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4 幼馴染のヨハン

 朝食を食べ終え、ひと息ついていたところに、マリアが近づいてきた。めずらしく少し緊張した面持ちが気になる。


「お嬢様、幼馴染のヨハン様が、お見舞いにいらっしゃいました。応接室でお待ちいただいておりますが……」

「幼馴染……ヨハン……」


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥に微かな懐かしさが芽生える。

 ヨハンは、ゲームの中でレオンの幼馴染として登場する、頼れるキャラだ。レオンルートでは特に重要なサブキャラだった彼なら、今の私にとって心強い味方になるかもしれない。


「わかったわ。お茶の準備を頼めるかしら」

「かしこまりました……。あの……」

「どうかした?」


 マリアはどこか言葉を選んでいるような表情だ。先ほどから様子もおかしいし、もしかしてヨハンと会うことになにか問題でもあるのだろうか。


「……いえ、その……そうですね。ヨハン様とクロエ様は大変仲の良い幼馴染ですが、ヨハン様にはご婚約者様がいらっしゃいます。過去にそのご婚約者様がヨハン様とクロエ様の仲を勘違いして問題になったことがあるのです。ですので、適切な距離感でお付き合いいただけるようご婚約者様に釘を刺されおりますので、何卒……」


 つまり恋愛的な拗れが過去にあったから、ヨハンに会い辛いということか。


「ありがとう。先に言ってくれて助かるわ。今の私からすれば初対面のようなものだから、いきなり仲良くなることはないでしょうけど、同じ轍を踏まないようにしないといけないもの。気を付けるわ」


 マリアはほっとしたような表情を見せたあと、言葉を続けた。


「実はヨハン様はこの一件をご存じではありませんので、それもご留意いただければと思います」

「ということは、その婚約者という女性が直接クロエに言ってきた感じ?」

「はい、その通りでございます」


 なるほど、女同士で直接対決済みということか。色々あるのね……。


「わかったわ。教えてくれてありがとう。気を付けるわね」


 マリアと別れ、私は期待と緊張を胸に、応接室へ向かう。

 部屋に入ると、柔らかな微笑みを浮かべたヨハンが立っていた。


「クロエ! 君が大変な時に不在にしていてすまない」


 一目で安心感を与えるような、柔らかく包み込む雰囲気を持った青年だった。

 切れ長の瞳は優しい琥珀色で、栗色の髪は自然なウェーブがかかり、陽の光を浴びるとまるで金色に輝くように見えた。スリムな体型に加え、控えめながら洗練された服装のセンスが、彼の知的で優しい印象をより強くしている。


 ゲームの情報によると、王城勤めの外交官らしいし、対人に好印象を与えることに気を使っているのだろう。人当たりの良さがにじみ出ていて、ある意味対人には寡黙で無愛想なレオンよりはよっぽどモテそうにも見える。こんなイケメンに挟まれていたクロエってすごいかもしれない。


「仕事で半月ほど隣国に居てね、昨日の夜に帰国したばかりなんだ。君が階段から落ちて記憶を失ったと聞いて、驚いたよ。本当になにも覚えてないのかい?」

「ええ……ごめんなさい」


 私が申し訳なさそうに頭を下げると、ヨハンはすぐに首を振り、微笑んでくれた。


「謝らなくていいさ。そうだね。それじゃあ改めて自己紹介しよう。僕はヨハン。君とレオンの幼馴染だ。記憶がなくなったのは残念だけど、僕たちの縁は変わらない。また改めて仲良くしてくれると嬉しい」


 その言葉に、心の奥がじんわりと温まる。

 同時に、婚約者の女性がヨハンを取られたくなくて必死になる気持ちがちょっぴりわかった気がした。これは人たらしだわ。


 しばらく、ヨハン自身の話を中心にたわいのない会話が続いた。彼の優しい語り口に、自然と引き込まれていたようだ。気づけばもうすぐお昼の時間だった。


「ごめんね。僕の話ばかりで。でも、これで少しは僕のことを知ってもらえたかな?」

「ええ。とても楽しいお話をありがとう。特に外交のお話は興味深かったわ。他の国のことも知れて楽しかったし」

「そうか。他国のことに興味を持ってもらえて嬉しいよ。以前のクロエはあまりこういう話には興味がなかったみたいで……あっ、ごめん、余計なことを言ったね」

「ううん。以前の私は、こういう話に興味なかったの?」

「そうだね……でも前は前。今は今だ。頭を打って考え方が変わることもあるさ」


 ヨハンなりに気遣ってくれているのが伝わってくる。

 でも、やっぱり私は以前のクロエとは違い過ぎるのかと、少し落ち込む。

 私はふと、ヨハンに聞いてみた。


「……ねえ、以前の私ってどんな人だったの?」


 私の質問に、ヨハンは少し考え込む。


「そうだな……とても可愛らしい子だったよ。甘え上手というか、レオンと僕にとってはお姫様みたいなものだった」


 なるほど。まあ、そんな感じはする。レオンとヨハンに挟まれていれば誰だってお姫様気分になるだろう。それが可愛がられているクロエならなおさら。


「あとは、そうだな……うーん……。いざ、こうやって聞かれると難しいな」

「趣味とか知らない?」

「趣味?……ああ、それなら、最近は占いにはまっていたみたいだよ」

「占い?」

「そう。王都に令嬢たちの間で評判の占い師がいるらしくてね。君もその占い師にはまって、一時期は頻繁に占い師の元に通っていたらしいよ。ただ、レオンが行くことを禁止してしまってね、そのせいで君の機嫌を損ねてしまったらしい」

「そんなことが……」

「僕はその頃はちょうど隣国を行き来していてね。あまり二人に会えてなかったから、人づてに聞いただけなんだけど、機嫌を損ねたあと、クロエは部屋に閉じこもるようになってしまったみたいでね。レオンも参っていたとか。そんな矢先に、階段から落ちたってわけさ」

「それって、つい最近の話だったの?」

「そうだよ。でも今の君は、その占い師のことも思い出せないんだろう?」

「ええ……」

「それでいいんじゃないか?正直、僕もレオンの気持ちはわかるよ。いくら評判の占い師だとしても、そんなにのめり込むのは少し怖くないか?宗教みたいで、なんだか危ない感じがするし」

「たしかにそうかも…」


 そもそも“私”は占いを信じるほうじゃないから、そこまではまるのは想像できない。やっぱり“クロエ”は“私”とは随分違う気がする。困ったな……。


「でもまあ、無理に『前の自分』を追いかける必要はないよ。今の君自身を大切にしてほしい」


 どこか含みのある言い方に聞こえたけど、深く追及するのも気が引けた。もしかしたら婚約者の問題を把握してるのかもしれないし。


「さて、それじゃあ、そろそろ失礼するよ。何か困ったことや気になることがあったら、遠慮なくいつでも僕を頼って。君の力になりたいから」

「……ありがとう、ヨハン」


 その言葉に、心が軽くなるのを感じた。


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