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夏も終わりに近づいた。結局ユキヤはあの日以来魔の森付近に行くことはなかった。正式には行くことが出来なかった。神殿からの仕事依頼が次々と舞い込む。夏場は天気が安定するため、高所での作業がノンストップ。したがってユキヤはかき入れ時だ。もちろんスバルとの時間は削らない。スバルの時間を優先して仕事を受ける。仕事ぶりはいたって真面目で覚えも早い。そのため仕事依頼はパンク寸前。秋になったらサクラも仕事に復帰するという。今は次女サエの通園練習中だ。
秋の魔の森討伐者募集と連絡が来たのはそんな時だった。
「ユキヤ、また行くのか?夏の間すごい仕事量だったじゃないか。今回は見送ったらどうだ?」
ミサキが声をかけたがユキヤは行く気まんまんだ。
「今回も行きます!心配しないで。絶対に無傷で帰ってきますから」
笑顔で答えるユキヤをみても、やはりミサキは心配だ。ユキヤの力は信用している。しかし年若い魔導士は時々、魔力の調整をしくじることがある。
ユキヤは成人するまでにしっかりと訓練をつんできた。どの魔導士も同じようにカリキュラムにそって十分な基礎訓練を受ける。それでも失敗することがある。ほとんどの場合、失敗は経験不足と本人の精神状態によって引き起こされる。ミサキも病院勤務の時、大けがの患者が大量に運び込まれた焦りから思うように回復魔法が使えず、先輩に助けられたことがあった。
疲れや焦り、予想外のパニックなど熟練した魔導士ならある程度は自制し魔法を使いこなせるが、若く未熟なユキヤはどうなのだろうか。
「わかった。だがしばらく仕事は控えなさい。夏の疲れをしっかり癒して、できる限り万全な体調で行くように。約束だよ。」
後ろ髪を引かれる思いだ。ユキヤは成人した魔導士、今のミサキには止める権限がなかった。ユキヤの体調管理を徹底し、応援することにした。
ミサキの言葉通り、ユキヤは仕事を断り休養期間に入った。休みの間に心のオアシス、スバルに会いに行こうとユキヤは東神殿を飛び立つ。なんだろう、今日の風は重たく感じる。風の声に耳を澄ませる。スバル具合が悪い。泣いている。
「スバルちゃんに何かあったのか?急ごう」
ユキヤは移動速度をグングンあげて中央神殿をめざした。
中央神殿に到着した。受付職員にたのみ、スバルの世話係を呼んでもらう。現れたのは初めて出会った日、案内してくれた女性だった。
「あらユキヤさん、今日も来られたのね。でもその、ちょっと今日は」
「スバルちゃんの具合、良くないんですか?風邪ですか」
女性は驚いた顔をしたが、そうね、あなたは風の人だもんね、と言って医務室に案内された。
「デリケートなことなのよ。だからその、専門の先生から聞いてくださる?」
医務室には女性の医師がいた。スバルのパートナーだと言うと、スバルの事を説明してくれるらしい。
「運命のパートナーなら、将来的には結婚をお考えですか?」
「もちろん、お互い腰が曲がるまで共に暮らしていきたいと考えています。いや、決めています!」
そうですか、と言って手渡された1枚の紙。検査報告書と書かれたその患者名の欄にはスバルの名前が書かれていた。




