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カドリン叔母と一緒に客間に通されると、先に来ていた父に出迎えられた。
「クララ……!」
性根は優しいけれどもいつも寡黙で冷静沈着だったお父さまが、顔をくしゃくしゃにして、私を抱きしめた。長身のお父さまの胸に強く顔を押しつけられる。
「どれだけ……どれだけ、お前を心配したか……」
「ごめんなさい、お父さま。自分の力を過信して、一線を越えてしまいました……すべて、私の未熟さゆえです」
「いや、お前をここに呼んだ私の責任だ。六年修道院で過ごしたお前が、あのような状況で、身を擲ってまで人命を救おうとしようとすると……予測できずに……」
「……ん?」
お父さまの腕の隙間からカドリン叔母さまに視線をやると、叔母はウィンクを返しながら、フォローの言葉を発した。
「本当に、信心深く献身的なクララ! 一時はどうなることかと思ったけれど、そんなクララだからこそ、ラーダ神もお見捨てにならず、フェリクス殿もクララも無事にお救いくださったのですね!」
叔母さまがお父さまを「取りなした」と言っていたが、そういう設定にしてくれたようだ。確かに、恋心昂ぶるあまり、などと理解されたら、お父さまの心証も悪くなるしピューリオ家にも説明しづらいものがある。
「は、はい、すべて、ラーダ神のお慈悲ゆえ……」
「しかし、父はもう二度と、こんな思いはしたくはない」
父が私の頬を両手でつかみ、きつい目で私を見つめた。
「自分を粗末に扱うことは今後絶対に、しないでくれ」
「はい……約束します、お父さま。ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
その言葉を聞いて、お父さまはにこりと笑った。父はカドリン叔母と本当に兄妹なのかと思うぐらい、対照的に喜怒哀楽が少ない方だが、こうやって笑うと、やはり似ている、と思う。
そうしていると、ノックとともに執事の声が聞こえた。
「子爵さまとご子息フェリクスさまです」
私たちは慌てて姿勢を正す。
厳かに入室した親子は、神妙な顔をしていた。
「フォアティルト卿、クララ嬢」
久々に会うフェリクスさまのお父上、マルロ・ピューリオー卿は、顔立ちはフェリクスさまによく似ているが、年相応の威厳と貫禄がある。
お父上のマルロさまから、フェリクスさまにそっと視線を移す。顔色は悪いが、立ち姿にもその表情にも隙がない。
――良かった、だいぶ回復したんだ。
「この度は、息子の命を救うのに危険な思いをさせてしまい……なんと申し訳すれば良いか」
「どうか頭をお上げください、卿」
二人が深々とお辞儀をしている姿を見て内心焦ってしまったが、落ち着き払った声音で父が答えるのを聞いて、冷静さをなんとか取り戻す。こういうとき、「貴族然とした振る舞い」が骨身に染み着いていないことを自覚する。
「娘の術師としての未熟さを見抜けずに治療を指示した私の責任です。幸い、ご子息も娘も、無事に回復したことですし」
「寛大なお心、傷み入ります」
お父上と共に再び頭を下げ、顔を上げたフェリクスさまと目が会った。まっすぐにこちらを見るブラウンの瞳に、何故だかわからないまま反射的に顔を伏せてしまう。
「令嬢の回帰のお祝いも兼ねて、ディナーをご一緒いたしませんか?」
「お申し出、大変ありがたいのですが……娘もまだ本調子ではありませんので、ご遠慮させていただきます」
「そうですか。クララ嬢、どうぞお体お大事にしてください。食事は後ほどお部屋に運ばせます」
「姪へのお気遣い、本当にありがとうございます。それで――」
ずっと黙っていたカドリン叔母が、突然口を挟んだ。私と二人でいるような快活な口調とはまるで別人かと思うほど、品のある柔らかい声だ。
「お食事は遠慮させていただきましたが、姪も、ずっと室内におりましたので、外の風に当たらせたいと思いまして。ご迷惑でなければ是非、お庭などご案内いただけますと――」
「えっ?」
と、口にしそうになり、慌てて平静を装う。マルロさまが叔母の言葉ににこりと微笑む。
「なるほど、ではフェリクス、令嬢をご案内して差し上げなさい」
「はい」
また、えっ、と言いそうになって再び我慢する。カドリン叔母に助けを求めたいが、このタイミングでマルロさまから視線を外すわけにはいかない。
「我が家の庭は日が沈んでも楽しめるようにしてありますので。それではクララ嬢、ごゆっくり――と言いたいところですが、日が落ちて肌寒い時間帯です、お気をつけて」
「あ、あの、あ、え、えっと、お気遣いありがとうございます」
「では、クララ嬢」
予期せぬ展開に慌てふためいてる最中、フェリクスさまに名前を呼ばれ、更に冷静さを失ってしまう。
「ご案内いたします」
フェリクスさまが歩み寄ってくる。美しい所作の、長身の男性が、こちらに近づいてくる。
「クララ」
カドリン叔母が、私の耳元で囁いた。先ほどまでの落ち着き払った貴婦人から、いつものお調子者の叔母に戻っている。
「頑張って!」
「がんば……ってって」
「こちらへどうぞ」
「あ、は、はい」
フェリクスさまの目がじっと私を見ている。あの晩の、意識の混濁していたときとは違う、冷静な目で。私を、まっすぐ。




