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3 クロエの父

 テーブルの上に置かれたティーカップから立ち上る湯気と共に、午後の静けさが部屋に広がっていた。

 目を閉じれば、庭から聞こえてくる鳥のさえずりが聞こえる。窓から差し込む日差しが心地よく、このまま眠ってしまいそうになる。

 そんな心地の良い時間に一体なにをしているかといえば、ストーカーに関することをメモにまとめる作業だ。

 ただ、これまでのところ、クロエの周囲には怪しい影は見当たらず、試しに侍女を連れて街に出た日もあったけど、後をつけられているような気配は感じなかった。

 今日も街に出て様子を探るべきかと考えていると、ノックの音が響いた。


 ドアが静かに開き、見知らぬ中年男性が現れる。背が高く、端正な顔立ちをしていて、落ち着いた物腰と気品のある佇まいは、初対面のはずなのに、不思議と私の心を穏やかにさせてくれる。何より、その顔立ちにはどことなくクロエに似た面影が感じられて――


「クロエ、もう大丈夫か?」


 そう声をかけながら近寄ってきたかと思うと、そっと私を抱きしめた。驚くべき行動のはずなのに、なぜか恐怖よりも安心感が心を満たす。


(この人は……もしかして……)

「……お父様?」


 恐る恐る口にしたその言葉に、男性は一瞬寂しそうな表情を見せたが、すぐに優しい微笑みに変えて頷いた。


「ああ、そうだ。記憶を失ったと聞いてまさかと思ったが……本当なのだな」

「ごめんなさい……」


 実の娘に「お父様?」と聞かれるのは、どれほどのショックなことだろう。レオンや母のときと同じ反応をしてしまった自分に、申し訳なさが募る。

 けれど、父は穏やかな表情で首を振り、「大丈夫だ」と言う仕草を見せた。


「いいんだ。記憶が無くなったとしても、私たちが親子であることに変わりはない。お前が覚えていなくても、私はずっとお前のことを思っている。それだけは忘れないでほしい」

「ありがとうございます……」


 父はそっと私の肩に手を置いた。


「心細くなったら、いつでも頼りなさい。どんな時でも、私はお前の味方だから」


 その言葉が心に深く染み入る。父の存在の大きさと温かさに、思わず目頭が熱くなりそうになった。

 とんでもない美形すぎるその顔立ちに、少しきゅんとする自分もいたけれど、それ以上にその言葉の重みが私を支えてくれる。


 しばらく父と他愛もない会話をし、親子の時間を楽しんだ。クロエの記憶は無くても、父が娘を大切にし、愛しているのが十分伝わってきた。

 もしかすると、私が今行き詰っていることをお願いしてみたら、力になってくれるかもしれない。


「お父様、ひとつお願いがあります」

「なんだい、言ってごらん」

「記憶を無くしてしまったから……私の交友関係について教えてほしいんです。記憶を取り戻す手がかりになるかもしれないので」


 父は少し驚いた様子を見せたものの、すぐに納得したように頷いた。


「分かった。以前親しくしていた方々の名前をリストにして渡そう。少し待っていてくれ」

「ありがとうございます!」


 ゲームの設定によれば、クロエの父は代々王家に仕えるアルベール侯爵家の現当主で、上位貴族として広い交友関係を持つ人物だ。そのため、非常に精度が高い情報網を持っていたりする。ゲームではそんな父の協力によってストーカーが捕まったとあったので、父の力を借りるのが近道のはず。


 父が部屋を出てしばらくして丁寧に作成されたリストが届けられる。仕事が早い!

 リストには、クロエが交友関係にあった人物たちの名前や人物像がびっしりと書かれていた。


(この中に……あのストーカーがいる可能性があるかもしれない……)


 父の厚意を無駄にしないように、私はリストをしっかりと握りしめた。

 クロエとして、この命を守るために――


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