5 嬉しい再会
湯浴みを済ませた私は、マリエッタに着替えさせられて朝食を取っていた。
見たことのない料理達が所狭しとテーブルに並び、美味しそうな匂いを醸し出している。
がっついて食べるのは品が良くないけど、思わず食べずにはいられない。フォークを持つ手が止まらない。それくらい美味しい朝食だった。
「アリア様、お口に合いましたでしょうか? 不満があれば何なりとお申しつけ下さいね」
「不満なんてありません。美味しすぎて食べすぎてしまいました」
「あらあら、それでは美味しすぎて困っていると料理長に言付けておきますわ」
それでご飯がまずくなっては困る。「結構ですからこのままで!」と、私は慌てて否定した。マリエッタ……この人、結構天然だ。
「アリア様。実はベルフェゴール様の父君、先王様がアリア様にお会いしたいとお待ちなのですが……」
「え……いつからですか?」
「かれこれ二時間程前からです」
二時間前ってお風呂入ってたぐらいの時間ではないか。それってかなりまずいのでは?
「大丈夫です。身体に触るだろうから、起き上がれるようになってからで良いとお言葉を頂いておりますので」
そんな気をつかわれるなんて、なおたちが悪い!
「行きましょう。とりあえず、今すぐに」
「では、ご案内致します」
マリエッタに連れられて、先王が待つという部屋へやってきた。重厚そうな扉の先にいらっしゃったのは──
「よう、アリア。気分はどうだ?」
「ルシファー様?! 何故、このような所に?!」
「何故って言われても、ここが俺の家だしな。帰ってきたら悪いか?」
「いえ、全然、全く……って、家?! じゃあ先王様って言うのは……」
「俺のことだ。息子のベルに王位を譲ってのらりくらりとしていたが、たまには顔ぐらいださねぇとな」
「息子?! ルシファー様は、悪魔だったのですか?!」
「まぁ、落ち着け。順を追って説明するから。足りない脳みそフル活用させてよーく聞いとけよ?」
「相変わらず、毒舌ですね。でも今は、それが物凄く懐かしいです」
もう会えないと思っていた。もう聞けないと思っていたその声を聞けて、嬉しさで思わず涙があふれだす。
「おいおい、泣くなって。人の話も聞かねぇで逃げていくからだ。ほんとお前は、あの頃のまんま変わんねぇな」
昔のように頭を乱暴にぐしゃっと撫でられた。ああ、本当にルシファー様だ。がさつでデリカシーの欠片も無いけれど、その態度には照れ隠しの優しさが込められている。
現に今も、私が泣き止むまでまるで小さい子をあやすかのようによしよしと頭を撫でてくれている。ルシファー様にとって私は、いつまでもあの時の糞ガキのようだ。それでも嬉しかった。
もし自分にお父さんが居たら、こんなお父さんが欲しかった。早くに父を亡くした私は、そうやって居もしない父親の幻影をルシファー様に重ねていたのだ。
悪魔は怖い存在だと思っていたけど、ルシファー様が悪魔だと言うのなら全然怖くはない。
「取り乱してしまってすみません。もう大丈夫です。ありがとうございます。お話を、聞かせてもらってもいいですか?」
涙を拭って、ルシファー様を仰ぎ見た。
「ああ、分かった」
そう頷いたルシファー様は、一瞬黒い霧に身を包むと姿を変えられた。
「見ての通り、俺は悪魔だ」
背中には漆黒の大きな翼があり、黒かった髪の色も青くなって、その姿は本当に悪魔みたいだ。
「まぁ、お前等普通の人間が知らないだけで、エルグランド内に居る憲兵は皆そうさ。あそこで色んなものから善良な人間を守ってるわけだ」
「色んなもの……とは?」
「門の周りにうじゃうじゃ居る知能を持たない下等種の悪鬼とか、獣神国からの刺客とか、悪意を持つ人間とか、善良な市民の数が減らないよう常にあそこで護衛と監視をしている」
「どうして、守って下さっているのですか? マリエッタから聞きました。一部の悪魔を除いて今はもう人間は食べないのだと。生贄のために生かされている私達人間は、この世界で家畜だったのではありませんか? その価値が無くなった今、どうして……」
この世界において、人間は最弱の生き物だと教えられてきた。崇高な悪魔様に守ってもらわねば生きていけないのだと。
だがら、生贄に選ばれたものは決して嘆いてはいけない。喜んでその身を差し出さなければならないのだと小さい頃から教えられてきた。