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 また、足下がぐらついて、めまいの末に見知らぬ場所にたどり着いた。

 おそらくは今度こそ、知らない場所だ。


 先ほどまでのピューリオ家の敷地とは違う森の中。どうもそこは丘陵のようで、足場が坂になっている。硬く岩っぽい地面に生える木々はまばらだが、それでも夜の森は暗かった。まだ出てきたばかりの月の光が、かすかに枝葉の隙間から漏れてくる。


 ――ここにも、フェリクスさまがいるのかしら?


 辺りを見回した、次の瞬間、突然、暗がりの中に鋭い光が走った。


 ――これは……光の魔法の気配……?


 閃光に目を細めながら、その源を探す。視界を塞いでいた光はすぐに失せて、代わりに、血なまぐさい光景が目に飛び込んできた。


「オオ……グオォ……!」


 ――ゴーレム!


 拳を振り上げた巨大な岩状の怪物と、四人の人間が戦っている。

 青年が、矢をつがえ、鋭く放つ。それはゴーレムの目に相当する場所に命中したようで、地響きのような悲鳴が辺りに響きわたる。


「殿下!」


 合図を送られたユージーク殿下が剣を振りかざし懐に飛び込もうとするが、気配を察したらしいゴーレムが激しく腕を振り回し、間合いに入ることができずにいる。


「みんな、下がって!」


 声をあげたのはアカリだった。泥と傷だらけの顔。しかし諦めることを知りそうにない、強い意志に満ちた目で、ゴーレムを睨みつけている。


「もう一度、私が、水の魔法で――」

「だめだ。今、これ以上魔法を使ったら」


 静かに、しかし厳しい口調で制したのは、アカリに付き添うように立っていたフェリクスさまだ。その意味が、私にもわかった。アカリの中で、魔力の使いすぎによる過度な消耗が起こっているのを感じる。


「でも、あいつには物理じゃ歯が立たない、水の魔法を使うしか――」


 言い終えないうちに、ふらついたアカリを慌ててフェリクスさまが支える。


「お願い、止めないでフェリクス」

「だめだ」


 きっぱりそう言うと同時に、フェリクスさまは突然、アカリの首元に手刀を落とした。元々弱っていたところに急所を刺激されたアカリは完全に気を失う。


「おい、何やってるフェリクス」

「殿下、フレイ殿、アカリを連れて先に逃げてください」

「何を言って」


 動揺したユージーク殿下の言葉に、フェリクスさまは何も返さず、無言で剣を掲げる。光魔法のエネルギーがそれに集まり、徐々に集まっていくのがわかる。


「ゴーレムは水の次に光の魔法に弱い。俺でもなんとか足止めぐらいならできるはずです。その間にできるだけ遠くへ」

「あなた一人であれの相手をすると?」


 険しい顔で問うのは、フレイと呼ばれていたエルフの青年だ。


「あれは四人がかりでも今は倒せない。俺もある程度時間が稼げたら、すぐに後を追います。とにかく、アカリを」

「――ちっ。絶対に無理はすんなよ! フレイ、行くぞ!」


 やむを得ないと判断したのか、殿下は小さく舌打ちしながら、アカリを背負い、勾配のある坂を急いで下っていく。フレイも、殿下の命となれば従うしかないと思ったか、二人の背後を守るように警戒しながらそれを追いかける。


 逃げていく人影に、ゴーレムは反射的にそれを追おうとしたようだが、目に当たった強い光に反応して、動きを止めた。フェリクスさまが、光魔法を込めた剣に、月光を反射させたのだ。


