15 自覚した想いと衝撃の事実
市場での時間はあっという間に過ぎ、私たちは公園のそばのテラス付きのカフェに立ち寄った。
木漏れ日が穏やかにきらめくテラス席に腰を下ろす。表通りから少し離れた静かな場所で、穏やかな空気が流れる。私たちはしばし言葉を交わさず、ただ景色を楽しんでいた。
ふいに、レオンが口を開いた。
「クロエ、最近元気が無いようだな」
「え?」
「顔に出ている。何か悩みがあるなら、話してほしい」
真っ直ぐな視線を向けられ、胸の内を見透かされているようで少し居心地が悪くなる。
――確かに、ストーカーのことやヨハンのことなど、悩みは尽きない。
だけど、それをレオンに話すのはためらわれた。
「なんでもないわ。ただ少し疲れていただけ」
軽く首を振って答えると、レオンは少し考え込むような表情をしながら答えた。
「……そうか」
納得していないような反応だけど、それ以上追及してくることはなかった。
――だけど
「最近、ヨハンとよく一緒にいるみたいだな」
「……!?」
不意を突くような言葉が投げかけられ、心臓が大きく跳ねた。
どうしてそれを知っているのか、聞きたいのに驚きで咄嗟に声が出なかった。
「聞いているかもしれないが、ヨハンには婚約者がいる。そして記憶をなくす前のお前は、ヨハンに恋人のように接していたことで、彼の婚約者殿に態度を咎められていた」
いつも私に対する優しい声音とは違い、冷たい声色と、少し温度の低い視線をこちらに向けている。ゲーム中のレオンはこんな感じだったけど、今はそこに静かな怒りも感じ、思わず震えそうになる。
何かを言わなければならないのに、声が喉に詰まる。だけど黙っているわけにもいかない。私は何とか言葉を絞り出した。
「……知っているわ。それもあって、一応気を付けていたつもりなのよ……」
「つもり?」
「ヨハンの強引なお誘いに負けて、二人で出かけてしまったことは反省しているわ……」
私の返事に、レオンはまだ何か言いたそうな表情を浮かべたが、言葉を飲み込んだようだった。
「……反省しているならいい。ただ、軽はずみな行動は慎むべきだ。いくら幼馴染でも、男と女が一緒にいれば誤解されることは多い」
その言葉に、私は反論する余地を見つけられなかった。
確かに彼の言う通りだ。幼馴染だからと気を許していたけれど、男女である以上、一緒にいるだけでも周囲には違うように映ることがある。それを無意識に軽視していたのは自分だ。
「……気を付けるわ」
小さく謝罪の言葉を口にすると、レオンは何も言わずカフェのカップに手を伸ばし、紅茶を静かに口に運んだ。
その仕草を横目に、私はうつむくしかなかった。
「……強引な誘いというのは、どういう感じなんだ?」
レオンはカップを静かに置いて問いかけてきた。
ごまかしても仕方ないので、正直に言葉巧みに誘われ、自分も流されていたことを説明する。
「……だけど、ヨハンがいくら口が上手くても、断れない私も悪いのよ。だから次はちゃんと断るわ」
「……強引……ね」
含むような言い方をするレオンのほうを見るが、彼の表情からはなにも読み取れなかった。
「とにかく、なにかあったら俺に言え。昼間誘いに来るというのなら、仕事を休んででも……」
「そっそこまでは大丈夫!自分でなんとかするわ」
「そうか……」
そう言ったものの、どこかぎこちない空気が漂い、そのまま、会話らしい会話を交わすこともなく、カフェを後にした。
市場を歩いていたときの楽しい雰囲気は、最後まで戻ることはなかった。
◇ ◇ ◇
帰りの馬車の中でも、レオンと二人きりなのに、重苦しい雰囲気のまま無言の時間が続く。
その空気に耐えきれず、泣きたくなりながら窓の外をぼんやりと眺め、ため息をついた。
――正直、ヨハンへの行動がレオンに知られていたことが、ショックだった。
先ほどは「次はちゃんと断る」と言ったものの、実際どう断ればいいのか、まったく分からない。あの強引さに勝てる自信がないのだ。
(もういっそ、恋人でもいれば断れるのに……)
恋人――。その言葉が頭をよぎる。
(でも恋人なんて……だって私は、多分……)
――レオンが好き。
レオンの笑顔を守りたい。そんな理由を口実にして、彼との時間を楽しんでいる自分がいることを認めざるを得ない。
だけど、レオンは義理とはいえ兄だ。
(好きになったところで、この想いは報われない。不毛な恋だわ……)
そう考えると、胸の中に諦めのような感情が湧き上がってくる。
「……もういっそ、新しい恋を見つけるべきかな……」
その時だった。
「……新しい恋だと?」
レオンの冷たい声が聞こえてびくっとする。
(もしかして今の、声に出てた!?)
思わず口元を手で塞ぎながら身体が固まる。
恐る恐る向かいに座るレオンを見ると、鋭い眼差しがこちらを貫き、思わず身体が震えた。
「どういうことだ?」
問い詰めるようなレオンの声に、焦りが募る。
(どうしてこんなに不機嫌なの……?ううん、今はそれより、何とかごまかさないと!)
動揺を隠しながら、私は必死に言葉を絞り出した。
「こ……言葉通りよ。新しい恋をしたいと思っただけ」
その瞬間、レオンの表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。
言葉を飲み込むように視線を落とす彼の様子に、不安が押し寄せてくる。
「……お兄様?」
様子を伺いながら声をかけようとしたその時、レオンがゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、これまで見たことのない真剣さが宿っている。そして、はっきりとした声でこう告げられた。
「それなら、俺とでもいいだろう?」
「――えっ?」
耳を疑うような言葉に、驚きのあまり目を見開く。
動揺する間もなく、レオンが素早く私の隣に移動し、私の肩を抱き寄せた。
レオンの体温と香りを感じられる距離と、腕の中に閉じ込められるような感覚に、心臓が跳ねる。
「新しい恋なんて許さない」
「……ど、どうして?」
震える声で問い返す私を前に、レオンは一瞬だけ視線を落とし、次いで眉をわずかに寄せた。
「記憶をなくしたお前に無理をさせたくなくて、ずっと黙っていたが……」
低く、けれどどこか苦しげな声。何かを耐えるように言葉を選ぶその姿に、胸がざわめくのを感じる。
黙っていた……?なにを……?問いかけようとした瞬間、レオンの瞳が私を射抜いた。
深い夜の湖のように揺らめきながらも、底知れぬ熱を宿したその視線に、息を呑む――
「俺たちは以前、恋人同士だったんだ」




