第1章 青水が来た
信長が80歳まで天寿を全うして天下統一の後で国王になり、その子孫が代々日本国王として楽しい日本を作って行く物語です。まだ完結していませんが、かなり長くなる予定です。
「信長、おい起きろ、ノーブーナーガー!おまえヤバイぞ、起きろ!」
信長は飛び起きて脇差しを握った。「何奴か!くせ者か、あやかしか!」
「まあ落ち着けって、とりあえず声は聞こえるな?声しか飛ばしていないから、俺の姿を探しても無駄だよ。あんたの時代に生身を晒したら命がいくつあっても足りないからな。」
信長は周りを見渡して誰の気配も感じないので、ひとまず脇差しを鞘に収めた。
「おまえさ、さっきも言ったけど、ヤバイよ」
「やばいとは何か?貴様の言葉は奇天烈で意味がわからん。バテレンの言葉か?」
「ああ、すまん、ヤバイというのは危ないってことだ。おまえ、このままだと長生きできないよ。殺されるよ。」
「戦国の世じゃ、武士であるからには、命を取られる覚悟は誰もが持っておる。」
「まあそうだけどさ、できることならやりかけたことはやりとげてから満足してあの世に行きたいだろう?」
信長はこの不条理な状況にそれほど動じた様子もなく、答えを考えているようだった。
「そこで提案なんだけど、これからたまにこうやって声かけに来るからさ、俺の言うことを信じて、アドバイスを受け入れてくれよ。」
「あどばいすとは何か?またもやバテレンの言葉か?」
「あ。ごめんごめん、提案というか助言というか、こうしたほうが良いよという進言かな。」
「まあその内容による。話は聞く。」
「良かった。ではまたいつか来るよ。」
天文18年(1549年)、那古野城に出入りの御用商人が堺の商人を伴って訪れた。南蛮渡来の珍しい品を持ってきたと言う。堺の商人は茶人のような出で立ちで、温和な笑顔ながらも立ち振る舞いは機敏で、武芸のたしなみもあるように思われた。
「信秀様、信長様、堺の茶屋四郎次郎と申す商人でございます。以後お見知りおきを。今日は南蛮渡来の珍しい武器、鉄砲をお持ちいたしました。6年前に種子島に漂着した南蛮人が持ち込んだものが、今では日の本でも作られるようになったのでございます。さっそくその威力をご覧にいれましょう。どこか広い場所に的を用意してください。」
一行は城内の広場に出ると、家臣に的の設営を命じ、射撃の実演が行われることになった。茶屋四郎次郎は、片膝をついて鉄砲の銃身に火薬と弾を詰め、細い棒で押し込んだ。次に鉄砲を横に持って再び火薬を火皿に乗せ、そこに短い縄を取り付けた。先に用意していた種火から火をこの縄に移すと、茶屋四郎次郎は鉄砲を構え片目をつぶって的を狙い引き金を引いた。耳をつんざくかと思われる爆音とともに弾丸が発射され、端の部分を貫いて破壊した。これは確かに弓矢より破壊力がある。
「真ん中を外してしまいました。まあ商人ですからそこはご愛敬ということで」。信長が駆け寄り、「わしも撃ってみたいぞ、それを貸せ」と迫った。「もちろんでございます。それでは使い方をご伝授いたしましょう。」覚えの早い信長は、すぐに使い方を覚え、さっそく城内の松の木をめがけて引き金を引いた。弾丸は大きく外れ、石灯籠にぶつかり、跳弾となって出入りの商人の近くに落下した。
「おお、すまぬ、危ない目に遭わせてしまった。それにしてもこれは恐ろしい武器じゃのお。こんなものをたんまり仕入れている大名がおるのか?」
「いえ、弓と比べまして使い方が面倒ですし、値も張りますゆえ、それほど出てはおりません」。
「よし、とりあえず30丁用意せよ。父上、よろしゅうございますな?」信長は有無を言わせぬ眼力で信秀の了承を取り付けた。
その夜。
「おーい、信長、久しぶりだな、俺だ、俺。」
「おお、バテレンもどきか、久しいの。」
「おまえ、今日良いもの仕入れただろう。」
「おお、鉄砲といってな、バーンと撃ったら木っ端みじんよ。」
「それを大量に入手できれば天下なんてあっという間におまえのものになるぞ。」
「うむ、わしもそう思う。じゃがそう簡単に手に入るものでもあるまい」
「ここで俺のアドバイスだ。鉄砲を作るためには鉄と硝石が必要となる。鉄はこの国ではあまり産出されないので、外国から輸入するしかない。硝石も輸入に頼ることになるな。日本では簡単に手に入らない。だが方法がないわけじゃない。信長よ、コウモリを知っているか?」
