第16章 敵基地、燃えました
敵の前線基地を空爆?
最も足が速い凍吉がハバロフスクへ走り、現状報告をした。ハバロフスクから樺太の基地へは川下りのカヌーと河口からの伝書鳩を使い、情報は常に正確に日本軍の中枢へと送られる仕組みになっていた。粉雪たちが確保した小屋が当面の前線基地となり、土塁と防柵で強化された。ここを当面の拠点としてさらに上流にいる敵を叩く。ハバロフスクから下流は、左岸からの攻撃に弱いが、今のところ敵は確認されていない。アムール川をずっと上った先に敵の本体がいると考えて間違いがないだろう。
竜之介たちが傭兵として使えている金王朝のハルビン支部に、金竜疾風の使者が訪れていた。銀河、蔵王、美月、京香である。ルーシエ部隊との遭遇を避け、右岸を回り込むようにして黒竜江を経てハルビンにやってきた。訪問の目的はルーシエの膨張と悪行について金の武官に警告することだった。ルーシエがあたかもアムール川流域が自国の領土でもあるかのように「ヤサーク」という税を徴収している事実は、金王朝にとっても威信に関わる問題であり、大きな経済的損害にもなり得る。日本がこのことを問題視しており、アムール川流域住民の生活と安全を守りたいという意思を持っているという情報は、金王朝にとって吉報であり、全面的な支持を表明した。忍びたちは伝書鳩でこのことをハバロフスクに伝えた。
「よお、日本のお侍。俺は日本の尾張から来た銀河だ。詳しくは言えんが国の組織の者だ。」
「詳しくは言えんとか自分から言ってどうするの!」美月が手の平をつねった。
「ああ、俺は黒川竜之介。日本人だ、と言いたいところだが、生まれはこっち。父と母と祖父は日本人だが、祖母は中国人だ。」
「私たちはルーシエとやり合うことになって、そのことを金に伝えに来たの。」
「そうか、あいつら1度見たけど、鬼みたいだったな。」
「図体が大きいだけでふつうの人間だからどうってことないぜ。」蔵王が竜之介に飴を勧めながらぽつりと言った。
「ところでお侍さん、侍ならば剣術はすごいんだろう?」銀河が挑発的な目で言った。
「どうだろうな?最近はもっぱらこっちだ。」竜之介は鉄砲を構えて見せた。
「へえ、そうかい。手合わせをしたかったな。」銀河は忍刀を握って前に突き出した。
「悪いな。子どものときしか木剣を握ったことがないんだ。」
「あんた、いい加減にしなっ!」美月がくないを銀河の左手の親指と人差し指の間に突き刺した。「なんでそんなガキみたいな態度に出るかね?そういうところよ、銀河!」
銀河は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げ、頭を掻いた。
金竜疾風の報告を聞いた金王朝は、アムール川を南下してくるロシアに危機感を抱き、ジャムスと呼ばれる地に砦を築き、船で南下するロシア兵を迎え撃つことにした。粉雪たちは、ジャムスから出撃する竜之介や銀河たちと協力して、ハバロフスクとジャムスの間で孤立するロシア軍を挟み撃ちにする作戦を立てた。ハバロフスクとジャムスの距離は約100里弱。ただし、アムール川の支流が複雑に流れ、巨大な中州が点在しているため、地形は極めて入り組んでいる。この地域では川幅が広がる箇所と狭まる箇所が交互に現れ、湿地や低地が形成されていることで、自然の障壁や隠れ家が豊富にある。敵にとっても味方にとっても急襲に有利で防御に不利だ。川の流れが急になる場所もあるため、船の移動だけで敵地へ接近するのも難しい。地形や地理の把握は活命訓練をこなした金竜疾風にとって得意分野だが、敵にとっては既知、自分たちにとっては未知の土地であるため、慎重に取り組まなければならない。とはいえ、金竜疾風の忍びが10人もいる。手分けして位置情報を収集し、近距離の伝書鳩で迅速に共有された。攻撃部隊は、ジャムス川が忍び4名と竜之介以下の侍衆10名、ハバロフスク川は粉雪を筆頭に忍び6名、現地の精鋭10名、合計30名だ。
