6 剣術大会①
青空が広がる晴天の下、コロシアムは歓声で溢れ返っていた。剣術大会を見学するために訪れた人々で埋め尽くされ、観客席からは賑やかな声が響き渡り、試合のたびに大きな拍手と歓声が巻き起こる。コロシアムの周囲には出店が立ち並び、甘い焼き菓子の香りや香ばしい肉が焼ける匂いが風に乗って漂っていた。
私はマリアと共に、広場の一角に設けられた見学用の席へと足を運んでいた。
「すごい人ですね。こんなに賑やかだとは思いませんでした」
マリアが周囲を見渡しながら声を弾ませる。
彼女の言葉通り、観客席はすでにほとんど満席で、立ち見の人々までもが熱気に包まれている。関係者の友人や家族が応援に来ている程度の規模かと思っていたが、出店まであって、ちょっとしたお祭りのようだ。
しかも剣術大会だから、男性のギャラリーが多いのかと思ったけれど、同じくらい女性も多い。あちらこちらで黄色い声援が飛び交っていた。
「騎士という職業は、令嬢たちにとって憧れの的なんです。中でもレオン様は人気がとても高いそうですよ」
そんな話を聞いていると、さらに声援が大きくなった。何事かと視線を向けると、広場の中央にレオンが入ってくるのが見えた。剣を手に軽く振りかぶるレオンの立ち姿は凛々しく、誰よりも目立っている。
(たしかに、ここにいる騎士たちの中で、一際目を引く存在かも……)
そんなことを考えながらレオンを見ていると、目が合ってしまった。手を振り返すべきか迷っていると、レオンはまっすぐこちらに向かってきた。
レオンの行動に、周囲の女性たちが色めき立つ。しかし彼はそんな様子は一切気に留めず、人ごみを器用にかき分け、私の目の前までやって来る。
「席を用意した。ここは人が多すぎる」
「え、ちょっと待って――」
私の手を掴んだかと思うと、そのまま再びどこかへ歩き出した。待ったをかけようとしたが、力強い手に引かれて歩くほかない。
「え?レオン様が女の子と一緒に……!」
「誰あれ?」
「あれが噂のレオンの義妹か」
「すごく可愛いな。あれは守ってやりたくなるよ」
「めちゃくちゃ溺愛されてるらしいよ」
「でも義理の妹でしょ?なんだか……ねぇ?」
――すごく注目されている……!
すれ違う女性たちからは冷たい視線が投げかけられ、男性たちからは「可愛い」などと囁かれる声が聞こえる。そのどちらにも居心地の悪さを感じ、私は自然と身を縮めた。
そこに、一人の男性が声をかけてきた。
「おい、レオン。クロエちゃんが困ってるだろう」
私は天の助けとばかりに思わず男性のほうを見る。
(あれ?この顔って……)
しかしそんな私の視線を遮るように、目の前にレオンが立ちはだかった。
「うるさい、席に案内しているだけだ」
「だけどさあ、さっきからものすごく注目浴びてるけど?クロエちゃん、すっかり縮こまっちゃってるし。可哀想だろ」
「気安くクロエの名を呼ぶな」
「あのねぇ……」
男性の脱力した声がする。レオンの嫉妬に呆れているのだろう。私もそれにはちょっぴり同意する。
とにかくもう一度男性の顔を確かめたくて、立ちはだかるレオンの背中からなんとか覗こうとするが、レオンが巧みに邪魔をする。レオンの子供っぽい行動に思わず笑いそうになったけど、ぐっと我慢して、必殺お願い作戦に出ることにする。
「お兄様、お願い。せめてご挨拶させて……」
「こんな奴に挨拶は不要だ」
「え、ひどくない?クロエちゃん、初めまして。俺はストラール。レオンと同じ隊で働いている騎士だよ」
レオンを押しのけたストラールが私に向かって手を差し出す。私はその手を握り、握手を返しながら、ストラールの姿を見る。
(やっぱり!『運命の輪舞曲』の攻略対象の一人、ストラールだ!)
ストラールはレオンと同じ聖騎士だが、レオンがアレクシス殿下付きの騎士であるのに対し、ストラールはシェリル王女付きの騎士だ。冷徹と言われるレオンとは正反対の、愛想が良くて、優しげな雰囲気を持つ彼。対照的な二人が並ぶと絵になるため、ゲーム内でもファンが多かったのを思い出す。
「初めまして、ストラール様。妹のクロエと申します。お兄様がいつもお世話になり……」
「別に世話になどなっていない。行くぞ」
レオンが冷めた声でばっさりと言い切ると、再び私の手を引いて歩き出した。
「またね、クロエちゃん」
ストラールはやれやれといった様子で手を振って見送ってくれた。もっと話してみたかったけれど、今は無理そう。
私は仕方なくストラールに会釈を返し、レオンについて行った。
◇ ◇ ◇
案内されたのは見晴らしの良い特別席だった。広場のほかの観客席から離れた位置にあり、視線を集めることも少なくなったのが救いだった。
「ここなら落ち着くだろう」
「ありがとう、お兄様。ここなら落ち着いて見れそう」
お礼を言うと、レオンは照れくさそうに目をそらした。
最近気付いたことだけど、ゲームのレオンは冷徹で近寄り難い雰囲気を醸し出していて、ヒロインと仲良くなっても硬派な感じは抜けなかった。でも、今目の前にいるレオンは、とても感情豊かな反応を見せてくれる。特にクロエに対しては顕著で、例えばさっき、ストラールから視線を遮った時のような子供っぽいこともするし、私が甘えたりお礼を言ったりすると、今のような照れる反応を見せたりする。それがゲームとのギャップを感じるというか、どこか可愛く見えたりして、私もついその顔が見たくておねだりが過ぎてしまう。
(でもほどほどにしておかないと。クロエにとってのレオンは攻略対象ではなく、義兄なんだから……)
そう。
攻略はできないし、だから恋人にもなれない。
せめてクロエじゃない人物に転生していたら、チャンスはあったかもしれないけど、今の私はレオンとは家族なんだから……。
考え事をしていたら、レオンは飲み物を取ってくると言っていつの間にか席を離れており、少し先の場所で、女性に声をかけられているのが見えた。
「あれは……ヴィオラ様」
マリアが小声で呟いたのを聞いて、私もそちらに目を向ける。
「ヴィオラ様?」
「エベレット公爵家のご令嬢です。レオン様にお熱を上げているご令嬢ですね」
その説明には棘が含まれているように聞こえる。マリアはヴィオラ様に何か思うところがあるのだろうか。
ヴィオラと呼ばれる女性は美しい金髪をなびかせ、華やかな笑みを浮かべながらレオンに話しかけていた。その仕草は洗練されていて、さすが公爵家のご令嬢という感じがする。
「綺麗な人ね……」
私が感心したように呟くと、マリアは微妙な表情を浮かべた。
「確かに美しい方ですが、レオン様に近づく手段がいささか強引すぎるんです。ああして大会の合間にまで話しかけてくるなんて……」
その声色から察するに、マリアはあまりヴィオラ様の行動を快く思っていないらしい。
なるほど、たしかに会話に応じているレオンの雰囲気にどこか冷淡な態度が見て取れる。
(レオンは元々、家族以外には愛想が無いからあんなものなのかもしれないけど……)
眺めていると、レオンはヴィオラを振り切るように歩き出し、負けじとヴィオラも笑顔で話かけながら追いかけていくのが見えた。
二人が視界から消えてしまい、私たちの興味はこれから始まる剣術大会に向いた。