43 罠
頭がぼんやりとして、視界の端にちらつく影が不気味に揺れる。
(ここは……?)
重いまぶたを必死にこじ開けると、目に飛び込んできたのは、自分の上にのしかかる見知らぬ男の姿だった。
「ひっ……!」
声をあげようとするが、かすれた声はほとんど空気に溶ける。その瞬間、背後から冷ややかで楽しげな女性の声が響いた。
「あら、もう目を覚ましてしまったの?もう少し眠っていれば、怖い思いをしなくて済んだのに」
声の方に目を向けると、そこにはヴィオレッタが立っていた。上品な顔立ちは歪み、冷酷な笑みを浮かべている。その背後には下品な笑いを浮かべる二人の男が控えていた。
「これ……は……?」
かすれる声を絞り出すように問うと、ヴィオレッタは鼻で笑った。
「見ての通りよ。」
その言葉に続けて、心底楽しげな声でこう続ける。
「結婚前に傷物になれば、さすがのレオン様も呆れて手放すでしょう?」
(傷物?……それってまさか……)
言葉の意味に気づいた瞬間、自分の上にいる男の手が私の服に伸び、無理やり剥ぎ取ろうとしているのを感じた。
「やめて!」
声を振り絞り、必死で抵抗するが、体は意識の覚醒が不完全なせいか思うように動かない。
「へへ、抵抗されるとよけいに燃えるんだ……よっと」
男は舌なめずりしながら下品に笑い、ドレスに隠された太もものほうに手をやる。なめくじのように這う手の感触に思わず鳥肌が立つ。
なんとか動きを止めようとするも、男の重みでほとんど身動きが取れず、手足をばたつかせるのが精一杯だった。
「怖いわよねぇ。だから眠っている間に済ませてあげようと思ったのに……」
ヴィオレッタが肩をすくめながら笑う。その笑顔はこちらの恐怖を面白がっている様が見える。
男の一人がニヤリと笑いながら言う。
「わざと目を覚ますように調整して殴らせたくせに、何言ってやがる」
「あら、答えを言っちゃダメでしょ。でもそのほうが楽しいじゃない」
ヴィオレッタは悪びれる様子もなく肩をすくめると、冷ややかな目線を私に向けた。
「レオン様とヨハン様を誘惑するような女でも、さすがに処女でしょ? 好きにやっていいわ。」
その命令が下された瞬間、三人の男たちが一斉に私に向かって襲いかかってきた。冷たい恐怖が全身を支配し、絶望が胸を締めつける――。
(ここで終わるの!? レオン……助けて――!)
絶望に飲み込まれそうになったその瞬間、首元に触れていた占い師にもらったペンダント状のお守りが突然熱を帯び始めた。
「っ……!?」
一瞬の戸惑いが走った直後、眩い白光が視界を埋め尽くした。
「なんだ!?」
「うわっ、なんだこの光!」
男たちが驚き、怯む声が響く。その刹那、お守りから爆発するような衝撃が走り、強烈なエネルギーが辺り一帯を吹き飛ばした。
目の前の男は私の体から弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。さらに、ヴィオレッタやその取り巻きの男たちも同じように衝撃に巻き込まれ、無様に壁に投げつけられていく。
「ぐっ……!」
男たちが鈍い音を立てて壁に衝突する。頭を強く打ったのか、その場で動かなくなった。全員が気を失い、呻き声すら聞こえない静寂が辺りを支配する。
白光が収まり、ようやく視界が元通りになると、私は息を詰めて震える手でお守りを握りしめた。
(いったい、何が……?)
恐怖と安堵が入り混じる中、何とか深呼吸を繰り返し、乱れた気持ちを落ち着けようとする。お守りはもう熱を失い、手の中で静かに光を放つだけだった。
(もしかして、このお守りが私を守ってくれた……?)
余韻に浸る間もなく、近くで聞こえた男のうめき声にはっとする。
(逃げるなら今のうち……!)
私は重い体を必死に動かし、屋敷を逃げ出した。




