下もできているのか?」
「第2号以下も現在4隻が進水可能です。」
「うむ、日本全国で20隻ぐらい欲しいの。」
「船団を組んでどこかへ遠征ですか?」
「うむ、太平洋の向こう側じゃな。スペインの血脈、メキシコをこの目で見たい。」
「この目で、でございますか?それはやめてください。国王を海に沈めて死なせる国は聞いたことがありません。」
「たしかにそうじゃのう。」
「そもそもいきなり太平洋横断は無理でございます。日本には外洋航海の経験がございません。」
「なるほど。それではオランダ人の船長と航海士を雇って、日本海軍の将兵に外洋航海の技術や知識を授けてもらおう。」
清が建国して以来、清とロシアは国境をめぐって何度か小競り合いを繰り返していた。かつてこの地に傭兵として暮らしていた日本人侍の子孫たちは、帰国する者、現地に溶け込んで新しい商売を始める者が増え、傭兵隊として成り立たなくなっていた。この地で日本人が果たすべき役割はもうなくなった。
「なあ、忍風、俺の中国語、大丈夫かな?外国人だとばれないかな?」
「ばれても日本人だと特定されるわけじゃないじゃん。心配なら朝鮮から来たって言っておきなよ。昔天竺でイギリスの秘密書類を発見した鋼音という先輩は朝鮮人の小梅として活動していたそうだよ。」
「なるほど、なら俺は甘雪人ってことにするかな。」
「やめときな、犬蔵。あそこは警戒されるから。」
「それにしてもこのでっかい国で潜入してるのが俺たちだけってやばくないか?」
「清は大きいから、他の町にも金竜旋風はしっかり潜入している。この黒竜江地域が私たちの担当なのよ。」
「それにしても夫婦の薬屋か。なんかぞくぞくするな。俺、その気になっちゃうかも。」
「バカ、ふざけんな。変な気を起こしたら大事なものを切り落とすからな。」
「ねえ竜之介、本当に良いの?まだ6歳と7歳なのよ。」
「ああ、だからこそだ。樺太のおまえの親戚に託して日本の義務教育を受けさせる。」
「私たちは子どもたちと離れてこのままこの国に居続けるのね?」
「離れてと言っても、甘雪と樺太は近い。いつでも会いに行けるし、子どもたちも長期の休暇には帰ってくる。」
「そうね。私もあなたも、生まれは樺太と中国だけど、はっぱり日本人だし、子どもたちにも立派な日本人になってもらいましょう。」
造船所
「さて、来月から外洋船の講習が始まるわけだが、外国語学校からはまだ返事が来てないな。」
「所長、来ましたよ、オランダ語通訳。」
「へっへっへ、こんにちは、所長さん、群青と申します。よろしく。」
「おう、待ってたよ。外国語学校からなかなか返事が来なくてね。」
「いやなんか別口から俺に声がかかったもんで。大丈夫、しっかり務めます。」
「おい忍風、聞き込みは順調か?」
「ええ、ずいぶんとお得意さんが増えたわ。みんな親切ね。きょうなんて饅頭もらっちゃった。」
「そうか。俺のほうはいまいちだな。やっぱ女のほうが歓迎されるのかね。忍風は、その、好かれる顔をしているしな。」
「そこはあんた、その減らず口を最大限利用してがんばりな。薬屋の売れ行きも順調なので、酒場や賭場に行ってネタを拾って来なよ。そこは男の出番だろ。」
「わかった。行ってくるよ。」
「遊びに行くんじゃないからね。きれいどころに鼻伸ばすんじゃないよ。」
「勇猛なる日本海軍の諸君、私は船長のマールテン・ファン・デア・フリート、こちらは航海士のルート・デ・ハーンだ。お目にかかれて光栄だ。」
「カピテン・ファン・デア・フリート、われら日本海軍200名、心して訓練に励みます。」
