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 新しいドレスに靴、アクセサリーを仕立て、ダンスの家庭教師からようやく基本的なステップを身につけているうちに一ヶ月も経ってしまった。


 その間も時折カドリン叔母に連れられて茶会などに顔を出し、ご婦人方の世間話から社会情勢や社交界のゴシップなどを見聞きする。


 そうして、叔母に連れられて夜会にやってきた。主催のルブルス伯爵夫人は、顔が広いのでつながりを持っておくに越したことはない、とのことである。


 フォアティルト家の首都や地方寮にある館も決して貧弱なものではないはずだが、今をときめく伯爵家の邸宅は目を見張るほど立派だった。その大きさはもとより、高い天井まで一面に張り巡らされた装飾。輝くシャンデリア。出迎える使用人の数も桁違いだ。


 眩しくて目を細めたくなるぐらいの会場を、優雅な音楽と参列者たちの話し声が埋め尽くす。その中をカドリン叔母は慣れた様子で闊歩する。私はその後ろを慌てて――とは言え、品のない仕草をするわけにはいかないので、もちろん、未だ慣れきれないヒールと格闘しながらも、優雅に見えるように細心の注意を払いながら――ついていく。


「気になる殿方がいたら、目で合図をするのよ。誘われたらとにかく一緒にダンスフロアに出なさい」


 カドリン叔母が耳打ちしてくる。


「気になる……って?」

「要は、ワルツを一緒に踊りたくなる相手ってこと! 顔とか、仕草とか、目を引くものがあったら、どんどん見つめるのよ!」


 そう言われ、私はなんとなく、会場にいる若そうな男性を見回す。目を引く姿、とはなんだろう。

 思春期になる前から修道院にいたせいで、皆無ではないとは言え若い男性と接触した経験も少ないし、何かロマンスを夢想する相手がいるとすれば、今まで、私にとっては一人だけだった。


 ――いけない。


 そもそも、それを終わりしたいからこそ、ここに来たのだった。

 こういった場で殿方と沢山出会えば、幼い頃から抱き続けてきた恋とも執着ともわからない感情と離別できるのではないか、と。


 わからなくても、始めようと努力しなければ何も起こらない。自分から積極的に良い出会いを探さなくては。

 自分を叱咤して、私はもう一度、会場を見回す。


「クララ、顔が怖いわよ、もうちょっと殿方が声を駆けやすい表情を作って!」


 叔母が耳元で囁く。そう言われても、こんな大勢がいる賑やかな場所で人を観察するのも慣れていないのに、その上異性に好かれそうな表情を作れなんて、難しい。


 そう思いながら顔の筋肉を少し意識して動かし始めた瞬間、会場の中央の方にいた一人の人物と、ふと目が会った。

 その瞬間、私はちょうどへんてこな顔をしていたのかもしれない。

 その人物は一瞬、きょとんと、びっくりしたような表情をした後、ふ、と柔らかく笑った。


 ――うわ、恥ずかしい。


 思わず俯いてしまってから、慌ててもう一度顔を上げた。明らかに私よりも身分の高い人だ。目をそらしたのは失礼にあたる。

 と、思った時には、その人はそばにいた、この夜会の主催であるルブルス伯爵夫人に何事かを耳打ちして、こちらに歩いてくるところだった。


 ――え、な、なぜ?


 これが妙齢の殿方だったらロマンスが発生する前触れかもしれないが――……。


 その人は、美しく着飾った女性なのだった。


 ――目が会った後にすぐそらしたから、喧嘩売ったと思われた?


「チューイン夫人」


 ルブルス伯爵夫人が、私のそばにいた叔母に声をかける。


「トロズスティ辺境伯令嬢のメーラさまに、あなたの姪御どのをご紹介くださる?」

「まあ! お会いできて光栄ですわ。こちらは、ティーゼル子爵家の長女で、私の姪に当たります、クララ・フォアティルトです」

「ク、クララ・フォアティルトと申します」


 私は慌てて礼をする。


「メーラ・ミリアーズです」


 長身で、美しくりりしい顔立ちをしている少女だった。ストレートの赤みがかったロングヘアがきらめいていて目を引く。あまり膨らみのないシンプルなデザインのドレスはスタイルの良さを際だたせている。少し揺れる度にきらきらと輝くのは、宝石の欠片が縫い込まれているのだろうか。

