44 脱出
カーテンがきっちり閉められた窓に近寄る。恐る恐るカーテンの隙間から外を見ると広々とした庭が広がっていた。この部屋は幸いにも一階だったようだ。窓を開けて外の様子を確かめる。
屋敷にいる使用人たちはヴィオレッタの息がかかっている可能性もある。だから屋敷内を動き回るのは危険だと直感が告げていた。それにまた迷子になりかねないし……。
それを考えると、外に出るのが最善の策だと自分に言い聞かせて、窓枠に手をかけた。
「動きづらいなぁ……」
着飾ったドレスが動きを阻む。裾が絡んで思うように動けず、転生前に着ていた動きやすい洋服が恋しくなる。
それでも、ここで時間を浪費していては誰かに見つかってしまうかもしれない。慎重に、けれど急いで体を窓枠に乗せ、なんとか地面に足をつけることができた。
「ふぅ……」
広い庭を見渡す。進める道は右手側だけのようだ。誰にも見つからないよう、私はそっと足を進めた。
しばらく歩いていると、見覚えのある場所にたどり着いた。先ほどまでお茶会が開かれていた庭園だ。しかし、今はすでにお茶会も片付けも終わっていて、庭は静まり返っている。
「良かった。ここからなら帰り道が分かるわ」
誰にも気づかれないよう祈りながら、来た時に馬車を降りた門の方向へ向かって小走りで進んだ。
ようやく門にたどり着くと、目の前に広がる開放感に深く息をついた。自由の空気を感じながら、門の外へ一歩を踏み出す。
とはいえ――。
「ここからどうしよう……」
ここまでは馬車で来ているから、歩いて帰る術がわからない。
「でも、あちらの方向に見えるのが街よね」
幸い、公爵邸は街の中心部に近い位置に立っていたので、街は近そうだ。とにかく人通りのある場所へ出ようと考えて、そちらへ向かって歩きだす。
しばらく歩くと人通りが増えてきて、街にたどり着いたことがわかった。よく見ると、以前にレオンと来たことがある場所だった。つまり、ここからなら辻馬車が出ているのだけど……。
「お金がないのよね……」
辻馬車に乗ろうにも、手元には一銭も持ち合わせていない。途方に暮れ、街角で立ち尽くしていると、聞き覚えのある声がした。
「クロエちゃん?」
振り向くとそこには、レオンの同僚のストラールの姿があった。
市場で買い物をしていたのか、私服姿で、手にはパンなどが入った紙袋を持っている。
「ストラール様……!」
天の助けとばかりに思わず彼に駆け寄る。事情を手短に説明すると、彼は目を見開いたあと、真剣な表情になった。
「なるほど……よし、まずはここを離れよう。君を安全な場所へ連れて行く。レオンにも連絡を取るから安心してくれ」
ストラールの頼もしい言葉に、ようやく安堵が訪れる。
彼の手を借り、無事に危険から逃れることができたことに感謝しつつ、レオンとの再会を待つことになった。