「よろしい。われわれはこれから名古屋港を出港してマニラに寄港し、それから東へ舵を切って赤道付近の島嶼地帯を探索する。具体的な指示は現地で出すが、座礁にだけは気をつけるように。外洋船は喫水線が長い。必要に応じて水深調査を行い、島への上陸にはボートを使うことになる。あの界隈にはわれわれオランダ人にも未踏の島がある。現地で指示を出すが、今回は訓練だ、無謀な上陸は避けてもらう。」
餅つきの掛け合い漫才の提案は通った。通ったのは良いのだが、言い出しっぺが演者を務めるという話になった。元国王なのにそんなことができるかと信吉は抵抗したが、関西の芸人は人を乗せるのが上手く、信吉は相方の女芸人と餅つき漫才をすることになった。
「言葉は関西に寄せなくてもかまわんのだな?」
「はい、それはもうご自由になさってください。ご隠居様には才能が感じられますさかい。」
「よろしゅうお願いします。京都で芸妓を15年務めました梅子と申します。歌と踊りは歴が長うございますが、漫才は初めてです。せいぜい笑いが取れるよう精進いたします。」
「なあ忍風、この頃ロシア人がよく町で見受けられるようだぜ。酒場の客が言ってた。連中は目立つからな。」
「薬屋のお客さんも言ってたよ。肉屋さんには大量の豚肉と羊肉を買いに来てたって。言葉が喋れないから、紙に豚肉10斤、羊肉10斤って書いてあるのを見せられたとか。」
「はあ、どんだけ食うんだよ!」
「それだけたくさんのロシア人がこの町に入り込んでいる。いつのまに清とそんなに仲良しになったのかしら?」
「ロシアの情勢をもっと調査しないといけないな。でもロシアに潜入するのはほぼ不可能だ。言葉もできないし、何より外見が違いすぎる。」
「北京の仲間に聞いてみよう。あいつらは清の中枢部がどんな動きをしているのか、ある程度は把握しているはずだ。」
「そうね、情報共有しましょう。清の中枢には、前の都の瀋陽と新都北京に仲間がいるわ。瀋陽を中継点にすれば伝書鳩も飛べる。」
「風が強まってきたな。よーし、操帆手, 縮帆だ、帆を畳め!同舵手、船首逆風だ!風に逆らう方向を保て!」
「ヤー、カピテン!」
「あと数日でグアム島か。あそこは港があるから寄港しよう。寄港は日本海軍に任せる。波や風が収まればそれほど難しくもないだろう。」
「きょうは娘の誕生日だ。嫁によく似てべっぴんになってきたなあ。」
「おまえさん、村の衆に餅を振る舞わないとね。」
「そうだなあ、それじゃあ餅つき始めるか!それきたぺったん!」
「そらよっ!」ぺったん。(ほいさ) ぺったん。
「それにしても何だなあ、餅を見ると、白くてモチモチで、へへっ。」
「おまえさん、顔がにやけてきたよ。」
「おっと、つい(ぺったん)夜の(ぺったん)お楽しみを(ぺったん)考えてしまってよ(ぺったん)。」
「あら、やだよう、おまえさんてば、助平だねえ!」
「だって毎日とろろを(ぺったん)食わされてるから(ぺったん)たまりすぎてたまらん!」
「は?何言ってるんんだい、おまえさん、たまるのかたまらないのか、はっきりしな!」
「うーん、もっとたまらんように(ぺったん)ためるには(ぺったん)、牡丹じゃな。」
「牡丹のようないい女だって、おまえさん、良い目をしてるじゃないか」
「鍋にするまでが(ぺったん)一苦労じゃがの(ぺったん)。皮に硬い毛が(ぺったん)ごっそり生えていて(ぺったん)それをひんむくのが(ぺったん)大仕事じゃ。」
「何だって?あたしゃそんなに毛深くないわ。見てみるか?」(着物をはしょる仕草)
「おい、こら、やめとけ。おまえの牡丹は俺だけのもの。」
「もうええわ!さっさと餅を丸めな!」
元国王がお下品な漫才、大丈夫なの?