「アドバイスか、そのバテレン語、覚えたぞ。で、コウモリじゃな?洞窟などにいる鳥もどきの獣じゃ。やつら集団でパサパサと飛びよるが、別に人畜無害じゃの。」
「そのコウモリがたくさんいる洞窟を見つけることだ。できるだけたくさんな。領内にお触れを出し、コウモリの洞窟を発見したものには褒美を取らせるとやれば、そこそこ見つかるだろう。」
「ほう、それでどうするのじゃ?」信長は興味津々で目を輝かせた。
「ここからは少し複雑なので、紙に書いておいたほうが良いな。そして書いた紙は重要機密として厳重に保管するんだ。準備はできたか?」
信長は和紙と筆を取りだして、墨をすって文机の前に座った。筆を握る指に力がこもっている。
「ひとつ:コウモリの糞を集める。これが硝石の材料になる。できるだけたくさん集める。
ふたつ:糞を十分に乾燥させて、湿気を取り除く。
みっつ:乾燥した糞を水に溶かし、数週間から数ヶ月間、発酵させる。発光すると微生物の働きで硝石の元が作られる。
よっつ:発酵して硝石を含んだ水を濾過する。これによってゴミや余分な物質を取り除く。
いつつ:残った硝石水を乾燥させて、固体の硝石を精製する。どうだ、書き留めたか?」
「おお、おお、これはすごい。領土が増えたら、もっともっとコウモリの糞を集められそうじゃ。この製法は門外不出の織田家の宝としようぞ。感謝するぞ、バテレンもどき!」
「あのなあ、バテレンもどきじゃねえっての。そうだな、名を名乗っていなかったな。本名を名乗る必要もねえし、そうだな青水とでも呼んでくれ。覚えやすいだろ。青は、飲んだり食ったりしたくない色だから、まあ食えない奴ってことで。さて硝石だけじゃ火薬は作れないぞ。他に木炭と硫黄が必要だ。これは簡単に手に入るだろう?どの割合で混ぜると効果的かは、現場の職人に試行錯誤させるんだな。実は俺もよくわからん。今の知識はマンガの受け売りだからな。」
「マンガノウケウリ?」
「おっと、気にするな。問題はない。いや、説明するとむしろ問題になる。それより、これで火薬は確保できたとして、次は鉄だな。これは単純な裏技で解決できる問題ではない。場合によっては戦も辞さない覚悟で臨まないと手に入らない。」
信長は居住まいを正してこちらを向き、「もとよりその覚悟じゃ。」と力強く答えた。
「ではまず準備から始めよう。信長よ、たたらという言葉を知っておるか?」
「うむ、鉄を作る技術じゃな。尾張にも職人はおるが、鎌や鍬の材料になる程度しか鉄は作られておらん。」
「そこでだ、信長の配下にも忍びはおるだろう?そいつらを出雲、備中、石見に送り込み、たたら職人とその家族を拉致させるんだ。拉致して尾張に連れてくる。連れてきたら法外な待遇で懐柔だな。住まいを与え、注文通りの工房も建てる。石高も与えれば、すぐに忠臣になるだろう。これで材料さえ揃えば鉄の量産にめどが付くぞ。」
「ふむ、たたら職人を拉致か、大胆なことを思いつくの。たしかに、そうすれば職人を失った大名はさぞかし困ることだろうて。」
「次に鉄鉱石だが、これは南蛮貿易で入手できるが、高い。堺の商人が中抜きするからな。鉄鉱石は日本国内ではほぼ産出しないので外国から輸入することになるが、おそらく一番簡単で安く手に入るのは、朝鮮からだ。朝鮮と交易関係にあるのは対馬の宗氏だ。信長は対馬や壱岐に行ったことはないだろうな。福岡の北端から150キロメートルぐらい離れているんだが、おまえにこの数字はわからんよな、キロメートルとか言っても。まあ、そうだな、船で半日以上かかる遠い島だ。この島を治める宗氏と仲良くなれば、朝鮮の鉄鉱石が手に入る。」
「ふむ、ではさっそく間者を対馬に送って調査させよう。」
「宗氏が朝鮮から得た品物は、大内、毛利、島津、大友などの西国大名に流れているらしい。その物流の流れも調べると良いと思うぞ。戦に勝つには情報が命だから、忍の組織をもっと強化したらどうだ?あ、そうだ、言うの忘れてたけど、おまえ結婚したらしいな。ヒューヒュー!めでてえな。ついでに言っておくけど、おまえの親父、3年後に死ぬぞ。おまえが家督を継ぐ。がんばって子作りに励めよ。じゃあな、また来るわ。」
信長の顔色が赤くなって、次に白くなった。