敵の基地は撫遠三角洲と呼ばれる巨大な中州にあった。規模から見て100人はいるだろう。前回のように煙玉で急襲というわけにはいかない。粉雪が指笛を吹いた。すると、上空から巨大な鳥が降りてきて粉雪に向かって首をかしげた。
「なんだ、こいつは?」寒蔵は少し怯えて鳥を見た。
「怪我をしていたのを拾って手なずけたの。オジロワシで名前はエラドだよ。スペイン語でアイスのこと。」
「おまえ、いろいろたくましすぎるな。」
「まず銀河たちに最終連絡しないとね。」エラドが物欲しそうに見る中、粉雪はかごから鳩を出し、手紙を書いて筒に入れて放った。
「で、どういう作戦で行くんだ?」
「ジャムス勢は敵基地後方5町に展開、私たちもそのくらいの距離ね。そこから総攻撃を仕掛けたら、鉄砲隊の的になってしまう。だけど今回の作戦でも戦死者は出さないわよ。敵兵が基地から逃げ出してきたところを前後から挟み撃ち、これで勝てる。」
「敵はなぜ逃げ出すんだ?」
「ふふふ、そこでエラドちゃんの出番よ。エラドちゃんに上空からこれを落としてもらうの。よく燃えるわよ。」
「なんだ、それは?」
「粘着火薬よ。中に燧が仕込んであって、ぶつかるとドカーン!飴作りで覚えた粘着剤で包んであるから、ぶつかって跳ね返るとかもない。確実にその場でドカーン!木でこしらえたあんな基地はあっという間に大火事ね。で、慌てふためいた逃げ出した敵を始末する。ジャムス勢には、爆発音が聞こえたら前進して攻撃準備と伝えたわ。」
「鬼だな。」
粉雪はエラドに粘着火薬を託して、指笛で指示を出した。しばらくして爆発音が聞こえた。「行くわよ!」金竜疾風を先頭に全員が基地に向かって走った。爆発は思ったよりも大きかったようで、基地は全壊していた。火傷したロシア兵隊が逃げ出していたが、抵抗する者は少なく、あっという間に鎮圧された。
「降伏した兵は拘束しなさい。でも火傷の手当はしてあげてね。」
ハバロフスクの陣地に戻った一行は、残って守りを固めていた村人たちに歓声を持って迎えられた。
「さて、これからだけど。」粉雪は村人たちの前に立った。
「私たち日本人はこの地を去ります。皆さんが今後どうするかは皆さん自身で決めてください。日本人がこれ以上大がかりに関与すると、まるで日本がこの地を占領しているように見えるでしょう。私たちはそれを避けたい。ロシアはとりあえず去りました。でも、もっと北を迂回して南下するかもしれません。金は中国全土を支配するでしょう。この地も支配したがると思います。幸い、アムール川河口からこのハバロフスクまでは、住民の意思も固まり、1つの国にまとまることも可能になりました。もう少し南下すると海があります。日本海といって日本に渡ることができる海です。その沿岸にウラジオストックという湾になっている場所があります。そこには魚を捕って暮らしている人々が住んでいます。1度訪れて、話をしてみてください。」
「自分たちの国が欲しい。」村人の1人が立ち上がって言った。それに続いて次々に立ち上がって声を上げた。
「では相談役として私はここに残りますね。」粉雪が言うと大歓声が上がった。
「というわけで」と粉雪は仲間たちのほうを向いて言った。「ここでお別れね。隠居したら遊びにおいで。いろいろお菓子を研究して待っているから。」
なんか粉雪ちゃん、いい人過ぎて




