18 平穏な日々は続かない
ゲーム中のレオンが義妹の死に深いショックを受け、心を閉ざしていたのは、クロエが恋人だったからかもしれない――
そんな可能性が頭をよぎる。
「もし、レオンのルートを最後までプレイしていたら、この設定に気づけたのかな……」
乙女ゲームに登場するキャラクターの多くは、主人公に一途で他の女性の影を感じさせない設定が多い。それでも過去の物語としてなら、そういった要素が存在しても不思議ではない。
とはいえ――
「……なんだか、ちょっとショック」
深くため息をつきながら、自室のソファにもたれかかる。
レオンぐらい魅力的な人なら、過去に大切な人がいたとしても不思議ではない。
だけど、その相手がクロエとなれば話は別だ。義理とはいえ兄妹なのに恋仲だったことには抵抗を感じるし、なにより――
「今の私を好きだと言ってくれたけど、過去のクロエに嫉妬しちゃうよ……」
考え込んでいるうちに、時間はあっという間に過ぎていたらしい。ドアをノックする音で我に返ると、部屋はすっかり薄暗くなっていた。
「クロエ、入るぞ」
レオンの声が聞こえ、彼が帰ってきたのだと気づく。
慌てて扉を開けると、レオンは柔らかな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
「ただいま、クロエ」
そう言いながら、レオンは器用に片手で扉を閉め、もう片手で私を抱き寄せる。
いわゆる“おかえりなさい”のハグ。あまりにも自然な動作だったため、抵抗する間もなくレオンの腕の中に収まってしまう。
しばらく抱きしめられたあと、促されるままソファに座ると、レオンも隣に腰を下ろした。
(いつもなら向かいのソファに座るのに……)
昨日までの距離感とは明らかに違う。
距離も、視線も、言葉も、空気も――すべてが近くて濃密だ。
「クロエ……」
名前を呼ばれると同時に、レオンの唇が私の唇に触れる。最初はそっと触れるだけの優しいキスだったが、次第に深まり、熱を帯びたものに変わっていく。
時間が止まったかのような感覚に包まれ、互いに溶け込むようなキスが続いた。
唇が離れると、レオンの低く甘い声が耳元に響く。
「……好きだ」
その言葉に胸が締めつけられるような感覚がした。同時に、心の奥に小さなもやが広がる。
(いけない……また余計なことを考えてしまう)
過去のクロエに嫉妬する気持ちが湧いてしまう。レオンが好きなのは本当に――。
そんな私の心を見透かしたかのように、レオンは再び私の頬に触れ、優しく囁いた。
「……今のお前に言っている。本当だ」
その言葉に、心が少し軽くなった気がした。
レオンの言葉を信じよう。過去に囚われ、前に進めないのは良くない――そう思いながら、私はそっと彼の胸に顔をうずめた。
◇ ◇ ◇
平穏な日々が続いていたある日、玄関先に見覚えのある馬車が止まった。
ヨハンが帰国していたようで、どうやら真っ直ぐ私のところへやって来たらしい。
「クロエ、ただいま。元気だった?」
いつもの人当たりの良い笑顔で挨拶をしてくるヨハン。
「……お帰りなさい。ヨハンは元気そうね」
忘れていたわけではないけれど、まさか帰国してすぐ再び誘いに来るとは思っていなかったので、少し焦る。
なにせ今はレオンと恋人同士になっている。もし前みたいに流されて個室カフェに連れ込まれるのは……かなり困る。毅然とした態度で断らなければ――
「もうクロエ不足で大変だよ~。早くクロエを充電させて」
そう言って私を抱きしめようとしたので、素早い動作でかわした。そんな私の行動に、ヨハンがきょとんとした表情を浮かべた。
「クロエ?」
(危ない、危ない……)
ほっとする間もなく、ヨハンはすぐに気を取り直したようで、今度は私の手を取ってきた。不意を突かれ、避けることができなかった。
「まあいいや、とにかく出かけよう」
「あっ、ちょっと待って……」
拒否しようと口を開く間もなく、あれよあれよという間に馬車に連れ込まれてしまった。ヨハンの行動力は相変わらず恐ろしい……。
隣にいたマリアが慌てて私たちを呼び止めるが、ヨハンは軽い調子で答える。
「大丈夫だよ、ちゃんと帰りは送り届けるから」
そう言い残すと、馬車はすぐに出発してしまった。窓からは、困った表情のマリアが見送っているのが見えた。
(ああもう。また、厄介な展開になりませんように……)




