23 偽りの恋人
夕闇が屋敷を包む頃、私はひとつの決断をしていた。
私は部屋でその時を待った。
やがて玄関の扉が開く音が聞こえた。レオンが仕事から戻ったのだ。彼の足音が廊下を進み、私の部屋の前で止まる。
「クロエ、いるか?」
ノックのあとに低く優しい声が響く。私は胸の奥に潜む鼓動を鎮めるように深呼吸し、ドアを開けた。
「おかえりなさい……おに……レオン」
私のたどたどしい挨拶に、レオンは微笑みながら私を引き寄せ抱きしめる。いつもならそのぬくもりに安心し、幸せな気持ちになるのに、今日は違った。心がざわついて、どうしても彼の温かさを素直に受け入れられない。
私の様子に気付いたレオンが眉をひそめ、私を覗き込む。
「どうした? 何かあったのか?」
早速言い当てられ、思わず目をそらす。レオンを目の前にすると決意が揺らぐ。今の関係が終わるかもしれないからだ。
(だけど偽りの恋人同士を続けるぐらいなら……)
私は決意を胸に秘め、問いかける。
「レオン……私が記憶を失う前から、恋人同士だったっていうのは……嘘よね?」
その瞬間、レオンの瞳が驚きに見開かれた。その反応に、私の胸がざわつく。彼は何か言おうと口を開きかけて、閉じる。
しばらくして、意を決したように、慎重な口調で問い返してきた。
「急にどうしたんだ? 誰かに何か言われたのか?……もしかして、記憶を……」
「記憶は戻ってないわ。だけど……」
私はクロエの日記をレオンに差し出した。レオンは戸惑った様子で受け取った。
「これは……?」
「読んでみればわかるわ」
レオンは訝し気な表情で日記を開き、読み始めた。
部屋にはレオンがページをめくる音と、重い沈黙が漂う。
やがて、レオンの表情が険しくなっていき、そして、最後のページまで目を落としたあと、やっと声を発した。
「こんな……」
彼の声は低く、どこか悲しげだった。その一言に私の心は締めつけられるような感覚を覚えたが、真相を知りたい気持ちはそれ以上だった。
「どういうことなの? レオン、本当のことを教えて」
私の言葉に、レオンは目を閉じ、深く息を吐いた。そして、静かに口を開いた。




