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7 剣術大会②

 試合が始まった。次々と騎士たちが剣を交えるたび、観客の歓声が沸き起こり、会場は一気に熱気に包まれていた。

 レオンはシード枠のため、出場はもう少し先のようで、私の隣で一緒に試合を観戦している。


(それにしても暑いな……)


 今日は雲ひとつない快晴だ。真夏ほどではないけれど、野外の会場は日差しが直撃し、じっとしていても汗がにじむほど暑い。観客たちの熱気も相まって、頭が少しぼんやりしてきた。

 マリアが気を利かせて日傘を差してくれているけど、彼女も少し汗ばんでいるのがわかる。


「マリアも一緒に傘に入りましょう。この日差しじゃ、あなたも参ってしまうわ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 マリアは控えめに首を振る。使用人として、主人と同じ傘に入るのは気が引けるのかもしれない。

 でも、このままでは彼女も倒れてしまいそうで心配になる。何か冷たい飲み物でも買いに行こうかと考えたとき、いつの間にか席を離れていたレオンが戻ってきた。

 彼の手には冷たい飲み物が握られている。


「ほら、これで冷やすといい」


 そう言うと、持っていた飲み物をそっと私の頬に押し当ててきた。ひんやりとした感触が心地よくて、思わず目を閉じて、ふうっとひと息ついてしまう。


「……気持ちいいか?」


 レオンの声が耳元で囁くように聞こえた。慌てて目を開けると、レオンの顔がすぐ目の前にあった。レオンは私の様子を見て、微笑んでいた。


「お、お兄様……!?」


 私は距離の近さに思わず顔が熱くなり、戸惑っていると、レオンの手が私の頭に移動し、ポンと軽くひと撫でして離れた。レオンはそのまま振り返り、マリアにも冷たい飲み物を差し出す。


「お前も飲んでおけ」

「ありがとうございます、レオン様」


 マリアが嬉しそうに微笑みながら受け取るのを見届けたレオンは、再び私の方を見て満足そうに頷いた。

 ふと耳を澄ますと、周囲からざわざわとした声が聞こえる。視線を感じて振り向けば、観客席の人々がこちらを注目しているのがわかった。


「レオン様があんなに甲斐甲斐しく……!」

「いつもは冷静でクールな騎士なのに、義妹の前では全然違うんだな……」


 視線を一身に浴びていることに気づき、私は一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。

 しかし、レオン本人は全く気にしていない様子で、いつも通りの落ち着いた表情だ。


(レオンって、鋼のメンタルでも持ってるのかな……ゲームでもこんな感じで、周りを全然気にしないタイプだった気がするけど……)


 周囲の視線は一切無視なのに、私の視線には気づくレオン。私と目が合うと柔らかく微笑んでくれた。その表情を見た瞬間、なんだか胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。ゲームの中では一度も見ることができなかった、幸せそうな笑顔――。


(この笑顔を守りたい……ゲームではこんな表情、見たことなかったもの)


 私は心の中でそっと誓う。どんな困難が待っていようとも、この笑顔だけは絶対に失わせない、と――。


 ◇ ◇ ◇


 激しく剣がぶつかり合う音に、観客の歓声が交わる。

 迫力ある試合が次々と行われるたびに、私はつい前のめりになって応援してしまう。


(だって、剣での戦いなんて初めて見るからつい……)


 先にレオンに「記憶を失ってから考え方が変わった」と伝えておいて良かったと思う。これではクロエになりきれていないどころか、令嬢としての振る舞いすら怪しいかも。


 心の中で反省していると、ふと横から視線を感じる。視線を確認すると、レオンが微笑みながらこちらを見ていた。


「お兄様?」

「いや、楽しそうだなと思って。記憶を失ってからお前は本当に変わったようだ」


 レオンの言葉にドキリとする。


「正直なところ、こんなに楽しそうなお前を見るのは久しぶりな気がする。大人になってからのお前は、どこかすべてに冷めたような感じだったから……」


 冷めた様子。以前のクロエは凝り性だったというけど……、もしかしたら、本気で夢中になれるものはなかったのかもしれない。


(あれ、でも……たしか占い……)


「占いにはまったときだけは、楽しそうだった。でも……それも俺が無理やり奪ってしまった。怪しいとはいえ、そこまで強引にやる必要はなかったのかもしれない……」


 レオンは後悔をにじませた様子で呟いた。

 なんと言葉を返していいかわからない……。

 レオンは黙り込んだ私に、気にするなとでもいうように肩を軽くたたき、もうすぐ試合に出場するからと席を立った。


(占いか……)


 たしか、ヨハンから聞いた話だと、クロエは怪しい占い師の元に通っていて、それをレオンが止めたんだっけ。でも、家族が怪しい占いにはまっていたら、誰だって止めるのが普通ではないだろうか?


