29 ヨハンに愛されるためのおまじない
「今の貴女は記憶が無いようなので、最初からお話しましょう」
その言葉に私とレオンは姿勢を正した。
「以前、貴女はある男性と結ばれる方法を探して、私の元を訪れました。そして私は依頼に従い、占術を駆使してあなたを導きました」
日記に書かれていた通り、クロエは恐らくヨハンと結ばれる方法を求めて、占い師の元に通っていたのだろう。ここまでは予想通りだ。
「しかし、どの方法も成功には繋がらず……最終的に占術が導き出した答えは、今のあなたでは彼の真実の愛を得ることはできないということでした」
「……え?どういうことですか?」
真実の愛を得られない?占いの力ではヨハンと結ばれないということだろうか。確かに、実際ヨハンには婚約者がいるし、占いとはいえ簡単に結ばれるようなことがあっても困るけど……。
「言葉通りです。今の貴女では求めている男性と結ばれることは難しい。ただし……」
「ただし?」
レオンが急かすように続きを促した。
「貴女が、彼に愛される人間に『変われば』結ばれる可能性はある、そう導きが出ていました」
「……変わる?」
思わずレオンと顔を見合わせた。レオンも占い師の言っている意味がわからないようで、困惑した表情をしている。
「そう、変わる。私はお目当ての男性のことはほとんど聞いておりませんが、クロエさん自身の行いが凶を導いていると薄々感じておりました。ですので、行いを正し、性格を改めるべきだとは感じ、この導きが出たのだと思いました」
ほとんど聞いてないと言いながらも、クロエがヨハンやヨハンの婚約者に対してどういう行動を取っていたかは察していたのかもしれない。そんな風に聞こえたけど、今は黙っておいた。今はそこに突っ込んでいる場合じゃないし、話しかける気分にもなれない。とにかく意味がわからないことばかりだ。
私とレオンは黙って占い師の話を聞いた。
「ですがクロエさんは、もっと確実にかわれる方法をお望みでしたようで、ご自分でかわれるおまじないを探してきて、解読を頼まれました。それがこちらです」
そう言って、私が持ち込んだ魔法陣が描かれた紙と空瓶を指した。
「このおまじないは、魔術が盛んな時代に考案されたものでした。古い文献でしたので、正直私も半信半疑で術を読み解き、彼女に魔法陣の書き方と、材料を教えました」
「材料?」
「こちらの空瓶に入っていたと思われますが、薬です。魔法陣でその薬を錬成し、それを飲む。その結果が……今の貴女というわけです」
沈黙が訪れる。
その結果が私?私もレオンもその言葉が意味することを理解するのに、必死だった。
だけど、私はあることに気付く。
――確実にかわれる……?変わる……?代わる……――
「まさか……」
私のつぶやきに、占い師がフッと不敵な笑みを浮かべた。
「私が……記憶を失ったのは……」
占い師は笑みを深めた。
「失ったのではありませんよね」
その言葉に、思わず自分の体が震える。心臓の音がうるさく響く。
しかし、私たちの会話の意味をまったく理解していない、いや、できないであろうレオンが、苛ついたように割って入ってきた。
「わかるように説明してくれ」
レオンの怒りも、私の動揺も、意に介していない様子の占い師は淡々と言った。
「今のクロエさんの中には、別人がいるのですよ。言葉通り、代わったのです」




