9 レオンとデート②
準備をして玄関前に向かうと、普段の騎士姿ではない、遠乗り用の軽装姿のレオンが立っていた。その姿に、私は思わず足を止めてしまう。
軽快さと動きやすさを兼ね備えたその装いは、レオンのたくましく、しなやかな体型を際立たせていた。いつもの威厳ある騎士姿も素敵だけど、この軽装はスタイリッシュな印象を与え、また違った魅力を感じさせた。
(レオンってば、何を着てもかっこいいな……ずるい)
攻略対象という設定を抜きにしても、レオンは本当にかっこいい。なにを着ても、なにをしても絵になる。
レオンの姿を見て固まる私を不審に思ったのか、レオンが私の傍にきてそっと顔をのぞき込んだ。不意にレオンの低い声が耳に届く。
「クロエ?」
優しい瞳が近くで私を見つめていて、思わず息を飲む。
「どうした?やっぱり具合が……」
のぞきこまれたことで距離が近くなり、顔が赤くなってしまう。でも、レオンに心配をかけたくないし……と、思考がぐるぐるする。
「大丈夫……!お兄様が……あまりにも素敵で……」
結局、咄嗟に出た言葉は、思ってたことがそのまま言葉に出ただけだった。あまりの恥ずかしさに視線を泳がせる。
しかし、レオンはというと、一瞬瞳が驚きに見開かれたと思うと、顔をほころばせて笑った。
「お前にそう言われるのは嬉しいな。でも、クロエのほうが眩しいくらい可愛いぞ。髪型も、この服も……すごく似合ってる。正直、見惚れてしまったよ」
レオンがそっと私の髪を撫でる。その指先に触れられる感覚に、さらに胸が熱くなるのを感じる。
(もう……心臓がもたない……!)
そもそもここは屋敷の玄関前。よく考えたら後ろにはまだ使用人たちが控えていて、私たちの様子を微笑ましいものを見るような表情で見守っていた。
あまりの恥ずかしさに、とにかく早く出発したくて、私はあわててレオンに声をかける。
「お……お兄様、準備はばっちりなので、早く出発しましょう!」
「そうだな。じゃあ、行こうか」
レオンは私の手を取ると、馬がいる方向へ歩き出した。
そうして使用人たちに見送られ、私たちは出発した。
◇ ◇ ◇
屋敷の近くに広がる森を抜け、丘の上を目指して馬を進める。そこはレオンお気に入りの場所らしい。
馬に揺られながら、レオンと他愛のない会話を交わす。木漏れ日が心地よく降り注ぎ、風の音と馬の足音が心を穏やかにしてくれる。けれど、背中に感じるレオンのぬくもりが気になって、どうしても意識がそちらに向いてしまう。
ふと、レオンの手が私の腰を軽く引き寄せる。突然の密着感に驚いて声を上げた。
「おっ、お兄様!?」
「そんなに体を固くしていたら、帰る頃には筋肉痛になるぞ。もっと楽にして、俺にもたれればいい」
(いえいえ……それができないから困ってるんです!)
心の中で反論するものの、レオンの腕はしっかりとしたままで動じる気配がない。観念してそっと彼に体を預けると、レオンは満足そうに微笑んだ。
そうしてしばらくレオンのぬくもりを感じながら森の中を進むと、ようやく視界が開けた場所にたどり着いた。
「わぁ……!」
どこまでも続く緑の大地、その先に広がるきらめく湖。陽の光を浴びて湖面が宝石のように輝き、風に揺れる草花が一面に広がるその光景は、まるで絵本の中の世界のようだった。
「どうだ?気に入ったか?」
「ええ、とっても素敵な場所……!」
レオンの手を借りて馬から降りた。
風に揺れる花々の中に一歩足を踏み入れ、美しい景色に心を奪われていると、背後にレオンが近づく気配を感じた。
「帽子が飛ばされそうだ」
そう言って、そっと私の帽子を押さえてくれた。
「ありがとう……お兄様」
お礼を伝えると、レオンは微笑みながら私の顔にかかった髪をそっと耳にかけてくれた。その仕草で距離がぐっと縮まり、互いの息遣いが感じられるほどの近さになる。
「お……お兄様。少し近い気が……」
不意の距離感に戸惑い、思わず視線を逸らす。すると、レオンが小さく笑った。
「そうか?これぐらい普通だろう」
これが普通?
たしかに転生前の私は一人っ子だったので、兄妹の距離感がわからない。だけど、どう考えてもこれは兄妹としての距離感を越えているような気がする。
とにかく近すぎる距離に、自分の頬が熱を帯びてくるのは止められなかった。
「今日は赤くなってばかりだな、クロエ」
レオンが、まるで愛おしむように私の頬を軽く撫でた。その動きは優しくて、逃げる隙を与えてくれない。
「クロエ……そういう顔は男を誘っているように見えるから、俺以外の前ではするな」
「え!? そんなつもりじゃ……!」
慌てて否定したあと、レオンから離れようと一歩後ろへ下がる。だけど私の動きよりもレオンのほうが素早くて、するりと伸ばされた腕に抱き寄せられてしまった。
距離がさらに近くなり、全身で温もりまで感じるようになり、いよいよ鼓動が早くなる。
「からかってるんじゃない。本心だ……」
レオンの低い声が耳元に響く。
(本心?どういうこと……?)
思わずレオンを見上げる。吸い込まれるような彼の瞳を見つめた次の瞬間、頬に柔らかな感触が触れるのを感じた。
「……!?」
――キスされた!?
驚いてレオンを見ると、彼は悪戯っぽく微笑んでいた。
「これはただの挨拶だぞ。以前はよくしていたんだ」
(嘘だ!絶対嘘……!)
――と、思ったけど。この兄妹の仲の良さなら、本当なのかもしれない。
もうなにが真実かわからない。
ただ、わかるのは、こんなことをされても私は嫌じゃないということ。
むしろ、もっとしてほしいなんて……。
(ダメダメ!レオンは兄!私たちは兄妹なのよ……!)
固まって考え込んでいると、私が逃げないと思ったのか。レオンは私を抱き寄せたまま、花畑の柔らかな草の上に腰を下ろした。
色とりどりの花々が風に揺れ、甘い香りが辺り一面に広がっている。視線を少し上げると、レオンの穏やかな横顔が目に入る。胸の奥がじんわりと熱を帯びるのを感じた。
「ここから見る夕焼けがとても綺麗なんだ。日が沈むまでもう少し時間がある。しばらくこうして景色を楽しもう」
そう言われたまま抱き寄せられた体勢でいる。このままで、ということ?
なんとなくレオンの残念そうな顔は見たくなくて、離れてほしいとは言い出せない。でも視線で「本当にこのままで?」と訴えてみると、レオンは黙って微笑みを返してくれた。それは「もちろん」と答えているように見えた。
(レオンにとっては、可愛い義妹を思いっきり甘やかしてるだけ。私一人で意識してても仕方ないのよね……)
私は観念して、そのままの体勢で景色を楽しむことにした。
レオンと一緒に過ごす時間が増えるにつれ、単純に「かっこいい」と思うだけで胸が高鳴るのではなく、彼の人となりを知ることで、別の意味で心を揺さぶられることが多くなってきた。
結局、レオンの笑顔を守るための行動が、私たちの距離を近くしていっているのを感じている。
だけどあくまで私たちは兄妹なのだ。それだけは忘れてはいけない。
陽が西へ傾き、辺りが茜色に染まるまで、レオンと私は丘の上から広がる美しい景色を静かに見渡していた。