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名誉の花嫁~生贄として捧げられたら、魔王様に食べられました~  作者: 花宵


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6 悪魔と人間

「昔はそうだったかもしれんが、今は違う。人肉が一番美味いと言われていたのは、もうかれこれ千年以上昔の話だ。減りすぎた人間を匿うように作られたエルグランドは、最初は確かに家畜を育てる農場とそう変わらなかった。だが今は、それ以上に重要な価値を見出している」

「重要な価値?」

「人間は非力だが、繊細な感情と高度な知能、そして高い繁殖力を持っている。悪魔は長寿だが、繁殖力がめっぽう低くてな。そこで現時点で相応しいと判断された人間から順に、悪魔の伴侶をあてがわれて転化してもらっている。名目上は名誉の花婿、花嫁と称してな。そうやって外の世界ではこちらの仲間を増やしているわけだ。アリア、お前はベルの花嫁として、俺が呼び寄せた。ちなみにエルグランドの王族も、人間を演じている悪魔だ」


 ルシファー様の話を聞いて、私はあることが気になって仕方がなかった。名誉の花嫁として赤い手紙で呼ばれた人達が皆悪魔に転化させられたというのなら、母は生きているかもしれない。


「それなら……約十二年前、赤い手紙で花嫁に選ばれた母は、今もどこかで生きているって思っても良いのですか?」

「お前の母親は確か……鬼神族の元へ嫁いだはずだ。普通は子持ちは選ばれないはずなんだが、あそこの若がお前の母親を気に入ってしまって駄々をこねてな」

「よかった……それじゃあお母さんは、今も元気に生きているんですね」


 たとえ悪魔になってしまっていたとしても、それでも母は生きてる。これ程嬉しい事はなかった。


「ああ、それは保証する。お前が立派な悪魔になったら、会いに行くといい」

「会いに行けるんですか?!」

「その翼がきちんと生えそろえば飛べるだろ? ひとっ飛びすれば鬼神族の国はすぐそこだ。そのためにも、まぁベルと仲良くやってくれ。孫が生まれたらまた顔出してやるよ」


 そう言って去って行こうとするルシファー様を、私は慌てて止めた。


「待って下さい! さっき、ルシファー様が私を選んだって言ってましたよね? どうして私なんですか?」


 私の背後に視線を送ったルシファー様は、不思議そうな顔でこちらを見ながら口を開いた。


「一晩でそんなに翼が生えているのに、ベルから何も聞いてないのか?」


 別にからかっているわけでも何でもなく、単純な疑問。その眼差しにそれ以外を含んでいないのは、容易に見てとれた。


「痛い思いして死ぬのは嫌なので、話もろくに聞かずに、ひとおもいにはやく食べてくれとお願いしたら……まさかあんな事になるとは思わなくて……」


 恥ずかしくなって、最後の方は蚊のなくようなか細い声になってしまった。


「あー……その……じゃあ、昨日は無理矢理?」


 言葉を選ぼうとして選べなかったらしい。ルシファー様は顔を引き攣らせながらそう尋ねてきた。


「ひとおもいに食べてくれとお願いしたのに、どこから食べるのか吟味して意地悪な方だと思っていたら、まさかあんな……」

「すまん。とりあえず百発ぐらい叩いとくわ。あの馬鹿息子、説明全てすっとばしやがって」


 指をバキボキと鳴らしながら窓から飛び立とうとしたルシファー様を慌てて引き止める。このまま行かせたら、たぶんきっと魔王様の身が危ない。それくらい怒りを露わにされている。


「い、いえ! 落ち度はこちらにもあります! ろくに話も聞かず、私の言い方も悪かったので!」

「アリア……」

「それに、悪い方ではないと思います。ルシファー様の息子さんなのですから」

「前に一度、ベルとお前は会った事があるんだが……覚えてないか?」


 そう聞かれ過去を思い返しても、全く思い出せない。それにルシファー様に息子さんがいらっしゃった事さえ知らなかった。


 あまり自分の事はお話になられない方だから、てっきり独身だと思っていたくらいだし。


 生活感なさそうだから、きちんとご飯食べているのかとか、不規則な生活されてないかとか、逆に子供ながらに心配していたくらいだ。


「いえ、残念ながら」

「だよな。俺の息子とは言ってなかったしな。多少思い込みの激しい所もあるが、根は悪い奴じゃないから……その、嫌じゃ無ければきちんと一度話をしてみてくれ。それで少しずつベルのことを知ってやってくれると俺的にはありがたい。もし困ったことがあれば、これで呼んでくれ」


 そう言ってルシファー様は自身の翼の羽根を一本引きちぎった。渡されたから受け取ってしまったものの、この綺麗な黒い羽根をどうしろと?


 羽根をまじまじと眺めていると、ルシファー様が説明してくれた。


「この羽根に、お前の魔力を通せ。そうすれば分かるから。すぐに飛んで来てやろう」

「ルシファー様……」

「何だ?」

「魔力ってどうやって通すんですか?」


 人間だった私に魔力なんてない。でも身体が少しなりとも悪魔に転化しているのなら、魔力なるものがあるのかもしれない。けど、現時点では全く感じられない。


「あーそうか、まずはそこからか。マリエッタ、アリアの教育係の手配は済んでいるか?」

「はい、勿論でございます。王室教師のハイネル様が明日にはこちらにおみえになります」

「そうか。腕は確かな奴だ、任せて大丈夫だろう。アリア、とりあえず明日から、この世界の事や魔力の扱い方など、悪魔として生きる術を学べ。転化が始まっている以上、人間にはもう戻れない。もしベルと上手く行かなくとも、一人前の悪魔として生きていけるよう励んでくれ。同意無く巻き込んでしまった手前、それくらいは面倒みてやるから」

「ありがとうございます」

「じゃあ俺は、ちょっくらベルの所へ……」

「ぼ、暴力は駄目ですよ?」

「なーに、ちょっと親子で仲良くお話をしてくるだけだ。お前は気にするな」

「ルシファー様!」


 振り返ることなく、ルシファー様はひらひらと手を振って飛び立たれてしまった。


 貰った黒い羽根を握り締めながら、心の中にあった不安な気持ちはいつの間にか無くなっていた。それどころか、目的が出来てやる気に満ちあふれていた。


 早く一人前の悪魔になって、お母さんに会いに行きたい。元気な姿をひと目でいいから見たい。そのために、今は頑張ろう。

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