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この世界では、ごくまれに強い魔力を持つ子供が生まれる。身分も血筋も関係なく突然生まれ、3歳前後で魔法を開花させる。それまではどんな魔法が使えるのかわからない。ただ、魔力をもつ子供は体に竜のうろこのような紋があるため、人々は「竜の子」と呼び、竜紋を持った子供が生まれると、神殿に届け出る義務を負っていた。
ここは港町。海に面した小さな島だ。年若い夫婦が今まさに、親になろうとしている。初産ということもあり、長時間の陣痛に母親となる娘は疲労していた。難産だと判断した産婆は隣の島から医者を呼び、赤子は無事に産まれた。ふくふくと肥えた元気な女児。周りは安堵と喜びに沸き立つ。同時に、産婆と医者は両目を見開き驚いた。赤子には全身に6つの竜紋があった。2人の知る限り、どんなに多くても紋は4つ。現在の魔導士長が4つの紋をもち、強い力の結界師として国の守り人と呼ばれている。
ここは島。成人した魔導士が暮らす一番近い神殿は本島にあり、船と馬車を乗りついで3日位はかかる。産まれたての赤子と母親の体力では移動は無理だ。
医者は赤子の父親と二人で神殿へ向かうことにした。幸いというべきか。季節は6月。台風の心配もなく本島には無事に渡れた。ここからは馬車の移動になる。長い道のりだ。
「神殿まで、結構な距離ですね。空が飛べたらいいのになぁ。」
父親になった青年が漏らした言葉を聞き、医者が笑う。神殿は、いざという時の避難所にも使われる。そのため、海から離れた小高い場所に建てられていた。
「乗合の馬車をつかまえて、乗り継ぎながらいくしかない。まぁ気長に行きましょう。竜の子がまさか島で産まれるなんてね。僕も医者になって初めての経験ですよ。」
二人は他愛のない話しをしながら歩き出した。
風がふわりと吹き抜ける。いつもとは少し違う、しかしすごく優しい風だった。瞬間、僕は胸がどきどきとした。初めての感覚、今すぐにでも空を飛び立って行きたい。でも、どこに?僕はどこに行きたいの?
「今日もここにいたのか、ユキヤ、下りておいで。訓練の時間だよ」
僕を見上げて声をかけるのは、この神殿の神官で魔導士のミサキさん。右手の甲に竜紋がある結界師でこの東神殿を守っている。
天気が良い日、僕はいつもこの木の上でのんびり風とお話ししているから、すぐに見つかってしまった。
「えー、もう少し遊びたかったのにぃ」
「ダーメ。ユキヤは魔力が強いから。しっかり訓練しないと危ないでしょ。」
いつものように風をまとって木から飛び降りる。僕は風の魔導士。7歳。両方の肩に竜紋をもっている。3歳の時にこの東神殿に引き取られた。魔力暴走を起こさないよう訓練して、うまく力をコントロールできるようになったらお家に帰れるらしいけど。山のふもとにあるこの神殿が僕はとても好きなんだ。お父さんとお母さんにはずっと会ってない。最後に会ったのは…うーん?実はね、二人の顔、忘れちゃったんだ。
「あのね、さっき風から聞いたんだ!新しい魔導士が産まれたみたいだよ!どこかはその、わからないけど。」
どきどきしたことは内緒にして、ミサキさんに教えてあげる。
「そうか!風の情報なら間違いないだろう。僕たちの弟か妹だね。嬉しいことだ。」
竜の子はみんな兄弟で、それぞれの力を認め合って仲良くする。いがみ合ったりせずお互いを大切にする。これは古からの約束。破ってはならない古からの誓い。