 考え込んでいると、不意に後ろから声をかけられた。


「お隣、よろしいかしら?」


 振り向くと、そこには先ほどレオンに話しかけていたヴィオレッタが立っていた。

 彼女の背後には数人の取り巻きらしき令嬢たちが控えている。なんだか嫌な雰囲気だ。


「初めまして、エベレット公爵家のヴィオレッタと申します」


 彼女の言葉遣いは丁寧だったが、その声にわずかな棘を感じたのは気のせいではないと思う。

 ヴィオレッタは私をじっと見つめ、微笑みを浮かべながら続けた。


「前からご挨拶をしたかったのだけど、レオン様がなかなか会わせてくれなくて。よほど大切にされているみたいで、正直羨ましいわ」

「お兄様とお知り合いの方だったのですね。初めまして。クロエと申します。お会いできて光栄ですわ」


 突然の嫌味交じりの言葉に、心中の波立つ感情を抑えながら、落ち着いた口調で返す。

 だけど、私の態度が気に入らないのか、ヴィオレッタは軽く鼻を鳴らし、さらに畳みかけてきた。


「先ほどからあなた達の様子を見ていて思ったのだけど、そろそろ義兄離れをしたほうがいいんじゃない?」


 明らかに棘のあるその言葉。まるで私がレオンのそばにいることが、彼女にとって不愉快だと言いたげだった。


(言われなくてもしかるべき時が来ればちゃんと離れるつもりよ)


 そう思いながらも、ここで感情的になるわけにはいかない。内心の反論を飲み込み、できるだけ笑みを浮かべて冷静に応じることにする。


「忠告はありがたく受け取りますわ。成人すれば、兄離れして独り立ちするつもりですので、ご心配なく」


 一瞬、ヴィオレッタは驚いたように目を細めたが、すぐに取り繕うような笑みを返してきた。その笑みの奥には、不満の色がちらついている。


「それはよかったわ。なにせあなたときたら、泥棒猫のような真似もお手のもののようですから、心配でしたの」


 泥棒猫?


 思わず「失礼では?」と言いかけて、ふとヨハンの婚約者の件を思い出す。もしかして、そのことを言っているのだろうか。内々で解決したと思っていたのに、意外と噂が広まっているようだ。厄介だな……。

 隣を見ると、マリアが怒りを必死で抑えている気配が伝わる。主人である私を侮辱されたことに腹を立てているが、相手が格上の公爵令嬢であるため、堪えているのだろう。


 この状況を早く切り抜けなくては。どう返そうかと思案していると、会場中央のほうから大きな歓声が上がった。どうやらレオンの試合が始まったらしい。このままヴィオレッタの相手をしていると、肝心の試合を見逃してしまう。


「その件はもう解決しているかと。これからは兄離れも幼馴染離れもしますので、どうぞご安心ください」


 そう言ってさりげなく視線を試合のほうに向け、暗に会話を打ち切る意思を伝える。

 幸い、ヴィオレッタも試合を見たいようで、無言のままその場を立ち去ってくれた。


(ふぅ……これ以上面倒な絡みが続かなくてよかったわ)

「頑張りましたね、お嬢様」


 マリアから謎の慰めを受けつつ、試合場へと目を向けた。

 レオンは相手を翻弄し、危なげなく剣を繰り出していく。その動きはとても速く、そして鋭い。一撃、一撃が確実に相手を追い詰めているのがわかった。


(……やっぱり、かっこいいな)


 周囲の観客たちも声を上げ、彼の勝利に盛り上がっている。

 試合が終わり、レオンがこちらに手を振ってくれた。また注目を浴びている気がしたけど、レオンが嬉しそうに手を振っているのを無視することもできない。

 私も微笑みながら大きく手を振り返した。


 視界の端でヴィオレッタがまだこちらを見ているのに気づいたが、今はただレオンの勝利を祝いたい気持ちで、頭の中はいっぱいだった。


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