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「そういえば、お聞きになりまして?」


 見事に優雅な仕草で、ムゴリア夫人はティーカップをソーサーへ戻しながら、そう言った。

 テーブルを囲んでいた貴婦人たちが一斉に、いかにも興味をかき立てられた、という表情を作って、夫人へ視線を向け、その言葉を待つ。


 王都へ魔物が進入したあの夜から、半年が経った。私は父に修道院から呼び戻され、今は王都のタウン・ハウスに滞在している。あちこちの茶会や夜会などに顔を出すのは、貴族令嬢にとっては婚活であるが、我が家には母がいないので、私がその代わりに顔を売ったり情報を収集したりする意味もある。


「陛下が、魔物討伐のための新しい組織を設立なさったのですって」

「まあ、王都警備隊とは別に新しく、ということですの?」


 そう聞いたのは――レセタリア夫人、だったろうか。ここ数週間で大勢の人間と新規に知り合ったために、頭の中が整理しきれていない。

 話を切りだしたムゴリア夫人は初めて父に連れられた夜会で出会ってすぐに顔と名前が覚えられたぐらい印象的な人物だった。情報通で通じている――すなわち、噂好きな性格のようだ。彼女は自慢げに質問に答える。


「ええ、既存の騎士団のどこからも独立した、新規の組織なのですって」

「魔物の出没が増えてから、もう三年ほど経ちましたものね」

「新しい組織を立てなければならないほど、事態は深刻なのですね」

「――いいえ、それがどうも、別の事情も絡んでいるようなのです」


 ムゴリア夫人は、声を潜めるような仕草をしながら、テーブルに着く面々に目配せをした。六、七人だけの会場に、他の者は使用人を含めて人払いをしているので、急に小声になったところで特に意味はない。聴衆の気を引くためのパフォーマンスだ。


「あくまで宮廷内で立っている噂によるものですが……その新しい組織には、第二王子殿下が所属されるそうなのです」

「第二王子のユージーク殿下というと、今は士官学校に行っていらっしゃるのでは?」

「あら、私、お会いしたことがありますわ」


 聞きなじみのある声がテーブルの反対側から飛んできて、私は緊張で身体を一瞬硬くした。

 正面の方に座っているのは、自身の母と一緒にこの茶会に出席している、修道院時代の元同室――アカリが来る前に一緒の部屋で寝起きしていた友である、ジデル・オシミリオ嬢。年齢はお互い同じ、今年で十六歳。修道院に入ったのも同じ頃。家の格もだいたい同じの子爵家だったので、何かと気が合っていたつもりだったのだが、社交界の洗礼を受ける時期が二、三ヶ月先んじられるだけでこんなに違いが出るものなのかと、今は信じられない気持ちで彼女を見つめている。

 社交界での貴族夫人、貴族令嬢たちのコミュニケーションのルールは非常に複雑で神経を使う。表面的なマナーについてはいくらでも知識として身につけようと思えば身につけられるが、こういう場での会話でどう受け答えすれば、無難なのか、あるいは意図したように相手に好印象を残すことができるのか。修道院の、毎日の規則正しく神のことばかり考えていた生活から帰ってきたばかりの私には、さっぱりわからない。

 しかしジデルはもうすっかり、この会話の流れに積極的に乗り込んでいこうとしている。その気概が全身からあふれている。私は修道院時代の彼女からの変貌ぶりに戸惑いを隠せない。


 まだ一般的な社交場に姿を表していないと言われているユージーク殿下に「会ったことがある」と言い放ったジデルに、テーブルの貴婦人がたの視線が集まった。


「私とクララ嬢は、少し前まで修道院におりましたの」


 なにが始まるのだろう、あまりこっちの名前を出して巻き込まないで欲しい……と心の中で思いながら、彼女の話に黙って耳を傾ける。


「修道院では、慈善活動を行いますでしょう。市中で炊き出しなどするときに、男手も必要だろうからと、士官学校のみなさんたちも手伝いに来てくださるんです。ユージーク殿下も積極的に手伝ってくださって、気さくな振る舞いで士官学校の仲間や市井の者たちに声をかけたりされていて、とても印象的でしたわ」


 長々語るジデルの言葉は熱く、ユージーク殿下に対する本気の憧れが見えるようでもあった。


 話の中心を取られそうになったムゴリア夫人が軽く咳払いをしてから、なんてことないというような顔をして、ジデルからの話をつなげた。


「なるほど……それで、最近は市井の者や士官学校の者たちの覚えもめでたく、今がうってつけとなった……ということのようですわね」

「今がうってつけ、と言いますと?」


 誰か――既婚のご婦人だったと思うが、名前が思い出せない、後でジデルに確認しよう――が、ムゴリア夫人の話の続きを促す。


「この新しい組織は、ユージーク王子殿下のために、王后さまが組織させたのではないかと言われているんですの。既存の騎士団やそれに準ずる組織に今から入っても、大した功績は挙げられない、それよりも新しい任務で地盤を築いて欲しいと――」

「まあ、それってつまり――」


 誰かが更にそれを追求しようとしたのと同時に、それとは別の客人のメイドがやってきて、主人に耳打ちをした。


「申し訳ありませんわ、私、そろそろお暇させていただきますわね。本日は楽しかったですわ」


 茶会の主催者の夫人と、退場者が席を離れると、さっきほどまで盛り上がっていた話題は急に興が削がれたような雰囲気になり、なんとなく他愛もない別の話題へと移っていった。


 貴婦人たちのしゃべり声と朗らかな笑い声を聞き流しながら、私はぼんやりと、先ほど話題に上がっていた「魔物討伐のための新組織」について考えていた。

 それは十中八九、アカリが中心になって組織された、魔物の出没増加の根元となっている「何か」を捜索しに、この国を旅することになったパーティのことだ。王宮内にはアカリたちをサポートする別のメンバーも組織されているのかもしれないが……。


 ゲームの中では確か、王の軽いノリでユージーク殿下がご指名されてアカリと共に旅に出る展開になっていたような気がするが、裏にこんな政治的背景があった可能性に、今の今まで思いあたりもしなかった。


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