 少し低めのアルトの声が、クールで色っぽくも思える。


「このような夜会に来るのは初めてで。不安にしていたら、あなたと目が会ったので」

「し、失礼をいたしました。私も実は、今日が初めての夜会で――先日まで、修道院にいたものですから……」


 慌てて言ってしまってから、言い訳がましかったかと後悔するが、メーラ嬢はむしろ目を輝かせた。


「修道院に! それはすばらしいですね。最近では、若者の信仰心が薄れつつあって嘆かわしいと思っていたところでしたが、このようなご令嬢も奉仕されているとは」

「いえ、たった六年いただけですので……」


 癖で謙遜しかけてから、トロズスティ領について知っている情報を頭の中でかき集めた。


 トロズスティは国境の近くにある広大な領土で、辺境伯であるミリアーズ家がそこを治める歴史はラトア王国の歴史よりも長い。

 そしてミリアーズ家は代々、ラーダ神への信仰が篤いことで有名だった。メーラ嬢が「修道院」に食いついたのはそういう事情だろう。私に信仰心があることは主張しておいた方が無難かもしれない。


「しかし、多くのことを得ることができました。ラーダ神への感謝の心、魔法の知識……修道院を勧めてくれた父のおかげと思っています」

「魔法も修学されているのですね。フォアティルト家は確か、光の加護を受ける一族だったはず……」

「はい、私も司教さまに光魔法の素質を認めていただいて、その理論と実践を重点的にご教授いただきました」

「王都の修道院の魔法学はどのように展開されているのですか? ああ、もう少し静かな場所でじっくりお話させていただいても?」

「ええ、もちろん」


 辺境伯令嬢ともなれば、子爵家の娘である私より身分が圧倒的に上である。誘いを断るなどあり得ない。

 饒舌になったメーラ嬢に連れられ、人気ひとけのないバルコニーに出た。喧噪やダンス音楽が背後で遠くなる。


 メーラ嬢は社交界には元々あまり興味がなかったようだ。辺境伯領は他の領土と違い、一国に近い自治権が保証されているため、少し他の貴族とは趣が違う暮らしをしているきらいがある。メーラ嬢だけではなく、辺境伯夫妻やその他の家族も同様で、あまりこういった社交界の場には来ないらしい。

 今月初めて王都に来たため、一度ぐらいは、と顔を出したのが今夜の夜会だったそうだ。そこで私に会い――

 思いがけず信仰や魔法についての話題の合う相手――つまり、私という存在を見つけてしまったメーラ嬢は、上機嫌に話し続けた。


「なるほど、私、トロズスティ領では上流から平民まで、みな信仰に篤いのかと思っていましたが、ご苦労なさっているのですね……」

「全く、困ったものです。この広大なラトア王国領が長年平穏無事に暮らせているのも、すべてラーダ神のご加護ということを何故感じられないのか!」


 熱く語りながら握り拳でバルコニーの手すりを叩かんばかりのメーラ嬢である。


「……そうですわね、特に領主自ら信仰の篤いトロズスティ領の豊かさ、平穏さは王国随一ですから……」

「それが、そうでもないのです」


 メーラ嬢の声が急に、静かになった。その声のトーンの変化と、トロズスティ領が平穏ではない、という意味合いの言葉に私は思わず目を丸くする。


「我々の領地では、異民族も領内に住まわせています。ラーダ神に従わない異教徒です。この者たちがこのところ、不穏な動きを――」


 先ほどまでの穏やかな表情が、急に険しいものになって、メーラ嬢はそこまで語ってから、急に我に返ったようだった。


「これは……失礼いたしました。余計なことを喋りすぎてしまいましたね」

「いえ、とんでもありません」

「……長々、お時間を独占してしまいました。私はこれで失礼いたします」


 焦ったようにメーラ嬢は立ち去っていった。領内の機密事項をうっかり喋ってしまって動揺しているのだろう。あまり複雑な立場にあるわけではない私が相手で不幸中の幸いだ。

 それにしても、異民族、異教徒との関係が複雑化している、というのは意外な情報ではあった。あまりラトア王国内の他の地域には居住していないので馴染みがないが、トロズスティ領で有名な異教徒といえば、ドワーフや、エルフ……。


 ――エルフ?


 私の脳裏に、あの満月の夜の記憶がよみがえる。


 アカリとターシャを襲った魔物。それを遠目に見て何もできずにいた私――そして。


 そこに颯爽と現れて二人を助けた青年。


 あの青年は、エルフだった。正確に言うならば、確か混血だったはずだが……。

 それ以上の詳細な記憶を思い出せない。名前すら思い出せないが、彼は今、アカリたちと魔物討伐の旅に一緒に出ているはずである。


 ――まさか、メーラ嬢との出会いもこの先アカリに繋がるって言うの……?


 私は本当に、アカリが中心の「シナリオ」から逃れられないのだろうか。

 恐怖に自分の身体を自分で抱きしめた、そのとき。


「クララ・フォアティルトさま」


 屋敷の使用人が二つ折りにされたカードを差し出してきた。


「フォアティルト子爵さまより、早馬がございました」

「お父さまから急な連絡が?」


 不思議に思いながら、盆の上に置かれたカードを手に取り、開く。

 そこにあったのは、やや不可解な文面だった。


「不測の事態。至急ピューリオ家へ来られたし」

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