「来い、俺が相手だ」


 また、足下がぐらついた。今度は地割れでもしたのかという衝撃だった。急に目の前が、完全に真っ暗になる。どこかに倒れ込んだようだった。膝を打ち付ける。


 見渡すと、どこまでも、暗い闇だった。

 新月の日の、消灯した後の修道院だって、星が出ていればこんなに暗いことはない。

 何もない。音もない。まるで自分の存在自体がこのままどこかに吸い取られて、最後にはこの闇にとらわれてしまうのではないかと、理屈にならない恐怖が襲ってくる。


 ――しっかりしなくては。


 私は頭を振って、自分を叱咤する。


 理由はわからないが、私はもともとフェリクスさまの「浄化」をしていて、フェリクスさまに関係のある夢や幻覚のような何かを見ていた。

 きっと、この暗闇にも、フェリクスさまと何らかの関係がある。


「フェリクスさま!」


 私は叫んだ。


「フェリクスさま!」


 叫びながら、ただただ暗闇の中を歩き回る。そのとき、ぼんやりと目の前に、人の気配が現れた。


 ――なんだろう。夜目が利いてきた、というのとは違う。これはやっぱりただの暗闇じゃない。突然ここに現れた、「何か」を、私は「感じて」いる……。


「フェリクスさま……?」


 手探りで手を伸ばす。温もりを感じた。人間の肉体だ。何も見えないが、そこに、横たえた人が、いる。

 何故だろう。理由はわからないのに、それはフェリクスさまなのだと、私の心は確信している。


「ァ……」

 喘ぐような声に、私はフェリクスさまの手を探し出して、握りしめる。


「しっかりしてください!」

「…な……か…?」


 あまりに切れ切れで、絞り出すような声。私は耳を寄せて、もう一度尋ねる。


「どうしたのですか、フェリクスさま」

「…は……ぶじ……か……?」


 思わず、手を握るのに力が入ってしまった。私はこんな状況でも、くだらない恋の嫉妬で動揺してしまうのだろうか。なんてろくでもない女なのだろう。


 フェリクスさまは、アカリの心配を、ずっとしているのだ。あのピューリオ家のベッドの上でも。この謎の暗闇の中でも。

 自分の命すら犠牲にまでして守ろうとした相手だ。安否が気になるのは当たり前だろう。

 実際、アカリがあの後どうなったのか、私は何も把握していないが――フェリクスさま一人があの屋敷で治療を受けていたことを考えると、アカリたちは先に逃げ切って、無事なのではないだろうか。

 真実はどうあれ、今はフェリクスさまをどうにか安心させてあげたい。そう思った。


「大丈夫ですよ。アカリも、ユージーク殿下も、フレイさんも」

「そう……か……」


 息苦しそうだが、私の言葉に安堵したようにも思える。


「また……」


 更にか細い声になって、何かを呟いている。私はじっと、耳をそばだてた。


「また……守れなかったらと……思って……」


 それを最後に、また、フェリクスさまは意識を失ったようだった。


「フェリクスさま、起きて、起きて」


 私は手探りで頬を探り当て、それを叩く。反応がない。全身もいつの間にか冷え切っていた。


 ――どうしよう。


 闇魔法の呪いの浄化は、幻を見始める前にはほとんど終わっていた。フェリクスさまに必要なのは「気」の充足だ。すべての生命のエネルギーの源。通常なら闇魔法の浄化が住めば、人が自然に備えている本能的な力で回復していく。でも今回は、強すぎる黒魔法の呪いで、彼の身体の中の「気」がほぼ枯渇してしまった上に、本人から「気」を取り戻したいという意志が感じられない。


 ――どうして。


「いや……だめ、だめよ、フェリクスさま」


 私は、なんとか冷たいフェリクスさまの身体を暖めようと、抱きしめる。身体にふれあった部分から、わずかに光魔法のエネルギーが行き来し会うのを感じる。


「死なないで。生きて。お願い」


 ただの治療のように光魔法を与えても、きっとどうにもならない。「気」そのものを光魔法のように与えることも、できない。「気」はその人それぞれの持ち物で、他人の生命エネルギーにはならないからだ。


 ――じゃあ、「気」の源は?


 気は、魂から生まれる。修道院ではそう習った。それを、私の魂を、フェリクスに与えたなら?


 ――神よ、偉大なるラーダ神!


 私の、魂を……私の与えられるすべてを、この人に捧げます。お願いです。私の愛しい人を――救って!

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