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11 クロエの友人たち

 昼食を終えて部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、玄関先から慌ただしい声が聞こえてきた。

 思わず足を止めて隣にいるマリアのほうを見るが、マリア不思議そうな顔をして首を振る。


「何かあったのかしら?」


 気になって玄関のほうへ向かってみる。近づくと、玄関ドアの前で我が家の執事と話している少女の姿が目に入った。

 ふわりとカールした栗色の髪が日の光を受けて柔らかく輝き、整った顔立ちには自信に満ちた瞳が印象的だ。彼女は私に気づくと明るい声を上げた。


「クロエ! 元気そうでよかったわ!」


 突然声をかけられ戸惑っていると、隣に控えていたマリアが小声で耳打ちしてきた。


「お嬢様、この方はリリアナ様です。クロエ様の一番のご友人と伺っています」


 リリアナ――その名前に聞き覚えがあった。お父様からもらった交友関係のリストに載っていたはずだ。

 記憶を掘り起こそうとする私をよそに、リリアナはさらに声を弾ませた。


「久しぶりね! あなたったら、お屋敷に引きこもってばかりで全然顔を見せないんだもの。寂しくて、こうして押しかけてきちゃったわ!」


 その言葉に、思わず苦笑してしまう。


(「引きこもり」か……)


 確かに社交の場やお茶会には顔を出していなかったけど、この数日は剣術大会や遠乗りに出かけるなど、外出もしていた。それに、友人たちとの交流は今は控えるべきだと判断していただけで――。


(でも、わざわざこうして訪ねてきてくれたのはいい機会だし、事情を話しておこう)

「心配してくれてありがとう、リリアナ。ちょっと事情があったの。そのことをちゃんと説明させてもらえないかしら」


 私の言葉に、リリアナの表情がパッと明るくなり、頷いてくれた。


 応接室に通したリリアナと向き合い、使用人が用意してくれた紅茶を一口飲む。芳醇な香りが広がり、落ち着いた雰囲気の中でようやく気持ちが落ち着く。

 ひと息ついたところで、私は意を決して口を開いた。


「実は……少し前に階段から落ちてしまって。それで、記憶を完全に失ったの」


 リリアナの動きが止まり、驚きに見開かれた瞳が私を捉えた。


「えっ……記憶を? 完全に……って、全部ってこと?」

「ええ。過去のことは何も覚えていないの。だから、あなたのことも……」


 正直に話すと、リリアナの表情に心配そうな影が差した。けれど、次の瞬間には彼女らしい明るい笑顔を浮かべ、前向きに言った。


「そう……それなら、私たちと会うのも躊躇しちゃうわよね。事情を知らずに押しかけてごめんなさい」

「ううん。とんでもないわ。むしろあなたから来てくれて嬉しいわ。いつかは話さなければいけなかったから……」


 私の言葉に、リリアナは安心したように微笑んだ。


「私もこうして元気なあなたに会えてよかったわ。でもね、他のみんなもずっと心配しているのよ。せめて、仲の良かったメンバーだけでも知らせてあげたほうがいいんじゃない?」


 その言葉には確かに一理あった。私の知らないところで、クロエにとって大切な友人たちが気を揉んでいるのだと思うと、申し訳ない気持ちが湧いてくる。けれど、どうやって伝えたらいいのか……。


「そうね……でも、どう話せばいいのか……」


 悩む私に、リリアナは自信たっぷりの笑みを浮かべた。


「それなら私に任せて! 私がお茶会を開いてあげる。そこで事情を話す機会を作りましょう!」

「お茶会……」

「大丈夫よ、私が全部セッティングするから。あなたはその日に来てくれればいいの!」


 彼女の頼もしい提案に、私は深く頷いた。リリアナの言葉に救われたような気がする。


「ありがとう、リリアナ。よろしくお願いするわ」


 こうして、クロエの友人たちとの再会の場が、リリアナの手によって設けられることになったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、お茶会は庭園の一角で華やかに開催された。

 柔らかな陽光が花々を照らし、穏やかな風が心地よく過ぎていく。そんな中、私は意を決して立ち上がり、皆に向き直った。


「記憶を失ってしまった私だけど、また仲良くしてもらえたら嬉しいわ」


 深く頭を下げると、すぐに温かな声が返ってきた。


「もちろんよ、クロエ。あなたは私たちの大切な友人だもの」

「これからも一緒に楽しい時間を過ごしましょう」


 その一言一言が胸に染み渡り、私を強く励ましてくれた。この世界に確かな味方がいることを実感し、ストーカー問題で沈みがちだった心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。

 お茶会が終盤に差し掛かったころ、友人の一人であるロレンサがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、この間、占い師さんのところに寄ったの。久しぶりに店の前を通りかかったから、懐かしくなってね。そしたら、クロエの話になったのよ」


 例の占い師のことだと気づく。


「ロレンサったら、まだあそこに行ってるの?」


 リリアナが少し呆れたように言う。


「だから、たまたま通りかかっただけだってば……あ、ごめんなさい。占い師のことも覚えていないのよね?」

「えっと……少しだけなら聞いたわ。なんでもクロエは占いにはまっていたのだとか」

「正確にはクロエだけじゃないんだけどね」


 リリアナが肩をすくめ、説明を続ける。

 彼女たちもかつて同じ占い師に興味を持ち、皆でその店に何度か通ったという。


「最初はみんなで一緒に通っていたけど、そのうち私たちは飽きて行かなくなったの。でもクロエは凝り性だからどんどんはまっちゃって……それで一人で通い続けていたのよ」

「でも占いにはまってからのあなたったら、少し様子がおかしくなってきちゃって……そのあと連絡もパタリと途絶えちゃったでしょう?だから皆で心配していたのよ」


 リリアナとロレンサがそう言いながら、互いに頷きあう。

 様子がおかしくなっていたのは初耳だった。時期的にレオンが占い師の元に行くことを禁じたあたりのことだろうか。


「とにかく、占いのことを忘れちゃったなら、そのままのほうがいいわ。また様子がおかしくなったあなたを見たくないもの」


 リリアナの言葉に皆が頷いている。それだけ心配をかけていたのだろうと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。

 どちらにしても、私自身は占いにのめり込むほどは興味はない。……占い師のことは気になるけどね。


「そうね。忘れることにするわ」

「それがいいわ!」


 リリアナが笑顔で同意すると、その場の空気が和やかになった。

 こうして、お茶会は無事に終わった。



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