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 瞼が重い。目が開けられない。

 それでもその動かせない瞼の向こうから、光の気配を感じる。鳥のさえずりが聞こえる。朝なのだろうか。


「う……」


 身体を動かそうとするのに、まるで重くて思い通りにならない。全身をきつく拘束されているかのようだ。


「クララ!?」


 ああ、カドリン叔母さまの声だ。これは一体どうなっているの? そう尋ねたいのに、声も満足に出せない。


「ああ、良かった……! ようやく目が覚めたのね」


 叔母さまの声が震えている。泣いているのだろうか。目を開けて確かめたいし、声をかけたいのに、何もできない。


「大丈夫よ、無理をしないで。あなた、フェリクス殿を治療するのに、魔力を消耗しすぎて倒れてしまったの。栄養剤、飲めるかしら?」


 背中に誰かの手が差し込まれて、わずかに上半身を起こされた。一瞬、頭がくらっとする。唇に何か陶器のようなものが当てられ、そこからゆっくりと液体が流し込まれる。甘いような、塩気があるような、苦いような、妙な味。その液体が、乾いた口の中をじわじわと満たした。喉を動かすのも一苦労だったが、なんとかして飲み込む。ある程度それを繰り返したところで、身体を元に戻された。


「ゆっくり寝てちょうだい。休息をとれば大丈夫だって、お医者さまが仰っているわ」


 優しくそう言う叔母の声も段々と遠ざかり、また私の意識は混濁する。


 +++


 再び目覚めた時は、まだ身体の重だるさは感じつつも、自分で起きあがることができるまでに回復していた。

 私はフェリクスさまの治療中に倒れてしまい、そのままピューリオ家の客室で三日眠り込んでいたらしい。


「倒れたあなたを発見したときの、お兄さまの慌てぶりったらなかったんだからね。まったく、なんて無茶するの」

「ごめんなさい……」

「そのときは私が取りなしておいたけど、さっき使いを出してお兄さまもこちらに来るから、ちゃんと反省して見せるのよ?」

「はい……あの、それで、フェリクスさまは……」


 カドリン叔母はにっこり微笑んで頷いた。


「あなたのおかげで、順調に回復しているわ」

「本当ですか!? 良かった……まだ、こちらの屋敷にいらっしゃるんですか?」

「……あなた、フェリクス殿に、会いたいなんて言うんじゃないでしょうね?」


 急に眉根を潜めて叔母が私をにらみつける。


「えっ……と、だめ……ですかね?」


 叔母さまは背後に控えていたメイドに、手鏡を持ってこさせた。


「ご覧なさい、あなた、この顔で会おうって言うの!?」

「うっ」


 綺麗に磨かれた鏡の中にいるのは、土みたいな顔色と目の隈がひどい、みすぼらしい女だった。


「これまでどういう関係だったか知らないけど、こんな姿を見せちゃあ、百年の恋も冷めるわよ!」

「ひゃくねんのこいって」

「ふふん」


 にやりと笑うと、鏡を持たせたメイドを下がらせる。


「あんな風に命がけで助けようとする相手が、ただの親戚だのお知り合いだのって関係とは、言わせないわよ?」


 ぐうの音も出ない。確かに、特別な思い入れがない相手にできるわけがないことを、やってしまった。

 とはいえ、私の一方的な思いでしかないのだが。


「安心なさい」


 カドリン叔母は、本当に表情がころころと変わる。今度は、本当に慈しむような優しい微笑みとともに目を細めて、私の頭をそっと撫でてくれた。あの夢の中で、久々に母の姿を見たせいか、そこに母性のようなものを感じて、なんだか切ないような、寂しいような気持ちがほんの少しだけ、する。


「私がついているからには大丈夫よ。最高のおしゃれをしてから、お会いしましょ」


 また背後のメイドに合図をすると、今度は食事が運ばれてきた。


「まずは栄養をつけて、身体を回復させないと。どう? 暖かいスープぐらいなら、口に入りそう?」


 平たい皿に、湯気の立つポタージュ様の料理がよそわれている。私は差し出された匙をそこに浸す。


「無理はしなくても良いけど」

「いえ……」


 暖かく、甘みととろみの強いスープが口の中に広がる。急に、体中の緊張が緩むのを感じる。エネルギーが沁みこんでいくのを感じる。

 自分が、今、生きているのを、感じる。


 +++


 丸一日を回復のために充てることで、倦怠感は残るものの、なんとか自由に体を動かせるまで戻ることができた。


「まだまだ顔色は悪いけど……ここは化粧の腕の見せ所よ~!」

「はい、奥さま!」


 カドリン叔母と一緒に鏡越しに私を挟み込んでいるのは、叔母の連れてきたらしいメイドだ。メイクアップの腕を代われて叔母に寵愛されているらしい少女は、かなり張り切ってファンデーション用の刷毛を用意している。


 ちなみに、フォアティルト家での馴染みのメイドもあの夜の後、ピューリオ家に呼び出されていて、三日三晩私の世話をしてくれていたようだ。今はカドリン叔母のメイドのメイク・テクニックを学ぶべく後ろから観察している。


「顔色が健康的に見えるように……瑞々しく見えるように……若々しく頬をほんのり色づけて……クララ、あなたの美しい目を強調するようにしないとね」

「あの……叔母さま……ピューリオ家の皆さまにご挨拶するだけなので、そんな華美な装いにしなくても……」

「もちろんわかってるわよ! でも、自分を美しく見せることに手を抜くのは、相手にも、自分自身にも失礼よ!」

「はあ……」


 カドリン叔母指示のもと、慣れた手でメイドに化粧を施されると、あっという間に、健康的で、清潔感や若さが溢れる、美しい少女の顔ができあがっていた。


 それからあれよあれよとドレスや髪型やアクセサリーを装着させられ、姿見の中には立派な貴族令嬢然とした私が立っていた。


「ほら、背筋を伸ばして。胸を張って、堂々と振る舞って。あなたは、美しくて、知性があって、すばらしく魅力的な女性なの。多少の謙遜は良いけど、卑下をするのはだめ」


 叔母さまが、私の両頬にそっと触れ、それから、おでことおでこを合わせた。


「自分を卑下したり、そのせいで自分の本当の気持ちから逃げたりしてはいけないの。その方が、よっぽど、未練や、ゆがんだ感情が生まれてしまうから――」


 その言葉に、はっとする。

 カドリン叔母は、どこまで、気づいているのだろうか。社交界に出て男性とも出会いたいなどとも言っていたはずの姪が、突然縁戚の家にやってきて、昔なじみの青年に無茶な魔法による治療を施して、そのせいで死にかけたのだ。

 何か事情があるのだと、思われても仕方がない。


 言葉を返せずに、沈黙してしまった私に、もう一言だけ、言い含めるような口調で、叔母は言った。


「あなた自身が、絶対に後悔しないこと。そういう選択を、しなさい」

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