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「んまぁ~! クララ! もうすっかり大人のレディーになっちゃって!」
父の妹であるカドリン叔母様と最後に会ったのは、修道院に入る直前で、もう六年も経ってしまった。父よりも十歳ほど若く、二人いる子供たちも、まだ私よりかなり幼い。
叔母さまの装いは、親戚の家に訪ねるシンプルなドレスではあるが、華やかさと品格があふれ出る不思議に目を引くものだった。
満面にご機嫌の笑みを浮かべ、カドリン叔母は私の頬を両手で包み込むように触れ、顔をのぞき込んで観察する。数秒の沈黙の後、ふふっ、と楽しそうに微笑んだ。
「社交界に顔を出して、素敵な恋をしたいんですって?」
「えっ、いや、それが主目的ってわけでは……お父さま、叔母さまにそんな説明を……?」
「隠さなくていいわ! 女の子は誰だって、舞踏会に憧れるものですもの。華やかなダンスホール、貴公子と淑女の危ない駆け引き――」
うっとりと語る叔母に、父の「若い頃は社交界で浮き名を流していたらしい」という情報の真実味を感じていた。
「えっと」
軽く咳払いをして、叔母の話を控えめに制する。
「舞踏会については、確かに、一番教えていただきたいことではあるんです。修道院では色々と教養や礼儀作法も学んだんですが、パーティーでの決まり事やダンスなんかについては、私、未だに一切知らなくて……」
「おお、神よ!」
何故か叔母は額に手を当て身体をのけぞらせ大げさに嘆いてみせる。
「花も恥じらう! 十六歳の! 少女が! ダンスを学んだことがないなんて! 兄さまは一体何を考えていたの? まさか、娘可愛さのあまりどこにも嫁にやりたくなくて、わざと修道院に……!?」
「い、いえ、そんなことはないはずですが」
「とにもかくにも、衣装! とびきりのドレスを用意しなくては!」
叔母さまは控えていた自分のメイドに何かを指示した。
「衣装なら、修道院から出たあと何着か仕立てているので――」
「もう! 舞踏会よ! それも初めての舞踏会! そのための特別なドレスを仕立てるの。それに、どうせあなたのその様子だと、仕立たっていうドレスもどうせ、おとなしいデザインのものばかりなんじゃなくて?」
「う……」
それにはとっさに反論できなかった。修道院では長年、定められたシンプルな修道服しか着用していなかったので、華美な色彩や立体的なデザインのドレスをオーダーするのに躊躇してしまった。
「ほら、ご覧なさい!」
叔母さまのメイドが、テーブルの上に次々とミニチュアのマネキンを並べ始めた。腕に抱き抱えられる人形のような大きさのマネキンに、華やかなドレスが着せられている。
「今年のモードになりそうなデザインのサンプルを、私のお気に入りの仕立屋に用意させたの」
「わあ……」
首のないお人形がショーをしているみたいだ。重ねられた透明感のあるレースや、輝くサテン生地、丁寧で繊細な模様の刺繍。どれも美しくて、十代の少女が心躍らないわけがない、というものばかりが十体、整然と並んでいる。
「ほらほら、うきうきしてきたでしょう?」
「い、いや、でも、これを自分が着るとなると……うーん」
舞踏会用のドレスではよくあることとわかってはいるが、肩周りの露出が多いものばかりだ。一番開放的なものだと胸元がかなり開いている。観賞用のドレスとして見ているだけならただ素敵だと思えるが、そんなに肌を露出して大勢の前に出る、と思うと急に気後れしてきた。
「もう、何よ今更! クララ、想像してみなさい。すべての貴族令嬢の憧れよ! 暗い庭を抜けると姿を表す大きな館。まばゆい光を放つダンスホール……」
まるで舞台女優が歌うように語り出すと、カドリン叔母は私の目元にそっと手のひらをあてがって目を閉じさせる。
「広い会場には美しく着飾った令嬢たちと礼服を纏った貴公子たちがひしめき合っているわ。ある時は策略的に、ある時は理性をかなぐり捨て本能的に、視線を交わし合うの。ほら、クララ、今、美しい青年があなたに微笑みかけたわ。運命を感じたあなたは同じように微笑みを返すの。彼は優雅に歩み寄ってきて言う。「お嬢さん、ワルツを一緒に踊ってくれませんか?」 弦楽器の豊かな音が前奏を始める。1、2、3、1、2、3……」
突然私の視界を塞いでいた叔母の手がどけられ、私の手と腰に回される。カウントと共に揺れ始めた彼女に導かれて、私はステップを――二、三歩踏んで、すぐに躓いた。
「きゃっ……!」
ぐらついた身体を、ぎゅっと抱きしめられる。力強く支えられたまま、私は顔を上げ、至近距離で叔母と見つめ合った。
「大丈夫ですか? レディー」
「え、ここまでが寸劇の一部なんですか?」
「ふふ、ロマンチックでしょ? 頭の中で、どんな貴公子と踊ってたの」
「どんなって」
舞踏会でワルツなんて、考えたことがない――わけではない。妄想の中ではいつだって、同じ人と手を取り合っていた。
「あ、その顔は。結構具体的な想像を繰り広げていたわね」
「そ、そんなこと、ありません!」
私はあわてて叔母の手を振り払う。顔が熱くなっている気がする。
そんなことは、あったとしても、あってはならないのだ。
私は唇を噛んだ。
「ふーん。まあ、そこは追求しないでおくわ。とにかく、舞踏会用のドレスは数着、仕立てなくてはいけないから、明日、仕立屋を呼ぶわよ。それから、ダンスの講師も。猛特訓しなくちゃね。特に、ワ・ル・ツ」
「は、はあ……」
「あと、茶会や夜会の招待状が来ているなら、一通り見せてちょうだい」
メイドに合図すると、心得たとばかりに退出した。私宛に招待状を送ってきた貴族たちについて情報をくれるなら、ありがたいことだ。私は居住まいを正す。
「ふふ、それにしても、あんなに小さくて気弱だったクララが、社交界デビューなんてね」
感じ入る用にぽつりと、叔母が呟く。その表情は、さきほどまでのからかい半分のものとは違って、どこか母性に満ちた、優しげなものだった。
――母が生きていたら、同じような顔をしていただろうか。
「あら、どうしたの、クララ。なんだか急に、寂しそうな顔をしだしたわよ」
「え……あ、いえ、なんでもありません」
「水くさいわね、気になることがあるなら、なんでも聞いてちょうだい」
すっかり元通りのからっとした口調でそう言われ、私はふと、尋ねてみた。
「叔母さまは、叔父さま……チューイン子爵さまとは、舞踏会で出会ったのですか?」
「いいえ、私たちは親同士が決めた結婚よ。まあ、顔ぐらいは知っていたけれど」
「えっ。では、舞踏会で恋とか、出会いとか、なかったってことですか?」
父は、カドリン叔母は社交界で浮き名を流したなどと言っていたから、てっきり数多ある求婚者の中から相手を選んだのかと思っていた。
私の問いに、叔母は不敵な笑みを浮かべた。
「あのね、クララ。恋と結婚は別のものなの。貴族の家に生まれた以上、自由には生きられないわ。でもね、これだけは覚えておいて」
そこに続いた言葉を口にするその目は、とても真剣に見えた。
「心だけは、自由でいても、愛に正直でいても、いいのよ」




